第二幕間(前)
――暑い。
日本の夏って、なんでこんなに暑いんだ。
そりゃ、農作とか生物のバイオリズムとかには、そういうのもある程度は必要かも知れないけれど。
暑すぎるのは意味ないだろ。
意味ないだろって言うか、意味が分からない。
「なんかね、夏とか春は、太陽の神様がやる気出して、冬とかは死んであの世に行っちゃうんだって。
んでね、春になったらまた戻ってくるの。だから冬は寒いんだって」
「・・・・・・。
それ、夏休み前も聞いたよ・・・」
俺は自らの汗でぬめつく机からのっそりと顔を引き剥がしながら、覆い被さるように前方から覗き込んでいる
大きな影を見上げた。
「え、そだっけ?
・・・いやー、またゴモリーさんに記憶かなんかを消されちゃったかなー、あははは」
「・・・そうやって、なんでもかんでも後森先輩のせいにするの、やめてやれよ・・・」
前方の大きな影――つまり、俺の腐れ縁にして
その忌々しいまでの長身を俺の頭上に傾けてきた。
「もー。あの
なんかしらじらしーよ、さっちゃん」
「・・・お前こそ、俺の下の名前を童謡っぽく呼ぶの、いい加減どうにかしてくれ・・・」
――ああ、暑い。こいつと一緒にいると、ことさらに暑い。
そしてめんどくさい。
だから俺は今年の夏休みを、必要以上に暑苦しく、そしてめんどくさく過ごすハメになっちまったんだ。
ここは日本国茨城県。
・・・の、どちらかと言うと太平洋側にあるとある市街地の、とある高等学校。
今日は2014年9月1日月曜日。快晴。暑い。二学期初日。始業日。始業式直後。残暑。暑い。
俺の名前は高加 索(たかくわ さく)。高校一年生。15歳。
・・・色々あって、ネクロマンサー。
目の前にいる女は加賀瀬 美佳(かがせ みか)。4月生まれなんで16歳。
・・・・・・俺よりさらに色々あって、
って言うか、暑い。
―――送り盆の決戦から、はや半月。
あの後、何事もなく大甕神社から加賀瀬家へと帰還した俺と美佳と勝史さんは、何事もなく美佳の親父さんから説教をもらい、何事もなく日常生活に戻り、そして何事もなく残りの夏休みを消化した。
あれだけの人智を超えた戦いを経ながらも、その後の俺たちの生活に特に何か変化があるわけでもなく、俺も美佳も余暇の過ごし方は例年通り。
・・・あえて違いを見出すなら、俺らの身を案じながらも俺らの報告に興奮を隠せていなかった西宮先生からの土産話の催促が、若干ウザくなってきたってことくらいか。
ゴモリーやタケミカヅチからも、特にコンタクトのようなものは取ってきていない。
・・・いっそ用済みと見なされて、このままずっとほっといてくれたらありがたいんだが。
ただ天津神の連中はともかく、ゴモリー・・・後森先輩の動向に関しては、少し気にならないでもなかった。
やはり、本国とやらに帰還したんだろうか。
寂しいとかじゃないつもりだけど、別れの挨拶とかができなかったのは少しだけ心残りな気もした。
「だって、さっちゃんはさっちゃんじゃない。わたしにとっては―――」
「『物心ついたころからさっちゃんだし』だろ。
・・・ヘンなものに取り憑かれてる時はきっちり呼び捨てにしやがるクセに・・・」
「なんだ、やっぱり呼び捨てよりさっちゃんの方がいいんじゃない」
「・・・・・・」
暑い。
いや、むしろ今は暑いって言うより、熱い。
主に頭の中が。
そして重い。
気が。
「だいたい、さっちゃんがいつまでもちんまりして可愛らしいままなのがいけないんじゃない。
イヤならとっととわたしの身長を追い越しちゃってよ」
「・・・無茶言うなよ。
物理的に不可能だろ・・・」
身長、180cm超と157cm。
夏休みを終えても、当然ながら俺と美佳の身長差は一向に縮まる気配がなかった。
「・・・やっぱりお前が無駄にデカいのって、
名前に『背』って入ってるくらいだし」
「・・・。
なんて言うか、フツーに失礼だね、さっちゃん・・・」
まあ、同時に『男』って字も入ってるから、あんま関係ないかも知れないけど。
「わたしがノッポなのは、わたしの勝手ですー。
神様とかカンケーありませんー」
「勝手で背が伸びるから苦労はねーよ。
・・・はあ。
こんな事なら、むしろちょっとくらい人格乗っ取られたままの方が良かったかな。
あの時のお前、妙に賢そうだったし」
「あー、ひどーいっ」
地味に気にしてることを突っつかれた俺が精一杯の反撃をすると、途端に美佳は口を尖らせてむくれてしまった。
「まあそれは冗談にしても、これからはもうちょい神様の生まれ変わりとしての自覚を持ってくれよ」
「・・・自分で隠してたクセに」
「うっ・・・」
頬を膨らませながら痛いとこを突いてくる美佳に、俺は思わず言葉を詰まらせる。
「・・・い、いやっ、ほら、またいつヘンなもんがストーキングしてくるとも限らないだろ?
だから、自衛の意味でもだな・・・」
「・・・って言うか、こういう時って普通、『お前はお前だ。神様とか生まれ変わりとかカンケーないっ』・・・とか言ってくれるものじゃない?
幼馴染みとして」
「どこの世界のフツーだよそりゃ。
だいたいお前、レアケースすぎるんだよ。
腐れ縁にレアケース抱えた身にもなってくれ」
「うっ・・・」
「俺だってな、天津神や悪魔との繋がりになっちまうようなもの一切合切、自分の生活圏内から排除しちまいたいよ。
でも俺らの方がドロップしたくても、向こうの方がほっといてくれないってんじゃどうしようもないだろう」
「・・・・・・」
「じゃなきゃ、フツノミタマだってとっくにタケミカヅチに突っ返してる。
・・・でも、あれはこれからのお前には必要なものだ」
「・・・うん・・・」
―――ヒルコと別れ、
俺は結局、タケミカヅチに突き返すつもりでいたフツノミタマを
そのまま譲渡・・・というか押しつけられてしまった。
まあ正確には、俺がじゃなくて美佳がだけど。
しかし返却したいというのはあくまで心情的な話で、今後起こりうる事態を鑑みれば
神剣を手放すという選択肢がいかに現実的でないかは、俺も美佳もよく分かっていることではあった。
悪魔の侵攻が、根本的に終わったわけではないのだから。
「・・・やっぱり、さっちゃんはイヤ?」
「そりゃイヤだよ。
フツノミタマがお前の手元にある限り、俺らはタケミカヅチ・・・つーか、天津神と手切れすることができないんだから。
いつまた、体よく利用されるか・・・」
「そうじゃない。
・・・わたしの近くにいるせいで、そういうことに巻き込まれちゃうのがイヤじゃないかって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
しゅんとうなだれる美佳を見て、俺は頭を掻きながら、改めて口を開いた。
「・・・あのな、美佳。
そもそも、イヤだから離れるっていう選択肢がアリなら、ハナからこんなに悩んだりしないんだよ」
「・・・・・・」
「俺は単に、親しいヤツに知らないとこで死なれるのがイヤなの。
・・・前もそう言ったろう。
後味悪い気持ちを抱えたまま、後生を送りたくないんだよ。
お前のためっつーか、俺のためなんだ。分かるか?」
「・・・うん・・・」
「じゃ、そんな要らんこと考えるな。
それよりさっちゃん呼ばわりを改めてくれた方が、よっぽどありがたい」
「あ、それはムリ」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・こいつは~~~・・・。
『真っ昼間からおアツいわねえ、お二人さん』
「ぅおわっ!?」
・・・その時。
座席の背後から唐突に飛んできた聞き覚えのある声に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ・・・」
・・・その声に振り返るより先に、呆気に取られた美佳の顔が視界に飛び込む。
「あともりせんぱいっ!?」
そして、振り返ってみて―――俺もまた大いに呆気に取られてしまうような人物が、そこには立っていた。
『
半月ぶりねえ、英雄さんたち』
そう。
山海高校二年女子・後森綾。
・・・またの名を、魔神ゴモリー。
その彼女が当たり前のように山海の制服に身を包み、見慣れた赤毛髪とにやけ顔をひっさげて
いつの間にやら俺の背後に立っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・あれ?
なんか、ちょっと引いてる?お二人さん』
・・・消えるにしても現れるにしても、いっつも唐突だなこの人。
「いや、引いてるって言うか・・・。
てか、何今さらわざとらしくアラビア語で挨拶してるんですか」
『お、さすが高加君物知りねえ。
正確にはアラビア語じゃなくてヘブライ語だけど』
「どっちでもいいですよ・・・。
・・・てか、なんで先輩がまだここにいるんです?」
『なんでって、わたしはここの生徒で、あなたたちの先輩だから』
「・・・・・・・・・・・・」
「だったら二年の教室に行ってくださいっ!」
「・・・・・・そっちかよ・・・・・・」
美佳の微妙にピントのズレた抗議に、俺はげんなりした気分でツッコミを入れる。
『まーまー、そう邪険にしないでよ。
今日からまたよろしくお願いしに来たんだから』
「なっ・・・」
「・・・・・・まさか、日本に留まるつもりですか?
てっきり、『本国』とやらに帰るものとばかり思ってたんですけど・・・」
「えっ?あっ!そっ、そーですよっ!
教室っていうか、クニに帰ってくださいよっ!!」
・・・アンドラスたちが退去した後も、ゴモリーにはその気配が見えない・・・というのはヒルコから聞いてはいたが、あの時点では俺たちがアインを倒してから、まだ半日も経っていなかった。
それでその後の夏休み中にも音沙汰がなかったものだから、俺はもうゴモリーは日本から退去したのかと思っていたんだが。
『まあ確かに、本国に帰るって選択肢もあったんだけれどね。
でも、御聖座から許可が下りたから』
「許可?」
『しばらく日本でサバスを満喫してきていいって』
「サバス・・・?」
『休暇を楽しんでこい、ってことよ』
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「えっ、と。あの~~~・・・。
ちょっと待ってください。
確か先輩って、天津神からテロリスト認定されるかどうかの瀬戸際にいる、って話だったはずですよね?」
『うん?そうね?』
「・・・そんなとこに滞在するのが、悪魔にとっての休暇なんですか?」
『あなたたちがアインを倒してくれたおかげで、ちょっと風向きが変わったのよ』
「・・・」
・・・また『風向き』かよ。
『まあ平たく言うと、わたしたちデーモンの内でも、タカ派よりハト派のやり方の方が正当性がある、って流れになってきてるのね。
で、いちばん最初にあなたたちに目を付けてたわたしは、今までより柔軟に動いていいってことになったわけ』
「発言力が増した、ってことですか?
・・・でも、それって悪魔側の事情であって、天津神側が先輩を敵視してることには変わりないですよね?」
『わたしは一応、来日初期から彼らに融和路線を提示してきてはいるのよ。
で、その上であなたたちがアインを倒すのに協力してるから、主張がちゃんと一貫してるって実証されたの。
だから、彼らもわたしのことを邪険には扱えなくなった。
・・・まあ、デーモンとの交渉窓口扱い、ってとこかな』
「・・・・・・」
・・・ここら一帯の森林が禿げ上がるレベルの工作に及んでるのに、融和路線なんて主張が本当にまかり通ったんだろうか。
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