祭りのあと(後)

「―――じゃあ、最後の質問。

 ・・・あんたら、ほんとにアインの『敵』なんだろうな?」

『・・・。

 どういう意味だ?』


俺の質問を受け、タケミカヅチはあぐらを崩して膝を立てながら

わずかばかり眉根を顰める。


「聞きたいのはこっちなんだけどな・・・。

 ・・・アインが美佳にKOされた後、アンドラスが乱入してきたのは知ってるよな?」

『・・・うむ』

「アンドラスの見立てによると、アインは『向こう側』にとって、何らかの背信行為を働いていたらしい。

 ・・・で、天津神側にも内通者がいるかも知れないと」

『・・・・・・』

『・・・建御雷よ』

『・・・。

 ふむ・・・』


フツヌシが意味ありげに目配せすると、タケミカヅチは一考するような仕草を取った後、改めて口を開いた。


『・・・実はな・・・。

 それに関して、我らの内々でも少し騒動になっている』

「・・・騒動?」

『混乱が起きているのだ。

 身内の恥を曝すことになるゆえ、あまり細かく説明してやれぬが・・・』

「・・・」

『・・・アインを放置しすぎたことに関して、いわゆる「バッシング」が起きているのだ』

「バッシング・・・?

 あんたらに対してか?」

『違う。

 我らの要請を無視してきた、「お上」に対してだ』

「お上・・・?」

『天津神々の首脳陣のことです。

 建御雷殿自身も本来ならば、その一柱ではありますが・・・』


・・・あー。

やっぱ、エラい神様なんだな。


・・・今さらだけど、こんな口の利き方したままでいいんだろうか。


『・・・しかしここで言うバッシング対象とは、現場のわしにではなく、わしの要請を無視してきた・・・外交官のような地位にある連中のことだ』

「・・・」


・・・外交官とかいんの?

まあ、アインとの戦いが政治的な取り決めの元に行われた決闘裁判だというなら、外交機関のような概念はむしろない方が不自然か。


『彼らが希伯来へぶらいにもっと強硬に働きかけて、アインに対してとっとと法的措置を取れば面倒はなかったのに、最後まで煮え切らない態度を取っていたせいで・・・結局、そなたらを戦場に駆り出す事態にまで発展してしまった』

「・・・事情を知らない俺の耳には、責任転嫁してるように聞こえるけどな」

『そう取ってもらって構わぬ。これは我らが不甲斐なかったという前提の話だからな。だが・・・』

『問題は、彼らの真意です。

 単なる無能ではなく、意図的に遅延しているようにも感じられた』

「!」

『まるで、アインの破壊活動を阻害させないためであるかのようにな。

 ゆえにバッシングにまで発展しているのだ』

「・・・。

 それが、アンドラスの言う『内通者』だと?」

『そうとまでは言わぬが、そういう方向で考えれば色々と辻褄は合う』

「・・・。

 ふ・・・ん・・・」


・・・アンドラスは、俺が天津神側に漏らすであろうことまで計算に入れた上で、俺に内通者の疑惑を話して聞かせたんだろうか。


もっとも、俺にすら易々と漏れてしまうような内情をタケミカヅチたちが把握していないとも思えなかったが・・・

だが、あいつが言っていた『風向き』とは、そういうことも含めてのことなのか?


『まあ、これは我らの内で処理することだ。

 そなたらの与り知るところではない』

「・・・」

『・・・とにかく、そなたらはよくやった。

 加賀瀬美佳の立場に関しては、少し難しいところもあるが・・・。

 少なくとも、天津神の内にそなたに危害を加えようという者は今はおらぬだろう』

「・・・・・・」


・・・『今は』、・・・ね。


「・・・・・・ああ、そうだ。

 あんたらが、美佳へ真実を伝えることを口止めしてたのって、結局・・・

 意図的に宿魂石からの逆流現象を起こして、確実にアインを倒させるため・・・ってことでいいんだよな?」

『・・・』

『そうですが、先ほど高加君自身も言っていたように、あくまで保険です。

 当初の予定では、ああも宿魂石の間近で戦わせるつもりではありませんでしたから

 想定よりも強い力が美佳さんに顕現してしまいましたし・・・

 ・・・そもそも、戦闘中に都合よくアインが美佳さんに真実を伝えるとも限りませんでしたから』

「・・・・・・。

 ・・・あんたらさ。

 それで、・・・なんつーか・・・。

 ・・・勢い余って、美佳が完全に天津甕星に乗っ取られちまったりしたら、どうするつもりだったんだ?」

「!」

『・・・』

「ありえる事態だったはずだよな?

 ・・・少なくとも、隣で見ていた俺はそう感じたぞ」

『・・・・・・』

『斬っていた』

「!!」

「・・・・・・!」


あぐらを掻いたまま、タケミカヅチが呟くようにそう言い放ったのを聞いて

思わず腰を浮かせながら、俺はこの警備員姿の武神へと目を見張った。


・・・というか、睨み付けた。


『・・・と、いう答えを期待しておるのかも知れぬが・・・。

 生憎、それはない』

「・・・・・・。

 なぜそう言い切れる」

『昨日も説明したように、宿魂石が吸い取り紙の役割を果たすからです。

 逆流現象は、起こったとしてもほんの一時。

 収まれば、その神気はまた少しづつ宿魂石へと吸われていきます』

『そもそも、加賀瀬美佳の精神に干渉していたのは、あくまで天津甕星の「記憶」・・・生前の残滓だ。

 自我そのものではない。

 ゆえに、いくら乗っ取られたように見えても、加賀瀬美佳の人格が根本的に変質するということは有り得ぬ』

「・・・」


・・・まるっきり、キャラ変わってたように見えたがな。


「・・・矛盾してないか?

 そもそも、美佳が逆流現象を起こすこと自体が、あんたらにとって都合の悪いことって話だったはずだろう。

 なのに、ある程度作為的に起こるよう、保険を掛けたってのか?」

『それはあくまで平時の話だ。

 今回はアインの危うさと秤に掛けた結果、場合によっては逆流現象をも利用するべきだと結論づけた。

 ・・・ただ重ねて言うが、その力のみでアインを討つと政治的な意味合いが弱まってしまうゆえ

 切り札ではなく、あくまでそなたらを最終的に生き延びさせるための、次善策だったと受け取ってほしい』

「・・・・・・。

 今の俺には、ただのおためごかしにしか聞こえないがな・・・」


俺は一つ、大きなため息をついてから

先ほどからずっと沈黙を守っている右隣の当事者を仰ぎ見る。


「おい美佳。

 お前も黙ってないで、文句の一つくらい言ってやれよ」

「・・・」

「・・・つーか、そもそもの当事者はお前なんだぞ。

 なのに俺ばっかクレームつけて、なんか俺がただの出しゃばりみたい・・・」


いや、そもそも話がこんがらがった原因を辿れば

タケミカヅチたちの片棒を担いだ俺にも責があるのだから、

本来なら美佳に対してこんな偉そうなことを言えた義理じゃないんだが。

しかし、だからこそ美佳の口から直接一言物申すべきだろう。


・・・べきなのだが。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・美佳?」

「・・・・・・すぅ・・・・・・」


―――どっ。


「えっ」

「すぅ・・・・・・。

 ・・・すぅ・・・」


突然。

すぐ横ですとんと正座していたはずの美佳が、崩れるようにして畳の上に倒れ伏してしまった。


・・・実に安らかな寝息を立てながら。


「・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・またかよ~~~・・・・・・」

『・・・無理もあるまい。

 あれほど神気を酷使したのだ』

「・・・すぅ・・・」

「ゴモリーのとこで、一回眠りこけたんだけどな―・・・。

 まあ、その後また激戦だったし、当然・・・か」


・・・本当なら、タケミカヅチたちに対してもっと欺瞞を追求するつもりでここに臨んだんだが。


しかし、この現人神あらびとがみ様の健やかな寝顔を見ていたら・・・なんと言うか、毒気を抜かれたような気分になってしまった。


『索。

 そなたの心情はもっともだが、今は我らもこれしか話してやれぬ。

 ・・・加賀瀬美佳にもな。

 そなたらの勝利がもたらしたものでもあるが、我らにとっての風向きがまた、変わるやも知れぬのだ。

 ・・・今はまだ、それを見定めるまでは予断できぬ』

「・・・・・・」


どいつもこいつも、言い訳みたいに『風向き』、か。

それに吹き飛ばされそうになってるこっちの身にもなってほしいもんだ。


「ぬへへへ・・・さっちゃん~・・・・・・。

 ・・・す―――・・・」

『・・・なんと。

 早くも夢を見始めているとは・・・』

「・・・・・・」

『君はよほど、慕われていると見えるな』

「・・・・・・」

『・・・とっとと付き合ってしまえばよかろうに』

「ヨケーなお世話だっ!!」




―――まあ。

またこうして、このヨダレまみれのマヌケな寝顔を見られただけでも、よしとする・・・・・・かな。

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