悪魔の先触れが終わるとき

「・・・先輩は、悪魔としては予知能力を持ってることで有名なんですよね?

 だったらじいさんの殺害を回避したり、・・・いや、そもそも未来が見通せるなら、もっと簡単に事を解決できるんじゃないんですか?」


タケミカヅチにゴモリーの特性を聞かされてから、ずっと疑問に抱いていたことだった。

予知能力なんて、いわば神の領域なのだから。


・・・いや、まあ、確かに神だの魔神だのに大挙して押し寄せられてはいるんだが、神の領域ってのはそういうこっちゃない。

もっと、こう・・・『実在していてはいけない力』だと思うのだ。

だからこそ俺は解説サイトでゴモリーの伝承を知った時、少なくともそこだけは確実にフィクションだろうと思ったわけで。


『・・・予知能力と言っても、あなたが漠然とイメージするような、全知のごときものとはほど遠いわ。

 ただ、あなたたち人間が占いと呼んでいるわざよりも、少しだけ具体的な形で視えるというだけ。

 それすらも、浪々とゆらぎやすい未来という水面みなもの上にあっては、些末なきっかけで容易く覆ってしまう』

「・・・予知した未来が確実に訪れるわけじゃない、ってことですか?」

『ええ。

 わたしが予知できる範囲は限定されていて、覆りやすい事柄に関するものほど視えづらくなる。

 そして予見した未来には、「わたしが予知したことによる影響」が織り込まれていない。

 つまり・・・』

「予知した内容を誰かに話したりすると、視えた未来自体が訪れなくなってしまう・・・?」

『そこまでデリケートではないけれど、予知が無意味にならないよう、慎重に行動しなければならない。

 ・・・一つだけ言い訳させてもらうとね、アインが吉造さんを殺害したのは、わたしたちにとっても予想外だったのよ。

 彼はその時点では、アインやアンドラスらにとっては貴重な情報源だったはすだから、即殺害するなんてナンセンスだった。

 ・・・だったはずだった』

「・・・」

『つまりアインの凶行は、「自然な力の流れ」に逆らったものだったの。

 吉造さんを即殺害したって、デーモンにはなんの利もないはずなんだから。

 ・・・そういう無思慮な凶行に対しては、わたしの予知は機能しづらい』


ゴモリーは諦観気味に、一つ小さなため息をつく。


「・・・美佳にはやっぱり、じいさんの死の真相のことは伏せておくべきなんでしょうか。

 タケミカヅチたちに、今は明かさないよう釘を刺されたんですが・・・」

『・・・』


俺のその言葉を聞いた途端、ゴモリーは少しだけ意外そうに眉根を顰めた。


『・・・鹿島カシマ神たちに、そう指示されたの?』

「え?

 ・・・あ、はい。

 正直、なんでそんなことまで口出ししてくるのか、ずっと違和感を覚えてるんですけれど・・・」

『・・・。

 ふ・・・ん・・・』


ゴモリーは指先を顎に当てて視線を逸らし、口元をへの字に結ぶ。

思案している・・・というか、なにか思うところがあるといった様子だった。


『・・・・・・。

 ・・・これから30分後に、あなたたちを大甕神社に返すわ』

「!」


・・・唐突な宣告に、俺は思わず目を見張る。


『美佳さんはたぶん、もう少しで目覚めるでしょう。

 わたしはその前にここを引き払うから、あなたが彼女に与えるべき情報を取捨して伝えなさい。

 然る後、大甕神社へ送り返すから・・・・・・アインを討ちなさい。

 あなたたちの手で』

「・・・やっぱり、決闘からは逃げられませんか」

『・・・・・・あなたがどうしてもというならばこのまま逃がしてあげてもいいけれど、そうした所で何の解決にもならないことを、あなたは今までの体験でよく理解しているはずよね?』

「・・・・・・」


あわよくば、このまま決闘をうやむやに・・・などと、心のどこかで淡い期待を抱いていたが・・・。

しかしゴモリーの言うとおり、そんな目先の逃避に走ったところで事態はなんら好転するわけじゃない。

悪魔から一時的に逃げ仰せたとしても、それで支障なく日常に戻れるわけではないのだ。


『あなたたちが自らの手でアインを倒すことには、政治的に大きな意味がある。

 デーモンにとっても、天津神にとっても。

 ・・・わかる?

 あなたたちが立っている場所は、あなたたち自身が自分で思っているよりもずっと、大きな潮流の中心に近いのよ』

「・・・・・・・・・」

『・・・すでにサルガタナスによって、とばりは取り払われた。

 これからの局面・・・おそらく最終局面は、きっと多くの「目」があなたたちの戦いぶりに向けられる。

 生き残れば、状況は好転するでしょう』

「・・・そりゃ、負けて死んだら好転もクソもないですからね」

『・・・・・・そうね』


ふっと、ゴモリーが表情を緩める。


『・・・わたしが直に助太刀するわけにはいかないけれど・・・。

 でも、一つ、助力・・・ううん、助言させてもらってもいい?』

「・・・なんですか?」

『・・・・・・。

 ここからの戦いは、なるべく・・・いえ、確実に、宿魂石のすぐそばで戦うようにしなさい』

「!

 ・・・え!?」

『それが一番、あなたたちの「未来」が拓ける可能性が高い。

 ダメージはあるでしょうけれど、最悪の事態にはならない・・・はず』

「・・・」

『他にもいくつかの可能性を「視て」みたけれど、他はみんな、もやがかかって見通せないか・・・なにかしらの犠牲が視えてしまった。

 さっき説明したような理由で、なぜそうなるのかという過程までは教えてあげられないけれど・・・とにかく、宿魂石の近くで戦闘を展開するのが、一番手堅い』

「・・・それが先輩の、予知の力・・・ですか」


御神体のすぐそばで戦えば、美佳になにかしらの変化がもたらされるということだろうか。

せっかく睡眠をとったのに、またすぐ昏睡してしまわなければいいが・・・。


「・・・あ、でも俺、宿魂石がどこの社殿に安置されているのか知らないんですけど・・・」

『それは美佳さんに聞けば問題ないわ。

 彼女は確実に宿魂石の在処を知ってるはずだから。

 ・・・ただ、一つあなたに選択してほしいことがある』

「選択・・・?」

『わたしの助言に従う場合、あなたたちは現実世界でアインと戦わなければならない』

「!」


俺ははっとして、ゴモリーの顔を見上げる。


「・・・なぜです?」

『まがいものの世界には、宿魂石は存在しないからよ。

 あなたたちが先ほどまで戦っていた鹿島カシマ神の結界世界は、人工的に作り出した平行世界・・・つまり、「まがいもの」なの。

 宿魂石のような「本物」は、「まがいもの」の世界には存在しない。

 いくら次元をまたごうとも、「本物」はただ一つだから。

 ・・・真なる主が、唯一神ただひとりであるように』

「・・・」

『もしあなたが決断すれば、わたしが直に現実世界側の大甕神社へと送り返してあげる。

 ・・・アインもね。

 ただ、鹿島神を始めとする天津神々はさぞかしアワを食うでしょう。

 場合によっては、おかしな横槍を入れてくるかも知れない。

 だから、あなたが決めなさい』

「・・・・・・」


確かに。

この選択はある意味で、悪魔と天津神を秤にかける意味合いをも含んでいるのかも知れない。

元々、タケミカヅチたちが大甕神社に結界を張っていたのは

宿魂石を悪魔の手から守るためだろうし、それはこの戦いに用いた結界に関しても同様だろう。

決闘に余計な横槍が入るのを抑止すると同時に、宿魂石に戦いの余波が及ぶのを防ぐ狙いがあったはずだ。

今ゴモリーが言ったように、宿魂石が現実世界にしか存在できないというならばなおさらだろう。


タケミカヅチたちは結界が破られても特にコンタクトは取ってきていないが、この先戦いの舞台を宿魂石の周囲へと移せば、さすがに何かしらの介入をしてくるかも知れない。

それによって、戦いが不利になるとまでは思えないが・・・。



・・・・・・・・・・・・。



「・・・一つだけ、質問させてください」

『・・・・・・うん?』

「先輩・・・いや、ゴモリー・・・さんはなぜ、俺たちに親身に肩入れしてくれてるんです?」

『・・・』

「目的を果たすために、打算込みで俺たちを引き込みたいというのは分かります。

 ・・・でも、ちょっとそれだけには見えない時がある」


今までの振る舞いが演技でなければ、という前提ではあったが。

しかし・・・もちろん悪魔の本質は俺には知れなかったが、それでも今までの魔神ゴモリーの物腰が俺を欺くためのものだとは、どうしても思えなかった。


美佳は後森綾を疑っていたが、きっと今の先輩を見れば――個人としての嫌悪感は依然、拭えないであろうものの――きっと、同じように感じたはずだ。


『・・・わたしの伝承のこと、調べてくれたんだよね?』

「え?

 ええ・・・」

『予知のこと以外には、なんて書いてあった?』

「・・・。

 男性に、女性の愛を得る方法を教える・・・とか」

『そうね。

 ・・・じゃあ、なぜわたしがそんなことを生業にしてると思う?』

「・・・・・・」

『それはね、ごくごく単純に、「それが見たい」からよ。

 男の子が女の子を好きになって、成就せんと努力する姿には、真摯さがある。

 わたしは、その「真摯さ」が見たい』

「・・・・・・・・・」

『そしてわたしはあなたの中に、その真摯さを見た。

 あなたは恋愛感情を否定するかも知れないけれど、この際そこは問題じゃないわ。

 あなたが美佳さんのために・・・怒ったり、命を賭けたりするのは、まぎれもなく「真実の行動」なのよ。

 ・・・わたしは、それを見届けたい』

「・・・」

『さっきあなたは、わたしが語って聞かせた聖下のお考えに、怒りを顕わにしたわね。

 ・・・その怒りは、持ち続けていなさい。

 わたしのすべての行動は聖下の御為おんためだけれど、あなたが聖下に対して抱いた怒りもまた、真理なのよ。

 人は、そうした真摯さを、決して忘れてはいけない。

 ・・・そうすれば、いつの日か・・・あなたや美佳さんと、聖下が直に相まみえる日も、あるいは訪れるかも知れないわ』

「・・・・・・・・・・・・。

 ・・・どうやら、選ぶべき選択は決まりきってるみたいですね」


思わず苦笑いが漏れるのが、自分でも分かった。

さっき刹那的な怒りをぶつけた張本人に、その怒りを肯定されるというのは・・・バツが悪いというか、なんと言うか・・・。

気恥ずかしかった。


『・・・それが回答と受け取っていいのね?』


俺は苦笑いを正すと、無言で頷く。


『・・・・・・30分後、さっき突入してきた鳥居と同じ場所に、あなたたちを送り返すわ。

 ただし、現実世界の、ね。

 そうしたら、そこから宿魂石のある場所へとすぐさま向かいなさい。

 アインとの交渉がスムーズにいけば、さらにその30分後くらいを目処に、彼も現実世界へと転移させるから。

 ・・・・・・・・・・・・「ガープ」ッ!』


ゴモリーはさきほど持ち出してた本の一つをパラパラとめくり始めると、唐突に聞き慣れない単語を叫んだ。


『―――聞いた通りよ。

 わたしがこの部屋を引き払った後、この子たちを今わたしが言ったように転送してあげて。

 アインとの交渉はわたしがやるから、その後彼の転送もお願い』


・・・と。


《・・・よいのか?

 なんじはすでに、ツクヨミに目をつけられている身であろう。

 この上、宿魂石や奴らの神域に直接危害が及ぶようなことあらば、今度こそ汝に天津神々の矛先が向くやも知れぬぞ》


突如として、本から低くくぐもった男の声が響き渡る。


『問題ないわ。

 この子たちがアインに勝てば、チャラにしてなおお釣りがくる』


・・・どうやら、仲間と通話しているらしい。

魔術のたぐいなんだろうが・・・そのさまは、あたかもタブレット端末で通話しているかのようだった。


《・・・これは博打だぞ》

『勝ちを確信した博打は、もはや博打ではないわ』

《・・・・・・。

 ずいぶんと、入れ込んだものだな・・・》


本の奥から聞こえてきたため息は、多分に呆れがちなニュアンスをはらんでいるように聞こえた。


「・・・・・・ん・・・・・・」

「!

 ・・・美佳?」


と、そこで。

それまですぐ隣から聞こえてきていた健やかな寝息に、かすかにうめき声のようなものが混じり始める。


『・・・お姫さまのお目覚めみたいね』

「・・・・・・」


・・・正直、今ゴモリーから聞かされた話に取捨と咀嚼を加えて美佳に聞かせるのは、気が重かった。

単純に、小難しい話をこいつに理解させるのは大変だというのもあったが・・・。


「・・・結局、じいさんの死の真相の件は、どうすればいいんでしょうか」

『あなたの口から伝えるのは、わたしとしてもお薦めしないわ。

 ・・・なぜかということに関しては、もうじきわかるでしょう』

「・・・『もうじき』・・・?

 ・・・・・・」


ゴモリーのその言い草は今の俺には要領を得ないものだったが、彼女の予知能力のメカニズムのことを思い出して、追求することはしなかった。


『―――武運を。

 高加 索。

 ・・・加賀瀬 美佳。

 願わくば、あなたにちょっかいを出して、美佳さんにどやされるような日常がまた戻ってくることを、心より祈っているわ』

「・・・・・・。

 悪魔が・・・。

 ・・・悪魔が、『祈る』んですか?

 神様に・・・」



―――苦笑しながら俺が言い放った、ややもすれば皮肉めいた言葉を受けて。

魔神は、どこか寂しそうに微笑んで、そして言った。




『―――捧げるべき神には、とうに見放された身なれど・・・。

 ・・・「祈る」ことは・・・決して、無駄ではないわ』

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