『とある農家のお話』

「・・・・・・。

 ・・・なあ、アンドラス。

 一つ、聞いていいか?」

『・・・ナんダ』


我ながら、少し馴れ馴れしいかとも思える呼びかけに対し、アンドラスはこちらに背中を向けたまま応えた。


「お前って、なんで・・・人間に、その・・・。

 ・・・不和とかバラ撒くのを生業にしてるんだ?」

『・・・・・・』


肩と翼越しに覗く、アンドラスの口元・・・って言うかクチバシが、再び固く結ばれる。


『・・・何故、ソんナ事ヲ聞く』

「なんとなく」

『・・・・・・』

「・・・じゃ、あんまりだから、あえて理屈付けるけど。

 お前と加賀瀬神社で最初に渡り合った時、

 俺はお前のこと、考えなしで、お調子者で、自惚れ屋で、軽率で、お喋りで、乱暴者で・・・」

『・・・・・・・・・』

「・・・要するに、チンピラみたいな奴だって印象しかなかった」

『・・・・・・・・・・・・』


・・・猛禽の表情なき表情は、それでもなお明らかな不快感と苛立ちを映していたが、俺は気づかないフリをして言葉を続けた。


「でも、今のお前に対する心象は、ちょっとだけ違う。

 ・・・ほんのちょっとだけな。

 善し悪しは別にしても、今のお前は、ちゃんと・・・知性とか、品性みたいなものを帯びていた。

 ものすごく長く生きてるらしいから、当然っちゃ当然なんだろうが・・・」

『・・・』

「・・・だからさ。

 ちゃんと話せば、ちゃんと知性を感じられるのに、なんでそんな・・・不和とか、破局とか、不毛なことを生業にしてんのかな、って・・・」

『・・・・・・。

 ・・・知性、カ』


理由をこじつけてはみたものの、なぜこんなことをアンドラスに聞いたのか、自分でもよく分からなかった。

さっきまでのアンドラスに対するイメージと、今のこいつに対する心象とで乖離のようなものを感じてしまったのが、なんとなく気に入らなかったのかも知れない。


『・・・オカしナ事ヲ聞く奴ダ。

 我ニそンナ事を聞いテキた人間ハ、汝が初めテダ』

「・・・」


・・・まあ、そうだろうな。


『・・・・・・。

 ・・・かつて・・・』

「!!」

「っ!?」


ぎょっとして、俺と美佳は思わずアンドラスの猛禽の顔へと目を見張った。

それまでの・・・機械の合成音声をツギハギしたような、無機的な声色から一転。

アンドラスの声が、いきなり生々しい肉声に変わったからだ。


『・・・かつて、ある所に、農夫の一家があった』

「・・・・・・。

 ・・・は?」

『ある時、一家の長たる農夫の父は、珍しい種を手に入れた。

 ・・・いや、創り出したと言うべきか』

「・・・・・・?」

『その種は非常に珍しい性質を持つ種で、植える場所や、その土の耕し方・・・水、肥料の種類、日光の加減などによって、さまざまな花や実を結ぶ種だった』

「・・・」

『しかし、いさかいが起きた。

 特定の豊かな土地のみで大事に育てるべきだと主張する父に対し、農夫の長男は、逆に・・・

 ・・・さまざまな場所に植え、さまざまな環境で育て、いかな実を結ぶか試してみるべきだと主張した。

 ・・・時には、厳しい環境こそがこの種の真の結実に必要なことなのだと』

「・・・・・・」

『諍いは平行線に終わり、親子で大喧嘩を繰り広げた後、長男は自分に賛同する弟たちを引き連れ、家を出た。

 農夫の一家は大家族で、実に三分の一もの親族が家を出てしまった』

「・・・・・・・・・」

『出奔した長男とその弟たちは、長い長い時間をかけ、種をさまざまな場所に蒔き、さまざまに育んだ。

 種は時に美しい花を、時に毒果を実らせながらも、この地球上のあらゆる場所で、さまざまに咲き乱れた・・・』

「・・・・・・。

 ・・・まさか・・・」

『・・・その種こそ、汝ら人間が・・・「知性」とか、「智恵」とか呼び、そして崇めてきたもの。

 そして、人間を人間たらしめている、人間の本質そのものだ』

「・・・・・・・・・・・・」

『我ら・・・すなわち、後にデーモンと呼ばれることとなった兄弟たちは、長男・・・すなわち、我らの君子たるルシファー聖下の理念に従い、かつて聖下が人類に植えた種・・・すなわち「知性」に、さまざまな肥料・・・「刺激」を与えてきた。

 鼻持ちならぬゴモリーは、男女の愛と、真摯さによって。

 ・・・このアンドラスは、人間同士の不和と、確執とによって』

「・・・」

『汝は今しがた、我の生業は不毛だと申したな?

 ・・・だが個人的な感情の話をすれば、むしろゴモリーのやり方こそが不毛だと、我は思う。

 永い永い時の中で我が悟ったことは、やはり人間の理性とか知性などというものは、上っ面の化けの皮・・・獣心を取り繕うための人面に過ぎぬということだ』

「・・・・・・」


・・・獣面獣心の悪魔に言われたくはないんだが。


『・・・故に、いつしか我は、人の知性に試練を与えることではなく、人の理性を貶め、嘲り、あげつらうこと自体が目的となっていた。

 それを知っているはずであろうに、依然として人の情愛を信じることを止めぬゴモリーへの、当てつけもあったが・・・』

「・・・」

『しかし、風向きが変わるやも知れぬ。

 ・・・いけ好かぬが、その風向きが定まるまで、今は一旦退くとしよう』

「・・・」

「・・・・・・」

『サラばダ、高加索。

 ・・・加賀瀬美佳。

 しカシて、次に相まミエる日こソガ汝ラノ命日故、首ヲ洗っテ待っテおレ』


唐突に元の無機的なツギハギ声に戻ったアンドラスは、まるで立ち去る準備でもするかのように

その場でヒラリと身を翻した。


「・・・・・・。

 次といわず、今ここで決着を着けてもいいのよ?

 ・・・フクロウさん。

 わたしとしても、サクのストーカーは早いうちに叩き潰しておきたいし」

「ストっ・・・!?」

『・・・フン。

 ツくづク、イケ好カぬ女ダ。

 ・・・めすかまきりメが』

「っ!」

「カマキリ・・・?

 ちょっと、カマキリってなんのことよ?」

『他ノ輩ニ殺されルなヨ。

 ・・・デハ、ナ』


と。

言い終わるが早いか、アンドラスの姿がすうっと薄れ、虚空へと溶けていく。


「あっ!?

 ちょっ!

 待ちなさい!メスカマキリってなんのことよ!?

 なんかわかんないけど、すんごいバカにされた気分なんだけど!

 うおおーいっ!!」

「・・・・・・・・・・・・」


そして瞬く間に色と輪郭とを失い、陽炎のように消え失せてしまった。


「・・・・・・いっちゃった・・・・・・」

「・・・」

「・・・あ――――――っ!!

 よくわかんないけど、すんっごいハラたつ!!」

「・・・・・・・・・・・・」


アンドラスには、ほんのちょっとだけ感謝すべきなんだろうか。



・・・こりゃ、どっからどう見ても、正真正銘、混じりっ気なしの、俺が知ってる加賀瀬美佳だ。



「・・・まあ、なんだ。

 どうやら俺らの勝ちってことでいいみたいだし、とりあえず宿魂石を下りよう」

「・・・。

 なんか、アインには勝ったのに、アンドラスにはヘンな敗北感を植え付けられた気分なんだけど・・・」


多分に納得の行っていないような面持ちで、美佳が恨めしそうにさっきまでアンドラスがいた虚空を睨み付ける。


「気にすんな。

 ・・・ほら、フツノミタマを拾って、とっとと行くぞ。

 俺も、残ってるヒル人間を還さなくちゃ・・・」

「・・・・・・。

 ・・・あいつ、絶対さっちゃんのこと気に入っちゃってるよね」

「・・・」

「なんでさっちゃんて、こう・・・人間じゃないものとか、ヘンテコなものとかにやたらと好かれちゃうのかな~~~・・・」

「・・・・・・・・・・・・」




・・・・・・・・・・・・嗚呼。

お前が言うと、凄まじいまでの説得力だよ。

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