第二部:フクロウの怪

加賀瀬家の人々

「――そういうわけだからさ、ちょっと美・・・加賀瀬んとこに世話になってくるよ。母さんには親父の分の線香も供えとくから」

『・・・いつもすまない』

「そういうのいいって。じゃあ、そろそろ時間だから・・・」

『ああ。加賀瀬さんにはよろしく伝えておいてくれ』

「ん。

 ・・・じゃあ」


通話を切った俺は、ふいっと仏壇のある居間を覗き込む。


「・・・じゃあ、おばさん。索君のこと、ちょっとお借りしますね」


美佳は仏前で手を合わせながら、何やら母さんに語りかけているようだった。


「・・・あ、いや、できることならちょっとと言わず、ずっとお借りしていたいんですけど・・・。

 って言うかぶっちゃけ、丸々くださいな~なんて・・・」

「・・・何言ってんだ、お前・・・」

「うひゃあッ!?

 ・・・さ、さっちゃん!?いつの間に!?」


俺が背後から冷めた声をかけると、美佳は座布団の上で正座したままびくんと跳ねた。

て言うか、浮いた。


「俺の家で俺がどこにいようが俺の勝手だろ。

 ・・・て言うかお前、俺のこと普通に名前で呼べるなら、俺自身に対してもそうしろよ・・・」

「そ、それとこれは別なのっ」


―――今日は2014年8月13日水曜日。曇り。

今は午前8時20分。夏休み。お盆。気候はそこそこ快適。


お盆初日を迎え、夏休み直前の約束通り美佳の父方の里帰りに同伴することとなった俺は

出発を目前に控えて高加家内における最低限のお盆行事を消化していた。

とは言え、具体的には母さんに線香を上げ、出張中の親父に出発を知らせるだけ。

ほんとに最低限だ。

まあ、うちは別にこれでいい。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「やあ、索君。しばらく見ない内に大きくなったねえ」

「・・・いつも思うんですけれど、皮肉ですよね?それ・・・。

 って言うか、先週も会ったじゃないっすか」


うちの玄関先に車を停めて待機していた美佳の父は、俺を見るなり挨拶代わりのボケをかましてきた。

と言うか、この人の俺に対する挨拶はいつもこのフレーズだ。

前回会ったのが数ヶ月前だろうが昨日だろうが、いつもこれ。

別にいいんだが、この人の娘が俺の身長を軽く20cm以上上回っていることを鑑みると、すごく地味ーな嫌味に聞こえなくもない。


「いやいや、男子三日会わずば――」

「――『刮目して見よ』、ですよね?

 それももう何度聞いたか分かんないですって。

 ・・・まあ、とにかくお世話になります」

「うん、じゃあ乗ってくれ。

 ・・・あ、後部座席だぞ。助手席はダメだからな。隣り合わせて乗せてやらないと、私が美佳に半ギレされるから」

「うんうんっ。

 さすがお父さん、空気読めてるなー」

「・・・・・・・・・・・・」


俺と加賀瀬家の距離感というのは、いつも大体こんな感じだ。

中学辺りから両親のいない生活を強いられていた俺を気遣って、おじさんもおばさんも何かと気にかけてくれるのだが、

それが時として妙な圧力に感じることがあるのだ。


しかし、これはまだマシだ。しょせん3人で生み出す圧力なんて、たかが知れてる。


・・・少なくとも、今の段階では。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「やあ、高加君。しばらく見ないうちに大きくなったねえ」

「・・・・・・・・・・・・」


古めかしくも立派な門構えを通った俺は、そこで待ち構えていた人物にかけられた言葉にさっそく軽い既視感を覚えてしまった。


――ここは、俺や美佳が住んでいる場所から南東に一時間ほど車を走らせた同県内にある、美佳の父方の実家。

そして今既視感満点の言葉をかけてきたこの人物は、美佳の父

・・・ではない。


「ん?どうした、ゲンナリした顔して」

「・・・そのセリフ、つい一時間ほど前にも弟さんに言われたんですよ・・・」


そう、この人は美佳の父の兄。

つまり、美佳にとっては叔父にあたる人物だ。


「・・・ううむ、康夫のやつも独創性がないな」

「お互い様でしょ・・・。

 ・・・とにかく、久し振りにお世話になります」


・・・もうちょっと詳しく説明すると、この人は美佳の父方のじいさんの長男で、じいさんが去年に亡くなってからすぐ裏の神社の管理を任されている。

名は加賀瀬かがせ 勝史かつし

ちなみに美佳の親父さんは加賀瀬かがせ 康夫やすお


以前説明した通り、美佳の父方の実家は一族で神社を取り仕切っており、去年まではじいさんがそこの宮司だか神主だかを務めていた。

ちなみに神社の名前もそのものズバリ『加賀瀬神社かがせじんじゃ』。

この一ヶ月で美佳に復習させられたところによると、その昔、後の祭神である星神『天香香背男あめのかがせお』の御霊みたまが封じられている霊石があまりにもひび割れて痛ましかったのを

通りかかった旅人が哀れに思い清水を掛けたところ、その晩の枕元に天香香背男の神霊が現れ、名前の一部である『かがせ』を名乗ることを許された・・・というのがこの神社と加賀瀬一族の始まりらしい。

もっとも、その御霊が封じられた霊石とやらはこの神社にあるわけではなく、同県内にある別の大きな神社で御神体として祀られているとのこと。

加賀瀬神社はあくまでその神社の分社なのだ。

敷地もそんなに広くはない。


それでも俺にとっては、なんだかんだで思い出深い場所だ。

小さい頃はよく美佳の両親に一緒に連れて行ってもらっていたし、

美佳がじいさんに稽古をつけられているさまをよく見学していたもんだ。


「とりあえず、美佳のおじいさんに線香を・・・あ、いや、神社だから線香とかじゃないのか?」


よくよく思い出してみると、去年の葬儀の際も焼香がなかったり、水で手を洗ったりと、母さんの葬儀の時とは色々勝手が違った記憶がある。


「ははは。

 まあ確かに、厳密にやるなら線香じゃなくて玉串を捧げたりするんだけどね。

 高加君はお客さんなんだから、そういう細かい作法とかはあまり気にしなくていいよ。

 親父に挨拶するなら、手を合わせてくれればそれで充分だ」

「あ、はい・・・。

 ・・・じゃあ美佳、行くか」


そもそもお盆って仏教行事だったような気もするけど、実際にはそういう区別はないのかな。

まあ、俺には法事儀礼のことはよく分からないけど。


「うんっ。

 じゃあおじさん、おじゃましまーす」

「おう。

 ・・・お、そういや美佳ちゃん、高加君のことはたらしこめたのかい?」

「いやー・・・。

 それがなかなかガードが堅くて・・・。

 こないだも手作りのだし巻きで餌付けしようとしたんですけど」

「・・・本人を前にして籠絡作戦の成果報告とかするなよ・・・」


・・・これだ。

これが加賀瀬一族の恐ろしいところだ。

いや何が恐ろしいって、一族の誰も彼もが何かしら美佳の血縁であることを感じさせる性格をしているのだ。


一族揃ってこんな分かりやすい遺伝子を持ってるとこ、他にはなかなかないだろう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「さっちゃーん、みんなですごろくやらない?大すごろくー」

「悪い、先にみんなで始めててくれ。俺、ちょっと用事があるから」


一階から届いてきた美佳の呼び声に、俺は割り当てられた二階の部屋から返事を返した。


現在時刻は午後の8時過ぎ。

一族揃い踏みの会食に混じって夕げにあずかった俺は、顔見知りの親族たちに一通り挨拶した後、部屋に戻って一息ついていた。

お盆中の一族の会食に部外者の俺が同席するのは図々しい・・・というか失礼な気もしたので外食してこようかとも思ったのだが、それを申し出た途端勝史さんに半ギレされた。

『君はもううちの一族も同然、一族も同然なのだから、俺に恥をかかせるな』、と。


・・・なんで『一族も同然』という部分だけわざわざリピートして強調したのか、若干不審な印象を受けたが・・・。


・・・・・・もしかして加賀瀬家って、こうやって一族がかりで囲い込みをかけることによって跡継ぎを確保してきたんだろうか。

あの異次元迷宮でヒル人間たちに仕掛けられた鶴翼の包囲網とは、また違った恐ろしさを感じる。


・・・まあ、ただの自意識過剰だと思いたい。


「わかったー、すぐきてねー」


それにしても・・・。


『すごろく』。

『すごろく』である。

携帯ゲームやソーシャルゲームが氾濫してるこのご時世、俺や美佳と同世代の親族が集まってやることが『すごろく』である。

さすが神社の家系・・・いや、そもそも神社の家系であることを言い訳にしていいのか?これ。


加賀瀬家はとにかく古い玩具が多く、けん玉やお手玉なんてスタンダードなものから

鑑定番組にでも持ち込んだ方がいいんじゃないのかというような、もはや遊び方すら判然としないものまで

さまざまな玩具がこのじいさんの家や、神社の倉庫に埋もれているのだ。

まあ、それが逆に新鮮で面白いんだが・・・。




・・・しかし、今の俺にはパーティーゲームよりもずっと優先すべきことがあった。

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