宿魂石

「―――どっちだ!?」

「・・・こっち!」


―――樹木のアーチがかかる大甕神社境内の砂利道を、俺は美佳の神剣の切っ先が指し示す方へと駆けていく。


「・・・なんか・・・だんだん参道から逸れていってる気がするけど、ちゃんと宿魂石があるとこへ向かってるんだよな?これ・・・」

「大丈夫だよ。宿魂石の場所なんて、間違えようがないし。

 いちいち星を視るまでもないくらい」

「・・・そういうものか」


妙に自信に満ちた美佳の表情を見て、俺はわずかばかりの違和感を覚える。


この自信は単純に、幼い頃から慣れ親しんだ場所であるがゆえの、土地勘によるものなのか。

それとも―――


―――ある種の、『帰巣本能』なのだろうか?


「・・・しかし、御神体が安置してある場所なんて、一般人である俺らで近づけるものか?

 やっぱ、まず大武さ・・・タケハヅチに掛け合うべきだったか・・・」

「それも大丈夫。なんにも問題ないから。

 ・・・行けば分かるよ。

 行けば・・・ね」

「・・・・・・」




2014年8月16日、午前11時48分ごろ。晴天。

・・・今度こそ、正真正銘の晴天。


後森 綾こと魔神ゴモリーとの会談の後、元の―――正真正銘、現実世界の大甕神社境内へと送還された俺と美佳は

彼女の指示通り、一目散にこの神社の御神体にして星神・天津甕星の御霊が眠るという霊石・宿魂石の在処へとひた駆けていた。


・・・正直、送還直後の行動に関しては、少しだけ迷った。

ゴモリーにはすぐ宿魂石へ向かえと指示されたが、この神社の本来の主は大武さんことタケハヅチらしいので、まず彼を探して話を通す方が無難かとも考えたのだ。

ただ、俺たちの行動が悪魔側であるゴモリーの指示によるものと知れたら、天津神側は態度を変えるかも知れないし

何よりゴモリーは予知を踏まえた上で俺たちに『すぐ宿魂石へ向かえ』と指示していたので、やはりまずそちらへ向かうことにした。


「・・・・・・。

 ・・・なあ、美佳。

 お前さっきから、なんか・・・なんて言うか、他のこと考えてるか?」

「・・・・・・・・・・・・」


砂利道を駆けながら、俺はどこか物憂げな美佳の横顔が気にかかっていた。

死闘を再開するのだから物憂げなのは当然といえば当然だったが、美佳の浮かない顔は戦いに対するものともどこか違っているように見えた。


「・・・・・・。

 ・・・わたし、あの人に何も言えなかった」

「後森先輩のことか?

 確かにお前が目覚める前に、先輩はどっか行っちまったけど・・・。

 でもお前、眠り込む前にけっこう色々言ってたじゃんか。

 あれでもまだ噛み付き足りないってのかよ」

「違うよ。

 ・・・お礼を言えなかった、って言ってるの」

「・・・・・・・・・・・・」


物憂げだった美佳の表情が、かすかに険しく歪む。


「さっちゃんの言うとおり、わたしは先輩のこと、はっきり言ってキライだよ。

 ・・・キライな人に助けられて、しかもお礼を言いそこなうなんて。

 ・・・・・・わたし、そんなの耐えられない」

「・・・そうか」


美佳にしてみれば、さんざん溜まった鬱憤をぶつけた後で改めて助けてもらったお礼を言いたかったのかも知れないが、そうする前に前後不覚に陥ってしまったわけだ。

確かに、考えようによっては屈辱的だろう。


・・・正確にはその昏睡自体もゴモリーの仕業だったわけだが、これは彼女言うところの『美佳に与えるべきではない情報』だと判断して伏せておいた。

俺にまでとばっちりがきそうだし。


「・・・ま、だったらことさら、勝って生き延びるしかないな。これで死んじまったら、文句も礼も言えなくなる」

「・・・・・・うん。

 そうだね・・・」




砂利道には小枝や雑草が混ざり始め、勾配が少しだけ険しくなっていく。

周囲の景色は山肌と木々とに遮られ、すっかり見通しが悪くなっていた。


「・・・お、おい。

 なんか、山の中みたいな場所に来ちまったぞ」

「うん?

 そうだね」

「そ、そうだね、ってお前、宿魂石は―――」

「だから、こっちでいいんだってば。

 ・・・って言うか、もう着いたよ」

「え」


右前方を駆けていた美佳が足を止めたのに釣られて、俺もまたおもむろに歩を緩める。


・・・緩めたが、ここは・・・。


「つ、着いたって・・・。

 ここ、山肌の前じゃないか」


そう、表参道からは少し外れた、山肌の手前。

確かに目の前には小さな社があるが、その扉はプレハブ製で、ガラス窓からは神輿みこしのようなものが覗いている。


・・・というか、神輿そのものだ。


安置場所は安置場所でも、ここは神輿を格納しておく建物のようだ。

どう見ても御神体を奉る社殿には見えない。


「って言うかこれ、神輿殿ってやつだろ?

 宿魂石とは関係ないと思うが・・・」

「?

 そうだよ?」

「・・・・・・・・・・・・」


・・・あ~~~・・・。

なんか久し振りだ。

こいつとの、この感じ。


「いや、御神体だぞ。

 分かってるか?」

「分かってるよ。

 ・・・っていうか、さすがにさっちゃんよりわたしの方が詳しいし」

「いやっ、そうだろうけどさ・・・」


・・・どういうことだ。

御神体って普通、本殿の奥とかに丁重に安置されてるもんじゃないのか?


「・・・じゃあどこにあるんだよ、その御神体とやらは」

「ん」


美佳はこちらを向いたまま右腕だけを伸ばし、向かって左―――

神輿殿のすぐ左脇を指差す。


「・・・んん?」


その指先へと、俺が視線を向けると――

あったのは、神輿殿よりもはるかに小さな、二つの社。


「あれは・・・」


大きな山肌を背に、とても小さな、二つの社―――いや、ほこらと言うべきか?

とにかくそれらが、山肌に沿うように段違いに建てられている。


そして、その二つの祠の間には・・・。


「・・・あ!」


―――あった。

『宿魂石』。

・・・って、石自体に書かれてる。

・・・・・・って言うか、彫られてる。


「これが、宿魂石・・・」


そこにあったのは、俺の背丈よりやや低いくらいの全長の、平べったくて縦に長い石だった。

天然の石碑のような形状、といえば分かるだろうか。

その石に明朝体ででかでかと『宿魂石』と字が彫られている。


「・・・・・・」


・・・まさか野ざらしとは。

って言うかこれ、石に直接字とか彫っちゃって大丈夫なのか?

御神体を直接削るって、なんかマズいような気がするんだけど。


「違う違うっ、そっちじゃないよ」


と。

それまで、俺と御神体のにらみ合いをすぐ背後で見守っていた美佳が、唐突に声を上げた。


「え?

 ・・・だって、『宿魂石』って書いてあるじゃんか」

「だから違うってば。

 それは『看板』。

 ただの立て札だよ」

「・・・・・・は?」


俺は今一度前方へと向き直り、宿魂石―――と刻まれた石へと目を凝らす。


「・・・・・・・・・・・・」


・・・看板、って・・・。

何に対する『看板』だ?


神輿殿とは、明らかに立てられている方向が違うし。

他にあるものと言えば、およそ御神体が入っていそうには見えない小さく古ぼけた二つの祠と、樹木を挟んで離れた場所に見える拝殿くらいで、あとは前方一面の山肌・・・




・・・・・・・・・・・・。




俺ははっとして、改めて前方を仰ぎ見る。


・・・・・・『山』。


山はよく見ると、鬱蒼と生い茂る樹木や草に混じって、岩肌が露出していた。




―――山は、『岩山』だったのた。




「・・・まさか」


俺はますます前方の岩山を仰ぎ見て、二、三歩ほど後ずさる。


そうだ。

貧しい先入観のせいで、『御神体』といえばてっきり、本殿内に安置されているものだとばかり思っていたが。


御神体は、あえて野ざらしにされていたんじゃない。

ただ単に、屋内に安置しようがない形状だったというだけであって・・・。


「これが・・・この岩山全体が―――」


『遠大な』魂の貯蔵庫。

『巨大な』吸い取り紙。


天津神たちの表現は、比喩でもなんでもなく。

単純に、言葉通りのスケールだったのだ。


「―――『宿魂石』!」

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