第二幕間(後)【第二部終話】
『・・・と、いうかね、高加君。
最初にあなたという株を買ったのも・・・そもそも、あなたを「株」として成立させたのも、このわたしなの』
「え・・・」
「はぁあっ!?」
・・・隣の美佳が、多分に怒気を孕んだ大声を上げたのも無視して
俺は改めて後森先輩の顔を見た。
『わたしがあなたに目をつけた時点では、天津神すらあなたに価値を見出していなかったから』
「いや・・・でも、天津神たちは美佳が
なのに・・・」
『だから、「あなたたち」じゃなくて「あなた」なのよ。
・・・高加君。
天津神も、他のデーモンたちも、眼中にあるのは美佳さん・・・天津甕星の転生体ばかりで、すぐ横にいるあなたのことは添え物くらいにしか思ってなかったから』
「・・・」
「ちょっ・・・何言っ・・・ちょっ、ゴモリーさん!?
何言ってるんですか!?」
『・・・皮肉な話よね。
聖下は天津甕星の力なんかより、むしろあなたのような・・・純粋な人間としての才智を示せる者を見出したくて、わたしたちの動向をあえて放置したのに。
・・・なのに、他のみんなは天津甕星のことしか見てなかったんだから』
「・・・・・・」
『まあ、すぐにヒルコもあなたに目をつけて、結果こうなったんだけれど。
・・・とにかくそんなわけで、最初に株を買ったわたしは大儲けできたってわけ』
「最初にさっちゃんに目をつけたのはわたしです――――――――――――っ!!」
・・・まだ教室に残っていた他の生徒達の目もはばからず、美佳が突如として上げた絶叫に驚いた俺は
思わず肩をびくりと震わせた。
「うわっ。
な、なんだよ美佳!?」
「あ―――っ!
さっきから黙って聞いてれば、みんなみんっな好き勝手言ってくれちゃって!
『株買い』!?『目をつけた』!?
・・・こんなこと起こらなくったって、わたしはサクがこういう人だって、ちゃんと最初からわかってましたよ―――だっ!」
「・・・・・・」
「・・・だいたいっ、わたしに言わせればっ、トラブルが起こってからその人の真価に気づいてる時点で遅すぎるのよ!」
『・・・!』
「人間の才能に興味があるっていうなら、それを見出すべきはむしろ戦い以外でじゃないのっ!?
・・・戦いになったら、神様や悪魔の方が強いに決まってるんだから!!」
『・・・・・・そうね。
・・・美佳さん。あなたの言うとおりだわ』
・・・美佳の怒号のごとき主張を、気圧され気味に聞いていたゴモリーは・・・けれど、どこか晴れやかな表情で俺たちを見返してきた。
『高加君。
・・・美佳さん。
結局、予知の力なんてその程度のものなのよ。
なまじ
「・・・先輩・・・」
『さっきはああ言ったけれど、わたしの先見も、しょせん他の悪魔や神様よりほんのちょっぴり早かったというだけで、本質的には違わない。
・・・だから、もうちょっとこの国に留まって勉強したいの。
聖下の
『・・・留学を所望するということであれば、もっと然るべき手順を踏まえるべきだと思うがな?』
「っ!?」
突如として―――まあ、本日二度目なわけだが・・・とにかく、不意に届いてきた妙に聞き覚えのある声に、俺は我が耳を疑いながらそちらの方へと振り向いた。
「・・・たっ・・・タケミカヅチっ!?」
「・・・
そう。
これまたお盆の最中さんざん見せつけられた警備員服に身を包んだ二人の偉丈夫が、悠然とそこに立ち尽くしていた。
『うむ。
息災のようだな、二人とも』
「な、なんであんたらが・・・。
てか、ここ学校・・・」
『学校だからこそおるのだ』
『わたしと
「・・・・・・は・・・・・・」
・・・開いた口が塞がらないとは、まさしくこのことだった。
『まあ、理由は言うまでもあるまい。
・・・またそこの魔神を放置して、せせこましい工作を許してもつまらぬからな』
『・・・あら~?
あらあらあら~?
随分なご挨拶ですこと~?
わたくし、大和の皆々様方から訴追されるような真似は、何一つしてませんことよ~?』
・・・タケミカヅチのその言葉に、後森先輩は俺が今まで聞いたこともないような震え声と珍妙な口調で、二柱の武神を睨み付ける。
そのこめかみと、頬と、口元と・・・
・・・とにかく、顔全体がひきつっていた。
『・・・よく言う。
君の工作で伐採されたここら一帯の緑を回復させるのに、何年かかると思っているんだ』
『そっ・・・それはあなたたちがあまりにもしつっこく、わたしのことをつけ回してきたからでしょう?
あの時点ではわたし、何一つとして悪いことはしてなかったはずよ?』
『そんな理屈が通用すると思うか?
そなたも不法滞在者という点では、アインやアンドラスらとなんら変わらぬのだぞ』
『・・・だからっ、それはそもそも、わたしたちの主張にあなたたちが耳を貸そうとしないから!』
『甕星も宿魂石も、元より我が国のものだ。
『だーかーらぁっ!!
それよりもっと前はわたしたちの・・・って言うか、ルシファー様のものだったってずっと言ってきてるでしょ!?
あなたたちだって、本当は分かってるでしょうに!』
「・・・あの~~~・・・。
ケンカならよそでやってくんない?」
『えっ?
あ、ああ・・・。
ご、ごめんなさい・・・』
「・・・」
・・・こんなに余裕のない先輩を見たのは初めてだ。
「・・・てか、タケミカヅチ。
とっとと出てけよ。
いくらこの学校に勤めるったって、この時間に警備員が教室に押し掛けて生徒と話してるのは不自然すぎるだろ。
どこまで事情が認知されてるか知らんが、雇い主に怒られるぞ」
『そーよそーよっ。
学び舎は若人のものなんだから、中年のお二方は出て行ってくださらないかしら?』
「・・・いや、先輩も出てってくださいよ・・・」
「・・・・・・って言うか、ゴモリーさんだって若作りしてるだけじゃない・・・」
ちゃっかり俺らの背後に回って『こちら側』アピールしているゴモリーを、俺と美佳は呆れがちな目で見る。
『それなら問題あるまい。
どうせ誰も見ておらぬし、聞いてもおらぬ』
「・・・えっ?」
『周りを見よ』
「・・・・・・」
・・・タケミカヅチのその言葉に嫌な予感を覚えながらも、俺は教室中を見回した。
・・・・・・いない。
・・・・・・誰も。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・強烈な既視感を抱いたまま、今度は窓の外へと視線を移す。
見渡す限り、真っ暗闇。
「・・・おい。
これって、まさか・・・」
『見ての通り、水を差されぬように結界を施した』
「んなくだらん動機でいちいち結界張るな――――――――――――ッ!!」
ほとんど絶叫に近い俺のツッコミを受けたタケミカヅチは、
しかし、なぜ俺が怒声を張り上げたのかピンときていないという面持ちでこちらを見返してきた。
『・・・?
別に他の者が迷惑を被るわけでもなし、よいではないか』
「そういう問題じゃないっての!
・・・てかっ、俺があんたらに対してイマイチ敬意を払う気になれないのはそーいうとこだっ!」
『まったく、見てくれ通りに無粋な
さぁさ二人とも、こんなボクネンジンどもほっといて、図書室に涼みに行きましょう』
「・・・って言うか、まず元の世界に帰してほしいんですけど・・・」
「・・・てか、俺らも帰してほしいし、あんたらも帰ってくれよ・・・」
なぜか微妙にウキウキした様子で肩を叩いてきたゴモリーに、俺も美佳も心底ゲンナリした調子で肩を落とす。
『図書室からなら「裏道」を抜けて帰れるよう細工してあるから、涼みがてらに行きましょうよ』
『待て。
もはやコヤツの細工など通じぬよう術を改良してあるゆえ、今さら図書室など行っても無意味だ。
正道へと案内するゆえ、我らと共に来るがいい』
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
『あらあら~?
そんなことができるなら、そもそも最初からやってるはずよね~?
・・・と言うか、そのご自慢の結界術が呆気なくサルガタナスに破られたせいで、このコたちは窮地に立たされたのよ?
なのに、よく恥ずかしげもなくそんなフカシ入れられたものね~?』
『我らはそなたらと違い、偽りなど口にせぬ。
そなたこそ、この者らを籠絡するためにでまかせを申しておるのではないか?』
「・・・・・・美佳・・・・・・」
「・・・・・・うん・・・・・・」
『シツレーね。
これでもわたしは、セージツなデーモンとして認知されてるつもりなのだけれど。
あなたたちこそ、ウソにならないギリギリのラインでこのコたちを言いくるめてたんじゃないの?
・・・ねえ、二人とも?
あなたたちも、思い当たるフシがあるんじゃ・・・あら?』
タケミカヅチとの口論に熱中していたゴモリーが俺への席へと振り向いた時、その席の主は既にそこにはいなかった。
・・・って言うか、まあ、つまり・・・俺はその場から逃げ出したのだ。
無論、美佳と一緒に。
「美佳!どっちだ!?」
「えーっ、と・・・こっち!」
『あっ!?
ちょっ!ちょっと待ちなさい!
まだ話は終わってないわよ!?
ねぇ、ちょ・・・ぉおーいっ!!』
『・・・・・・』
『索君!美佳さん!戻った方がいい!
結界が以前より強力になっているというのは本当だ!
いくら星読みの力があっても、抜け出せる保障はしてやれないぞ!』
「あんたらの手を借りるよりマシだっての!
・・・行くぞ、美佳!」
「・・・・・・うんっ!」
フツヌシの警告にも聞く耳持たず、俺と美佳は一斉に教室を飛び出すと
先の見えない異次元回廊と化した廊下を、一目散に東側へと駆けだした。
『ああ、もぅっ・・・。
見なさい!
あなたたちのせいで、わたしに対するあのコたちの信頼がガタ落ちじゃないっ!』
『・・・元より、さしたる信頼を勝ち得ていたようには見えなかったが・・・』
『・・・・・・まあ、ここは一つ、お手並み拝見・・・といくか』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・良かったの?
ほんとにあのヒトたちに頼らなくて・・・」
―――長い、長い無限回廊をひた駆けながら、美佳は不安げな表情を浮かべ、呟くようにそう漏らす。
「あいつらに頼るなんてまっぴらだ。
・・・それに俺の中じゃ、あいつらよりはお前の方がよっぽど頼れる」
「・・・・・・」
俺のその言葉を聞いて、美佳は少しだけ晴れやかな表情になりながら
ふたたび前方へと顔を向けた。
「貸しだの借りだの、めんどくさい話もないしな」
―――しかし、いつまでこんな生ぬるい『逃げ』が通用するだろうか。
この先新たな騒乱に巻き込まれた時、俺たちはその状況を切り抜けるため
彼らに決定的な『借り』を作らねばならなくなる時が、あるいは訪れるかも知れない。
そしてその騒乱の未来はたぶん、そう遠くはないんだろう。
・・・だから、逃げられるうちはとりあえず逃げよう。美佳と二人で。
神様や悪魔に食われる前に。
・・・・・・が。
「・・・・・・んん~?
わたし、タダでナビしてあげるなんて言ったっけ?」
「えっ」
・・・美佳が漏らした予想外の一言に、俺は思わずぎくりとしてそちらを振り向く。
「・・・そういえば、こないだ告白した返事をまだもらってなかったな~?」
「えっ?
・・・えっ?」
・・・・・・一瞬、駆けながらにして全身の血の気が引くような感覚があった。
「んー・・・。
・・・あ!じゃーねっ、とりあえずここから抜け出せたら、報酬としてその返事をもらう、ってコトで!」
「・・・・・・・・・」
「・・・で、その返答しだいでは、さらなる報酬を払ってもらっちゃおっかな~」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・アンドラス、助けて。
俺、悪魔とか神様とかに食われる前に、雌カマキリに食われそうになってる・・・。
「・・・えへへ。
こっから抜け出すのが楽しみだねー、さっちゃん♪」
「俺は死地に追い立てられていってる気分だよバカっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます