第三部:ワニの怪

三度目の開幕

「・・・あの~・・・後森先輩?」

『なぁに?高加君』

「ちょっとですね、先輩にいくつか確認したいことがあるんですけれど・・・」

『うん?いいわよ。

 なんでも・・・ってわけにもいかないけれど、あなたの頼みとあらば、答えられる範囲で答えてあげる』

「・・・。

 まずですね・・・。

 なんで先輩は、しきりに俺の隣に座りたがるんですか?」

「・・・・・・」

『なんでって、あなたたちのそばにいるのが楽しいからに決まってるじゃない』

「いや、ですから、だったら美佳の方に行けばいいじゃないですか」

『だって、あなたの隣に座った方が美佳さんのヤキモチが見られて面白いんだもの』

「・・・・・・ッ!!」

「・・・・・・。

 ・・・まあ、じゃあ、次の質問です。

 今から行く先って、先輩の事情的に割と敵地みたいな場所だと思うんですけれど、大丈夫なんですか?」

『ん~?

 別にそうでもないわよ。

 というか、外国人にとっての日本の人気観光スポットっていったら、やっぱりあそこじゃない?』

「いや、それはあくまで人間の外国人観光客にとってはでしょ。

 先輩は・・・」

『大して変わりゃしないわよ。

 そもそもわたし、今は双方の調整役みたいな扱いなんだから。

 むしろ歓迎してくれると思うけれど?』

「・・・・・・・・・。

 ・・・じゃあ、最後の質問です。

 後森先輩って、一応俺らの先輩ですよね?一応・・・」

『一応っていうか、そうね』

「・・・・・・じゃあなんで今、この一年の修学旅行のバスにぬけぬけと紛れ込めちゃってるんですか?」

『・・・・・・・・・・・・』

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・てへっ』

「な―――にが『てへっ』ですがッ!・・・あだッ!!」


とうとう堪えきれなくなったという剣幕で大声を張り上げながら、美佳がその場から立ち上がり・・・そして勢いよく、バスの天井に頭をぶつけた。


「~~~~~~・・・ッ!!」

「バカ、お前なにやってんだ」


美佳は叩き伏せられたように座席に屈み込むと、全身を震わせながら頭を抱え込み、声にならないうめき声を上げる。


「おーい、何を騒いでるんだ、加賀瀬ー」

「あー・・・ダメじゃないっスか先生、加賀瀬さんのためにもっと天井の高いバスをチャーターしなきゃ・・・」

「・・・いや、そんなこと先生に言われても・・・」

「また後森さんが高加君にちょっかい出してるから、妬いてるんじゃないの加賀瀬さん」


誰ともなく発したその声に、車内のあちこちからクスクスと密やかな笑い声が上がる。


『・・・ま、そういうワケだから』

「~~~・・・ッ」

「・・・・・・いや、だから、どういうことなのかさっぱりなんですが・・・。

 なんでみんな先輩のこと、ナチュラルにクラスメートとして扱ってるんですか?」


・・・と、疑問をぶつけつつも。

正直内心では、この奇っ怪極まりない現象の理由も、なんとなくではあるが予想がついていた。


『だから、今だけはわたしはあなたたちの先輩じゃなくて、あなたたちのクラスメートなわけ。

 ・・・そういうことになってるの』

「ヒル人間の噂を消した時と同じ術を使ったってことですか?

 また天津神たちに目をつけられますよ」

「・・・ぅうぅ~・・・。

 さっちゃん、コブできちゃったかもぉ~・・・」


依然として痛ましく屈み込んでいる美佳の頭をさすってやりながら、俺は後森先輩を不審の眼差しで見つめる。


『さすがにこんな他愛ないことにまで、あのひとたちもいちいち目くじら立ててきたりしないわよ。

 なにか悪さしてるわけじゃなし、逆に悪さしに行くならもっと当たり障りない手段で行くわ』

「だったらそれこそ、その当たり障りない手段で行けばいいじゃないですか。

 なんで、そんな・・・いちいち大がかりな術を使ってまで、俺らのバスに乗り込んでくるんです」

『バカね。

 あなたたちと一緒に行かないと、楽しくないじゃない』

「・・・・・・・・・・・・」


足下に置いたリュックの中からコンビニの100円チョコ菓子を取り出しながら、後森先輩はあっけらかんと答える。


「・・・・・・。

 そもそも、術とかわざとか気安くいってますけど、具体的にはどうやってるんです?

 クラス単位で自分の学年をズラして認識させたり、一旦蔓延させた噂をなかったことにするなんて、途方もなさすぎてピンとこないんですけれど・・・」

『正確には、わたしじゃなくて、わたしの同胞の力だけどね。

 ・・・その彼は、人間の認識を逆転させる力があるから』

「認識・・・逆転・・・?」

『まあ、もちろん、なんでも好きに、ってわけにはいかないわ。

 色々条件とか、制約とかあるけれど。

 ・・・とにかくその彼の協力で、ちょっと学校の人たちの認識をズラしてるってわけ』

「・・・わかったような、わからないような説明ですけど・・・」


俺は図書室でゴモリーが本を通して会話していた、仲間と思しき男の声を思い出していた。


『・・・彼はね、人を強制的に無知な状態にしたり、逆に知識を植え付けたり、好きとか嫌いって気持ちを反転させたりできるのよ。

 それをちょっと応用して、部分的に記憶を消したり、逆に捏造した記憶を植え付けたりしてるってわけ。

 ・・・書類とかの改竄は、わたしが自分でやってるけれど』

「なんですか、それ・・・。

 ・・・無敵じゃないですか」


『無敵』なんて我ながら実にチープな表現だったけれど、他に言いようがなかった。

認識を改竄するなんて、誰も勝てないじゃないか。


『そうでもないわ。

 あなたたちのような「啓発済み」にはほとんど影響を及ぼせないし』

「啓発済み・・・?」

『人智を超えた経験を経て、強い意志や目的意識を抱くようになった人間のことよ。

 良し悪しは別としても、そういう体験をした人間にはある種の信念のようなものが備わることが多いから。

 そうすると、わたしたちのような存在が仕掛ける「ゆさぶり」も効きづらくなる』

「・・・」

『・・・それに、彼の力は

 改竄する規模が大きくなればなるほど「その人たちにとって、割とどうでもいいこと」しかいじれなくなっていくの。

 ・・・他愛ない怪談やわたしの学年なんて、そんな重要視してる人はいないでしょう?』

「・・・まあ・・・」


・・・他愛ない怪談の方に関しては、割と重要視してる人物に心当たりがあったが・・・。

意志が強そうな人でもあるから、どちらかというとそのせいで影響を及ぼせなかったんだろうか。


『その人の心に強く焼き付いていることなんかもいじれないしね』

「・・・矛盾してませんか?

 ヒル人間の噂を蔓延させた時は、天津神からの『テロリスト認定』を避けるためにあえて術を使わず

 わざわざ自分の口と足で言いふらして回ってたんですよね?

 ・・・なのに今回は、随分と軽々しく記憶捏造の術を使ってるように見えますけど・・・」

『何度も言ってるでしょ?風向きが変わったって。

 あの頃とは、この国におけるわたしの立場が違うのよ』

「・・・」

『噂を広めた時点では、わたしはこの国になんの地盤もなかったから。

 でも今のわたしは、天津神にとっては重要な窓口役だし。

 だから、彼らへの妨害工作にならない範囲でなら、人ならざる力を使ってもお咎めなんて来ないわ』

「タケミカヅチたちは、先輩のこと煙たがってるように見えましたけど・・・」

『あんなの口先だけよ。

 彼らはいわゆる武断派だから、口先だけでも憎まれ口叩いてる方が体裁を保てると思ってるんじゃない?』

「・・・そういうものですか」

『まーとにかく、それもこれも、ぜーんぶあなたたちのおかげってわけ。

 だからこの修学旅行は、わたしが責任持って盛り上げてあげちゃうから』

「・・・いや、マジで余計なことしないでください・・・」

「・・・・・・って言うか、ほんと帰ってよ、も~~~・・・・・・」




―――2014年12月10日、水曜日。

午前10時45分頃。晴れ。寒い。

山海高校一年生修学旅行初日。寒い。


あの魔神アインとの戦いから、早四ヶ月。

あれ以来、俺と美佳は特に神魔の諍いに巻き込まれることもなく、ごくごく普通の高校生として二学期を過ごし、滞りなく高校の一大イベントである修学旅行へとこぎつけていた。


一年の時点で修学旅行を敢行する学校は割と珍しいらしいが、学校側の意向としては

ウチは進学校なんだから遊びなんて早いうちに済ましておけ、ということらしい。

まあ、私立校かつ進学校だからこそなんだろう。

他の学校の修学旅行に比べると少々肌寒い道中になるであろうということを除けば、それ自体には特に不満もない。


ただ・・・。


『ねえねえ、まずどこ回る?

 わたしはやっぱり、興福寺でアスラ像が見たいんだけれど』


・・・異変らしい異変がなかったとは言え、学校では常にタケミカヅチたちやゴモリーの目があるため

この修学旅行ではひさびさに神様やら悪魔やらをすっぱり忘れて遊ぶことができると思っていたんだが。


・・・・・・ご覧のありさまだ。


「修学旅行でそんな自由に動けるわけないでしょっ!」

「・・・てか、興福寺って奈良県じゃないですか。

 これから行く先は京都ですよ」


そう。

しかも、何より俺が嫌な予感を払拭できないでいるのは、今回の目的地が京都府だということだ。


『どうせ三日目には行くでしょう。

 ・・・京都といえば、やっぱりキヨミズの舞台落ちよねぇ。

 楽しみだわー、舞台落ちするの』


・・・よりによって、京都。


著名な寺やら神社やらがたくさんある、京都。

そんなとこに西洋の悪魔が―――少なくとも表面的には、観光気分で乗り込んでいこうというのである。

悪魔が。


「・・・・・・先輩・・・・・・。

 分かってると思いますけど、別に清水寺の舞台ってバンジージャンプや飛び込みプールみたいな体験ができるわけじゃないですからね?」

『えっ』


・・・京都府は一般にイメージされているほど寺社仏閣の総数が多いわけではないらしいが、それでも日本の信教的に重要な地であるということくらいは、俺でも容易に推して知れる。


つまり、鹿島神宮や大甕神社を擁する茨城で

その祭神である建御雷タケミカヅチ武葉槌タケハヅチが直々に目を光らせているように、京都もまた著名な神仏が多く『駐在』してるかも知れないのだ。


「・・・。

 今『えっ』って言いました?」

『・・・い、いやっ。

 も、もちろん知ってるわよ?』

「って言うか、あんな高いとこからほんとに飛び下りたら大ケガしちゃうよね。

 ・・・人間は、だけど」

『だっ、だからっ、知ってるって言ってるでしょう!?』

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


・・・ほんとにこの悪魔ひとは、物見遊山だけが目当てで俺らについてきたんだろうか。


「・・・悪魔って、意外とおバカさんなのね・・・」

『なっ!?

 あ、ああ、あなたにだけは言われたくないわよ美佳さん!?』


いや、いっそ、ほんとに俺らにちょっかい出すだけの目的でついてきてくれた方が、まだ平和的なのかも・・・。


・・・・・・。


「無知すぎて、逆にバカにされてるんじゃないかってレベルなんですけど」

『いや、ちが、ほんとに知らなかっ』

「・・・」

『じゃなくって!!

 知ってた!知ってたわよ!?

 ・・・うん!!』

「・・・・・・」



・・・先輩。

不要だってのは分かりますけど、日本史の教科書に目を通すくらいはしましょうよ・・・。

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