祭りのあと(前)

『よくやった。

 ・・・見事であったぞ』

「・・・・・・」


8月16日、午後1時15分ごろ。


―――アインとの死闘を終え、無事、宿魂石を下りてきた俺と美佳は

タケミカヅチたち三柱の天津神たちへの報告のため、ここ大甕神社社務所内の一室を訪れていた。


『サルガタナスめに結界を破られた時は、少々肝が冷えたが・・・。

 結果的には、そなたらに有利に働いたようだな』

「・・・・・・」

『索よ。

 やはりそなたには、武士もののふの気概があるようだ。

 腕っぷしのみが、の道ではないと・・・』

「いくつか」


つらつらと発せられていたタケミカヅチの言葉を、俺はぼそりと遮った。


『む?』

「・・・確認したいことがあるんだが」

「・・・」

『・・・・・・』


隣でちょこんと正座している美佳が、足を組み直しながらぴんっと背筋を伸ばす。

それと同時に、部屋の空気が張り詰めたような気がした。


「まず・・・。

 ・・・なんで、最初から俺たちを宿魂石の上で戦わせなかった?」

『・・・』

天津甕星アマツミカボシの神通力が逆流してきてからの美佳の力は、アインを圧倒していた。

 それなら、最初からそれをアテにして宿魂石で戦わせてくれりゃ、面倒はなかったじゃないか」

『・・・・・・。

 そなたは、少し心得違いをしておる』


警備員服のタイを少し緩めながら、タケミカヅチは涼やかな目で

俺と―――美佳の方を見据えてきた。


「心得違い・・・?」

『わしが今「見事だ」と言ったのは、アインを押し潰した力のことではない。

 ・・・そこまでの過程のことだ』

「・・・」

『確かに、そなたも目の当たりにしたように

 宿魂石の岩々を操ってみせた天津甕星の神通力は圧倒的だ。

 ・・・だが、それはあくまで「天津甕星の」力。

 加賀瀬美佳の力ではない』

「・・・・・・」

『最初に説明したように、かように回りくどい決闘をアインに仕掛けたのは

 人間が神魔を打ち倒すという構図そのものに、政治的に大きな意味があるからだ。

 ・・・なのに、最初から天津甕星の力をアテにしきったような手筈で戦えば、それでアインを倒したとしても政治的な意味が弱くなる。

 「物言い」を付けてくる者すら出てこよう』

「だったら、結局その『天津甕星としての力』とやらでアインを倒しちまったんだから、どっちにしろダメなんじゃないのか?」

『だから、そう受け取られないための「過程」だ。

 少なくともゴモリーに拉致されるまではそなたらは独力で戦っていたし、宿魂石に戦場を移してからもしばらくはそうだった。

 あそこまでやってみせた人間の戦いぶりに物言いを付ける者などおらぬし、おったとしたらむしろ我らが黙っておらぬ』

「・・・わからんな。

 美佳が最後に使った石ころの手品と、俺が借り物の力でゾンビを操るのと、そんなに違うことか?」

「て、手品って、さっちゃん・・・」


美佳は苦笑いしながら俺の方を見てきたが、俺にとっては大真面目な質問だった。

俺がヒルコの力を借りてヒル人間を操るのはよくて、美佳が天津甕星の力を用いて岩を操るのはダメというのが、どうしても釈然としなかったからだ。

神の力に頼って戦うのが『査定』に響くというのなら、むしろ完全に他者の力で戦っていた俺の方こそ問題があるんじゃないのか。


『・・・そなたは、あのアインを鈍重な亡者たちのかいなに捕らえるため、どれだけ頭をひねった?

 仕掛けるに際し、間を一つ測るにしてもさぞかし勇気を振り絞ったであろう』

「・・・」

『真に尊きは、そういうことだ。

 ・・・天津甕星の力は、強すぎる。

 強すぎて、そこに人としての機知を振り絞る余地はない。

 ・・・が、そこに至るまでにそなたらは、存分に人としての機知を示してみせた。

 誠に価値があったのは、そこだ』

「・・・・・・」

『そもそも宿魂石の本来の用途は、加賀瀬美佳に力を与えることではない。

 奪うことだ。

 武葉槌タケハヅチ殿の見立てでは、そなたらが現世に戻ってきた時点で既に逆流現象が起きかけていたようだが

 さもなくば、むしろ加賀瀬美佳を無力化することにもなりかねなかった』


ああ、そういやそうだった。

武葉槌はあの時既に、宿魂石の力が美佳へと流れ込み始めているのを見抜いていたのか。


「フツノミタマで戦ったのは?

 あれだって天津甕星の霊力を利用しての戦い方だっただろう」

布都御霊フツノミタマはどこまで行ってもあくまで「剣」だ。

 使い手の霊力に応じて霊験を示しはするが、それはあくまで武人としての武力が備わっていることが前提の、補助の力に過ぎぬ。

 加賀瀬美佳自身に剣の心得なくば、いかに高い霊力を持っていたとしても

 アインとは渡り合えなかったであろう』

「・・・・・・」


まあ・・・確かに。

美佳が白兵戦でアインとあそこまで渡り合えたのは、単純に技術の問題だ。

いくら霊力が高かろうが、アインが振りかぶった松明を捌くだけの技量がなければ、今ごろ消し炭になっていただろう。


『それと・・・これはそなたらも理解しておろうが、宿魂石という盤座は我ら大和の神々にとって、神域中の神域だ。

 ・・・本来ならば、いかな理由があろうと

 悪意あるつ国の魔神が接触するなどということは、あってはならぬ』

『・・・』

『今回は武葉槌殿の独断により、戦場とすることを許したが・・・。

 下手をすれば、その武葉槌殿に咎が及びかねない事態だ。

 あくまで非常事態ゆえの判断と理解してもらいたい』

「・・・そのトツクニの魔神様たちの方は、そうは考えていないみたいだったが?」

「!」

『・・・!』


一瞬、タケミカヅチの・・・いや、その後ろに控えるフツヌシと武葉槌までも、わずかにその眉根を顰める。


「ゴモリーから聞いたぞ。

 悪魔たちが天津甕星の力を狙う、本当の理由とやらを」

『・・・・・・』

「天津甕星は、本来はとある悪魔の・・・分霊ぶんりょう、っていうのか?

 とにかく、あいつら悪魔どものボスの分身だそうじゃないか。

 ・・・それも、オカルトとか全然興味がなかった俺ですら、何度か名前を聞いたことがあるほどの有名なヤツだ」

『・・・ルシファーか』


タケミカヅチは依然として、射抜くような目つきで俺を見据えてきていたが・・・。

その口元には心なしか、緊張・・・とまではいかないものの、ほんのかすかなこわばりのようなものが見て取れた。


まるで、ただその名を口にするだけでも覚悟がいるとでも言わんばかりに。


「そうだ。

 あんたらは知ってるか知らんが、ゲームとか漫画でもしょっちゅうネタにされるほどの有名人だろう。

 ・・・なぜ、隠し立てしていた?」

『・・・それを知ったところで、戦いの趨勢すうせいに影響があったわけではあるまい』

「教えないのは欺瞞だと言っている。

 戦術的に影響があるか否かとか、そういうことを言っているんじゃない!」

『・・・索よ。

 天津甕星がルシファーの分霊というのは、あくまで希伯来へぶらいの魔神どもの、一方的な主張だ。

 我ら天津神としての公的な見解は、また異なる』

「・・・本当に違うと思っているなら、『公的な見解』なんて表現は用いないと思うが?」

『・・・・・・』

「・・・・・・」


タケミカヅチは腕組みしながら、その口元を横一文字に結ぶ。


・・・どうやらこれに関しては、俺個人がこれ以上追求しようとしても立ち入れない領域のようだ。

タケミカヅチたちにしてみれば俺たちに明かせることより明かないことの方が圧倒的に多いだろうし、これ以上は埒が明かないだろう。


俺は小さく嘆息すると、気を取り直して次の話に移ることにした。


「・・・。

 なら、次の質問だ。

 あんたら・・・なんつーか、この国の体制側の神様だよな?

 ・・・美佳の祖父に対する感情を利用して、恥じいるところはないのか?」

『・・・・・・・・・・・・』

「・・・さっちゃん・・・」


美佳は不安げな目で俺の方を見てきたが、俺は構わず言葉を続けた。


「大武さん・・・いや、武葉槌。

 特にあんただ。

 あんたのこと、一旦は信用したが・・・。

 正直、また分からなくなった」

『・・・・・・』

「必勝を期すために保険をかけるというのは、至極まっとうなやり方だ。

 それ自体に文句はない。

 ・・・だからこれは、単なる感情論だけど」

「・・・・・・」

「美佳が天津甕星に意識を乗っ取られかけていた時、こういうやり方は武葉槌の指図だろうと言っていた。

 ・・・そうなのか?」

『・・・そうです。

 私が口止めしておくよう、建御雷タケミカヅチ殿や経津主フツヌシ殿に提案しました』

「!」


武葉槌は正座したまま、身じろぎ一つせずに答える。


『武葉槌殿・・・』

『弁明はありません。

 皇祖神の眷属としてやり方が卑しいと取られたのであれば、その誹りは受けましょう』

「・・・美佳のじいさんに対して、思うところはないんですか?」

『・・・あります。

 ・・・・・・無論・・・・・・』


・・・最初の対面から今に至るまでずっと、穏やかさと明敏の色とを湛えていた武葉槌の目が・・・

一瞬、力なく臥せられた。


まるで、年齢相応の老人であるかのように。


・・・・・・人間の老人のように。


「・・・・・・・・・・・・」

『・・・索君。

 武葉槌殿は、宿魂石を与る大甕神社の主として、今難しい立場にあるのだ。

 君の怒りはもっともだが・・・』

「・・・んなことは分かってるよ。

 だから、ただの感情論だってさっきも言ったでしょ」


まくし立てるうち、知らず立てていた膝を倒すと

俺はまたその場に座り込んだ。


「・・・ただ、言わなきゃ気が済まなかっただけだ」

「・・・・・・・・・・・・」




・・・美佳はあんたらには遠慮して、こういうことを言わないだろうから。

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