『キング・オブ・キングス』(その4)
「権力者・・・」
『そ。
わたしたちデーモンに王がいるように、彼ら大和の神々にも君臨する者はいるわ。
今はまだ
「・・・。
・・・・・・あ」
と、先輩のその言葉を聞いた途端、俺はサルガタナスとのコンタクト時から抱いていた、とある疑問を思い出した。
「そうだ。
・・・先輩たち悪魔って、なんで一斉にこの日本に乗り込んできたんですか?」
『え?
だからそれは、
「いえ、そういうことではなく、なぜこのタイミングで一斉に来たのか、ってことです。
サルガタナスは、自分たちは誰かに命令されたわけではなく、自発的に日本にやってきた、って言ってました。
・・・でもその割には、ずいぶんとまとまって乗り込んできたみたいですけど」
『・・・』
「まるでなにかの『きっかけ』があって、それを皮切りに押し掛けてきたみたいに。
・・・でも、鶴の一声があったわけではないんですよね?
その『聖下』とやらの」
『・・・・・・』
「そもそも、なんで・・・その、聖下っていうのは、部下が自分のためにあれこれ動いているのをほったらかしにしているんですか?
自分の力を取り戻すためなんだから、むしろ本人が躍起になるべきなんじゃ」
『・・・あのお方はね、自身が力を保持することに関しては、あまり執着がないのよ。
個人レベルでいくら武装したって、大勢には影響がないとお考えだから』
「じゃあ、なんで・・・」
『・・・星の巡りがね、今はそういう時節なの』
「・・・・・・は?」
・・・星の巡り・・・?
「・・・なんですかそりゃ」
『・・・・・・。
これはまだ、話すつもりはなかったんだけれど・・・』
ふいっと視線を逸らしながら、ゴモリーは言葉を続ける。
『・・・わたしたちデーモンにとっての、
世界中に王の力が散らばってしまったということは、つまりそれぞれの地でそれぞれの因縁が生じているわけで』
「・・・それはさっきも聞きました」
『そうね。
・・・これもさっきちょっと触れたけれど、例えば中東のとある地域にも、美佳さんと似たような宿命を持って生まれた女性がいたわ。
・・・その女性が生まれた部族はとても保守的でね。
「ヤズィディ」と呼ばれている独自の民俗宗教を信仰しているんだけれど、それゆえに、環境的・・・宗教的に敵が多い部族だったから、放置しておくのは危険だった』
「・・・・・・」
『結局、強引かつ平和的に、その女性が宿していた「王の力」は回収できたけれど・・・』
「・・・それ、いつの話です?」
『西暦2009年。
今から五年前のことよ』
「!
・・・五年前?」
先輩のその返答に、俺は言いようのない違和感を覚えた。
・・・五年前?
・・・・・・たった?
「・・・あの、すみません。
先輩の言い分だと、王の力っていうのは、ものすごく昔に散り散りになってしまったんですよね?
・・・なのに、ここ数年でいきなり続けざまに、世界中で、その・・・『回収騒ぎ』を起こしているんですか?」
『そこよ。
・・・つまり、「そういう時節」なのよ』
「・・・?」
『はっきり言ってしまうとね、今は世界中の「王の力」が出揃う時期なの』
「出揃う・・・?」
『世界中に散らばっている王の力には、そのそれぞれに、周期・・・一定のバイオリズムのようなものがある。
それは普段は冬眠のような状態にあるけれど、そのバイオリズムが活動期に入ると、この世に「力の残滓」のようなものとして漏れ出てくるの。
・・・ちょうど、冬には冥府に赴いていた豊穣の神が、現世に舞い戻ることで春が訪れるように』
「・・・・・・」
『そして、バイオリズムの周期には個体差がある。
数十年置きの短いものもあれば、数百年に一回だけ、現世に漏れ出てくるものもいるわ。
・・・そして、今・・・それらはすべて、この現世に生まれ出でて、それぞれが王の力を宿したまま、この地球上のどこかで息づいている』
「・・・つまり・・・こう言いたいんですか?
『王の力を持つ神様の生まれ変わりたちは、数十年から数百年の周期でこの世に生まれてきて、かつ今はそれらの生まれ変わり全てが世界各地に存在している状態だ』と」
ゴモリーは静かに頷く。
『天津神々は
「・・・タケミカヅチたちは、神であれ悪魔であれ、生まれ変わってくること自体に特別な意味なんてないと言ってましたよ。
俺はウソをつかれたってことですか?」
『それはウソとかじゃなくて、たんに解釈の違いだと思うわ。
天津神はそもそもわたしたちデーモンの主張自体を認めていないから、
「・・・」
『でも、彼らが認めようが認めまいが、わたしたちデーモンにとってはただの事実でしかないのよ。
・・・厄介なのはね、王の力は一定期間内にすべて回収してしまわないと、またすぐ散り散りになってしまうの。
回収しきる前に、休眠期・・・つまり、いずれかの転生体の寿命が尽きてしまうと、それまで回収したものも含め、みんなまた各々の封印の地・・・例えば
そうしたら、チャンスはまた数十世紀先になってしまうわ』
「だから、すべての転生体が現世に存在している、この時代に意味がある・・・と」
『そ。
いったんすべて回収しきったのち、それらの力を聖下ご自身の手で一つに束ね直しさえすれば、もう二度と飛散することもないんだけれど・・・』
「具体的に、転生体・・・というか、美佳をどうする気なんです」
『別にどうもしないわ。
わたしたちが欲しいのは美佳さん「の中に在るもの」であって、美佳さんそのものじゃない。
それを摘出する手段自体は・・・まあ、条件さえ整えばそんなに難しいことじゃないし、美佳さんに害になるようなものでもないから。
神通力は失ってしまうでしょうけれど、美佳さんもあなたも別にあんな力は欲してないでしょ?』
「まあ、ヘンなもんにつけ狙われることさえなくなれば・・・」
『そうね。
・・・ただ、天津神々は
またそういうプロセスが面倒だから、アインたちはああいうことをしている。
・・・いっそ、この場でするっと抜き取れれば楽なんだけれど、ね・・・』
ゴモリーは小さくため息をつきながら、のん気に寝息を立てている
「・・・やっぱり、分かりません。
そこまでの争いの種になっているなら、ことさらその『聖下』が直接、退くなり進めるなりの指示を下すべきなんじゃ?」
『・・・』
「ましてや期限があるなら、なおのこと統制を取るべき・・・」
そこまで言いかけて、俺は思わずはっと口元に手を当てる。
・・・何を言っているんだ、俺は。
相手は悪魔の元締めだぞ。
まして、なんで俺は――後森先輩への個人的な好悪はさて置き、ほぼ敵である悪魔側の立場を慮るような言い方をしているんだ。
『・・・ふふ。
敵の統率性のことにまず考えがいくなんて、あなたらしいわねぇ』
ゴモリーは視線をこちらへと戻すと、いつものうすら笑いとは違った、落ち着いた笑みを浮かべる。
『・・・あのお方は・・・なんと言うか、悪魔の王であって、悪魔の王でないのよ』
「・・・どういう意味です」
『確かに聖下はわたしたちデーモンの長だけれど、かと言って悪魔の利権のみを考えているわけでもないの』
「・・・まさか、この期に及んで慈善精神の持ち主だとか言うわけじゃないでしょうね?」
『・・・・・・。
わたしも、あの方のお考えのすべてを理解しているわけではないけれど・・・』
ふたたび、ゴモリーの口元から笑みが消えた。
『・・・聖下はね。
悪魔も、人も、神々も、すべて等しく見ているのよ。
わたしたちがこの国へと赴いたことで衝突が起きるなら、それはあって然るべき「試練」だと考えている』
「試練・・・?」
『そ。
この国の人間や神々だけでなく、わたしたちデーモンにとっても、また試練だと』
「・・・分からないです」
『・・・。
・・・・・・今回の件、確かにわたしたちは、聖下からの勅命を賜って動いているわけじゃない。
・・・でも逆に言うとね、これは誰彼が無理強いするまでもなく生じた、自然な力の流れなの』
「・・・」
『わかる?
・・・森羅万象、この世のありとあらゆるものには「脈」がある。
海流とか、気流とか、熱伝導とか。
血液の流れとか・・・格闘技での立ち回りとか、戦争が起こるまでの政治背景とか、人が人を好きになって愛を勝ち得るまでの流れとか。
とにかく、万物にはそれを為すための自然な「力の流れ」というものがあるのよ』
「・・・・・・」
『あるいは「運命」と言い換えてもいいけれど。
・・・わたしたちデーモンの聖下に対する求心がそういう潮流を生み出したなら、それは「必要な試練」なの』
「・・・・・・・・・」
『あの方は自身が力を取り戻すこと自体よりも、それをエサにして大きな潮流を起こし、その中から新たな芽吹きが見つかることに期待している。
・・・例えば、あなたのような、才気のある人間とか。
だから今回に限っては、わたしたちデーモンを統率するようなことはあえてしないでいる。
デーモン同士のせめぎ合いすら、必要な競合だとお考えだから』
「・・・・・・迷惑千万としか言いようがない」
『あなたの・・・というか、人間の感性では当然そう感じるでしょうね。
・・・わたしたちデーモンもまた、試されている。
数十世紀に一度のこの好機に、誰も彼もが浮き足立っている』
「・・・そこまで分かっていて、それでも王の力を取り戻すために悪魔たちは動いているんですか?
掌で踊らされているようなものじゃないですか!」
『・・・これはね、セレモニーなのよ。
人間と神々を巻き込んだ、数十世紀に一度のセレモニーなの。
聖下の御心がどこにあるにせよ、王の力を取り戻すことが聖下の大きな利になることには違いないし、そういうこともすべてひっくるめた上で聖下の
「・・・理解できない!」
『でしょうね。
これはたぶん、デーモン独自の倫理思考だから・・・』
「美佳のじいさんはその流れとやらのせいで殺されたんだぞッ!!」
『・・・・・・・・・・・・』
・・・俺は初めて、後森先輩に対して敬語を使うことをやめた。
「いや、じいさんだけじゃない!
あんたの口ぶりからして、世界中の色んなとこであんたらの暗躍による犠牲者が出ているんだろう!それを・・・!」
『・・・・・・』
「・・・・・・いやっ、それも違う。
俺はそんな・・・・・・
・・・・・・」
得体の知れぬ首謀者の、得体の知れぬ目的に怒りを覚えた俺は、思わず刹那的に声を張り上げてしまったものの。
・・・結局、自分でも何が言いたかったのか、よく分からなくなってしまった。
俺は、地球の裏側で見ず知らずの人間が死んだことに本気で胸を痛められるような慈善家じゃない。
だから悪魔の暗躍によって知らない人間が死ぬことを、怒りの口実とするのは詭弁だ。
だが・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・。
加賀瀬吉造のことは・・・
・・・ごめんなさい、としか言いようがないわ。
その件に関しては、わたしもアインに抗議したんだけれど・・・
・・・ううん、こんなこと言ったって、また自分だけいい顔しようとしてるとしか思われないわよね』
「・・・・・・いえ。
サルガタナスがそんなようなことを言ってました」
アインが美佳のじいさんを殺害したことに関して、ゴモリーが奴へクレームを入れたということは
サルガタナスの言から知ってはいた。
具体的にどの程度の強さの苦情だったかは、俺には窺い知れないことだったが・・・。
・・・・・・。
ゴモリー・・・いや、後森綾は、本気で怒ってくれたんだろうか・・・?
・・・他ならぬ、美佳のために。
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