第28話 初めての連携

 二人の差は、歴然としていた。それは武器の差もあるが、純粋な実力の差もある。


 ベートにとっては驚くべきことに、ダリヤの技量はアレフさえ上回っているのだ。その証拠とでもいうかのように、未だに傷一つないダリヤに対し、アレフはかすり傷程度とはいえ徐々に傷ついていっている。


 どうにかしなければ。ベートは焦るが、とても彼らの戦いの中に加われる気がしなかった。試しに一歩荒れ狂う白刃のさなかに足を踏み入れようとしてみたが、途端に凄まじい殺気が叩きつけられた。


 それ以上近づけば、一瞬にしてベートは殺される。あの戦いの中でさえ、ダリヤにはベートの攻撃に意識を割く余裕があるのだ。


(……何だ?)


 そしてその度に、アレフがベートに視線を向ける。だがその瞳にどのような意図があるのか、ベートには理解できなかった。


 手を出すな、という意味なのか、それとも手を貸してくれという意味なのか。あるいは、今のうちに逃げろという事なのか。それすらわからないのだ。


 毒怪鳥コカトリスと戦ったとき、ベートはアレフと上手く連携できたと思っていた。蜥蜴人リザードマン達のように、生まれて初めて他者と協力して戦うことができたと。


 それは思っていたほどの高揚をもたらすことはなかったが、しかし一定の満足感は得られた。


 だが今になって、ベートはそれが全くの勘違いであったことを思い知っていた。自分がしていたのは協力でも連携でもない。ただアレフという、毒怪鳥コカトリスにとってのもうひとりの外敵をして戦っていたに過ぎない。


 その行動を予測することも意図を推し量ることもせず、ただ彼が行う動作に対して行動していただけだ。そして今、ベートは明らかにアレフに連携することを求められていた。


 だが何をしたらいいのか、全くわからないのだ。


「ぎっ」


 戸惑うベートの腕を、ギィがくいと引っ張った。


「ぎっ、ぎぎぎ、ぎぃっ」

「……すまない。小鬼ゴブリン語はわからないんだ」


 彼女はアレフを指差し、何かを振るうようなジェスチャーをしてみせたが、何が言いたいのか全くわからない。せめてヘレヴかナイがいてくれれば、と思ったが、アレフと共に戻ってきたのはギィだけだった。


「ぎーぃっ」


 ギィは頬を膨らませると、足元の石を拾い上げる。そして、ダリヤに向けて放り投げた。ダリヤはそちらを振り返ることすらせず、空中の石を真っ二つに両断する。それと同時に、凄まじい殺気が叩きつけられた。


「ぎぃぃっ!」


 ギィは怯えてベートの尻尾にしがみつく。恐らく、同じことをもう一度やればダリヤはギィを殺すだろう。


「……そういう、ことか」


 なぜなら、邪魔だからだ。それはつまり、アレフに対し一瞬の隙を見せることよりも、ギィの投石を無視することの方が脅威としては上になるという意味だ。


「わかったぞ。つまり……こうだな?」


 ベートは槍を手にして、ダリヤに対し殺気を叩きつける。ダリヤはすぐさま体勢を変え、ベートの攻撃に対応できるよう備えた。だがそれだけだ。


 ギィならばともかく、ベートは流石に一息で殺すというわけにはいかない。来ることがわかっていれば流石にベートだって数秒は持つ。


 それはつまり、アレフに対し数秒の隙を晒すということだ。


 彼ら程の次元の戦いにおいて、数秒というのは十数手に及ぶ長い時間。勝敗を決するのに十分な長さだ。だから、ダリヤはベートがもう数歩……少なくとも、一瞬で殺せる範囲に足を踏み入れるまでは、こちらに攻撃してくることはない。


 ベートがアレフに視線を向けると、彼は大きく頷いた。これが正解だったのだ。


 ダリヤがベートに攻撃することはなく、しかし対応を取らずにはいられないその境界を、ベートならば計ることができる。


 ダリヤがアレフの攻撃を反らして反撃に移ろうとするその瞬間。アレフがダリヤの攻撃をかわして体勢を僅かに崩し、絶好の追撃の機会。ベートの動きに対応してダリヤが視線を向け、その隙をアレフが突いた刹那。


 絶対に彼女が反撃しようのないタイミングを見計らって、ベートは実体のない攻撃を繰り返す。そうするうちに、段々とその呼吸はベート自身気が付かないまま、アレフのものと重なり合っていった。


 アレフが引くと同時に押す。アレフの攻撃に合わせて大きく引き、彼の回避を助けるように進む。ベートが出過ぎたその瞬間、視線を向けるダリヤの剣をアレフの剣が押さえる。そうしてカバーしてもらえることがわかれば、ベートは更に前に出ることができた。


(ああ……そうか。これが)


 まるでひとつの生き物になったかのような一体感に、ベートは打ち震えた。


 もはや、ダリヤがベートを攻撃できない範囲などとうに踏み越えている。ダリヤは明らかにベートを先に殺そうとしているが、アレフの動きがそれを許さなかった。そしてアレフがそうできているの自体、ベートの存在があるからだ。


 ベートは今まで、周囲がどう動こうと関係なく打てる手しか打ったことがなかった。だが今はもはや、アレフとベートは互いの命を握り合って戦っている。どちらかが失敗すればもう片方も死ぬ。だがその状態であるからこそ、格上であるダリヤを圧倒できている。


 ──そう。形勢はいつの間にか逆転し、アレフはダリヤを圧倒しつつあった。倍の手数を持っていたはずのダリヤは、その半分をもはやベートに割かざるを得なくなっている。実際の攻撃は一度としてなかったが、彼女が気を緩めれば即座に一撃を叩き込める位置にベートは槍を構えている。


 そしてダリヤの動き自体が、精彩を欠き始めていた。そもそも、アレフに比べ遥かに膂力では劣るであろう小柄な彼女が、両の手に二本の剣を持つこと自体、負担の大きい行為なのだ。


 ベートに対して一刀で挑んだのは、相手を軽んじていただけではなく消耗を抑えるためという側面もあるのだろう。

 その上、二方向から囲まれて意識を割き続けては、消耗するのも無理はない。


 そしてついに、その手から剣が弾き落とされた。


「……勝負ありだ」


 武器を失ったダリヤの喉元に剣を突きつけるアレフは、全身汗と傷から流れ落ちる血に塗れ、その一方でダリヤは汗こそ流しているものの傷一つない。


 その光景を見て初めてベートは、ダリヤは強者であるがゆえに傷一つないのではなく、アレフが彼女を傷つけるつもりがなかっただけなのだと悟った。


「ズルいー! 二対一なんてアレフ兄ちゃんズルいズルい!」


 ダリヤはばったりと大の字に身体を横たえると、悔しそうにそう叫ぶ。


「まあそう言うなよ。ベート、助かった。ありがとうな」

「あ……ああ」


 アレフに笑みを向けられ、すっかり忘れていたベートの胸元の傷がずきりと痛んだ。戦いに夢中になっていたせいか先程までは存在すら意識していなかったのに、今になってその傷がいやに疼く。


「あーくそー。これで三十連敗だよぉー……」

「……なんだと?」


 だが続くダリヤの言葉に、その痛みも忘れてベートは瞠目した。


「アレフ。こいつが貴様を殺そうとするのは初めてではないのか?」

「ああ。言ったろ? 相変わらずだって」


 アレフは苦笑し、ダリヤを引き起こして彼女の頭をぽんぽんと叩く。


「師匠が生きてた頃からずっとだよ。こいつが俺を殺そうとするのは」

「……するとなにか。つまりこういうことか?」


 初めて感じる類の感情を抑えながら、ベートは尋ねる。


「ワタシはお前たちの痴話喧嘩に巻き込まれて死ぬところだったということか?」

「そーゆーこと!」


 戦う前と些かも変わらない明るい笑顔でいうダリヤを、ベートは張り倒したくなった。

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