夜会(前)
「・・・すいません。
・・・勝史さん?」
俺は一階に降りると、美佳たち親族がくつろいでいる大広間とは反対側にある座敷――つまり、じいさんの仏壇・・・じゃなかった、神棚・・・神棚は神様を祀るとこだから違うか、えーと・・・
とにかく、じいさんを祖霊として祀る祭壇がある部屋の前で勝史さんの名を呼んだ。
『・・・ん、高加君か。どうした?』
ふすまの奥から、目的の人物の返事が返ってくる。
「あ、いや、その・・・。
・・・今、その・・・忙しいですよね?やっぱり・・・」
『・・・』
我ながら間抜けな質問だ。
一族の主だった人物の初盆の今日、その跡目を継いで神事を仕切ることとなった長男が忙しくないわけがない。
『・・・何か大事な用事でもあるのかい?』
「・・・あ、はい。
・・・あ、いえ、忙しいならまた後で・・・」
『いや、いい。そちらに行こう』
ふすまの向こうで、すっと畳から立ち上がるような音がかすかに聞こえた。
「え?
いや・・・え?」
意外な返答に俺が戸惑っていると、突然ふすまが開いて勝史さんが姿を現す。
・・・その肩越しに、見覚えのない制服姿の人物が二人、座敷に腰を下ろしているのが見えた。
「とりあえず、君の部屋へ行って話そうか」
「あ、ああ、はい・・・」
勝史さんのその対応に、俺はかすかな違和感を覚えていた。
「さっきの人たち・・・警察の人ですか?」
「・・・うん?」
部屋に戻った俺は、照明のスイッチを入れながら勝史さんに問いかける。
「いや、警察ではないよ。
・・・まあ、内輪ごとだ。あまり気にしないでくれ」
「はあ・・・」
先ほど勝史さんの肩越しに見えた二人は、水色の上着に藍色のズボンという特徴的な制服に身を包んでいた。
警官にしか見えなかったが・・・まあ、見えたのは一瞬だったし、見間違いかも知れない。
「・・・で、用事ってなんだい?」
「あ・・・いや、その・・・」
・・・言葉に詰まってしまった。
自分から掛け合っておいてなんだが、俺はてっきり勝史さんに一度追い返されるとばかり思っていたのだ。
しつこいようだが、じいさんの初盆であるこの日、勝史さんの立場的に
一族の人間ですらない『おまけ』にかまっているいとまなんてないばすなんだから。
だから話し合う時間の予約くらい取り付けられれば、くらいに思って座敷に向かったのだが。
それに・・・。
「大事な用件なんだろ?」
「・・・・・・」
・・・勝史さんこの聞き方に違和感を覚えていた俺は、思い切って切り出すことにした。
「・・・あの、さっきも『大事な用事か』って聞いてきましたけど、なんで分かる・・・って言うか、そう思ったんですか?」
そう。
自分を訪ねてきた年少者相手に、普通自分から『大事な用事か』とは聞かない。
まして今の加賀瀬家にとって、部外者である俺の用件の優先度なんて最底辺に近いはずなんだから。
「違うのかい?」
「いや・・・大事は大事・・・なんですけど」
本来ならば、勝史さんは今さらかしこまるような相手でもないのだが、
俺は妙な緊張を覚えて思わず正座していた脚を組み直した。
「まず、俺がこれから質問することは、たぶん・・・いえ、間違いなく、かなり失礼なことです。
場合によっては、俺はこんなに親身にしてくれる加賀瀬家を侮辱していると取られるかも知れない」
「・・・ふむ」
「そもそも勝史さんに聞いていいものなのかも分からないんですが・・・
・・・いや、倫理常識的に言えば、たぶん聞くべきじゃないんでしょう」
「・・・」
「その上で単刀直入に聞きたいんです。
勝史さんのお父さん・・・つまり、美佳のおじいさんの最期のことを」
「!」
拍子に、勝史さんのこめかみがぴくりと動いた気がした。
・・・俺の背中に、嫌な汗が走る。
「・・・なぜ君が、うちの親父の死に際を気にする?」
「・・・」
そうだよな。
誰だってそう言う。
我ながらおかしな質問をしていると思う。
だが・・・。
「・・・勝史さん、俺がおかしな質問してくるって、なんとなく分かってたんじゃないですか?」
「・・・」
「さっきも言いましたけど・・・勝史さん、さっき自分から『大事な用事か』って聞いてきましたよね?
しかも、さっきの制服の人たちとの話を切り上げてまで。
・・・なんで、加賀瀬家の長としてのあれやこれやを切り上げてまで、一族でもない俺の用件を優先してくれているんですか?」
自分から訪ねておいて勝手な言い草な気もしたが、変な質問をする言い訳を見出すとしたら、そこしかなかった。
「・・・おかしなことを言うんだな。君から訪ねてきたのに」
「すみません・・・」
「話を戻すが、その一族でもない君がなぜ、親父の最期を気にするんだ?」
「・・・」
「話せないようなことか?」
・・・言えるわけがない。
訳のわからない化け物に襲われて、その化け物がここの祭神にまつわる何かを探していたから、じいさんの死にもなんらかの陰謀が絡んでいたんじゃないか、なんて。
「親父は事故死だ。君も康夫辺りからそう聞いたろう。
・・・そうとしか答えようがない」
「そうです・・・よね・・・」
「・・・ただし、これは君があくまで『赤の他人』として加賀瀬家に接してきた場合の返答だ」
「え?」
そこで勝史さんは、大きく一つ溜め息をついた。
「言ったろう、『一族も同然』だと。
・・・これは取り引きだ、高加君。
君はもう、うちの身内として振る舞ってしまえ。
そうすれば、俺ももう少し腹を割って話そう」
「・・・・・・」
「・・・と、言うかだな・・・。
ぶっちゃけてしまうと、むしろ俺の方が君に聞きたいことがあるんだ」
「・・・勝史さんの方が?」
勝史さんはゆっくり頷き、言葉を続ける。
「血縁でない君に明かすのは、本来ならルール違反なんだが・・・。
だが君は親父にも気に入られていたし、さっきも言ったように俺としても身内のように振る舞って欲しいと思っている。
だから俺の裁量でギリギリ関係者ということにしよう」
「・・・」
「・・・実はここ一ヶ月ほど、加賀瀬家にとって無視できない『ある方面』から、何度か通達が寄こされていてな」
「ある方面・・・?」
て言うか、また『ある方面』か。
聞きながら、俺は夏休み直前に西宮先生と電話で交わした陰謀論じみた調査報告を思い出していた。
「ああ。
そこにとってうちの一族は、なんと言うか・・・。
数ある支部の一つみたいなもので、普段は特に重用されてるって訳でもないんだが・・・。
・・・だがここ一ヶ月、そこからうちにだけ、ある通達が来ているんだ」
「・・・その『通達』って、俺にも明かせるような内容なんですか?」
俺のその問いを受け、勝史さんは姿勢を正しながら改めてこちらに向き直った。
「・・・正直、わからん」
「・・・・・・は?」
・・・・・・・・・・・・。
『わからん』ってなんだ。
「それがなあ・・・。
何というか、不明瞭なんだ。
要点をかいつまんで言うと、まず一つが『普通じゃないことが起きたらすぐ知らせろ』」
「はあ・・・」
「もう一つが『一族になにかあったらすぐ知らせろ』」
「・・・」
「んで三つ目が、『加賀瀬神社の周囲で何かあったらすぐ知らせろ』」
・・・・・・・・・・・・。
「説明をはしょっているわけじゃなくて、ほんとにこういう意図の文面なんだ」
「うーん・・・」
「・・・で、一ヶ月前からずーっと意図を計りかねていたところ、君がさっき訪ねてきた」
「え、俺?
俺がなんか関係が・・・」
「・・・実はその通達、大きく四つの項目に分けられるんだが、四つ目だけは明瞭・・・と言うか、妙にピンポイントな指示でなあ・・・」
「ピンポイント・・・ですか?」
そこで勝史さんは、眉根をひそめて真剣・・・というか、困ったような顔をした。
「・・・。
・・・『加賀瀬 吉造の次男の娘に異変あらば、すぐに知らせろ』」
「!!
・・・え・・・」
加賀瀬
・・・つまり。
「美佳・・・の、こと・・・って、ことですか・・・?」
「・・・そういうことになるな」
言いながら、勝史さんは再び小さく嘆息する。
「・・・『かつ、当該者自身にはこの旨を一切知らせるな』。
・・・・・・さっきは明瞭と言ったが、これこそが一番わけのわからん指示だ」
「・・・もしかして、美佳に里帰りするように強く言ったのって・・・」
「ああ。
・・・バラしてしまうとな、君を同伴させるように美佳ちゃんに入れ知恵したのは康夫で、その康夫に言い含めたのは俺だ。
だからさっき君が座敷に来た際に、すぐに応じたんだ。
・・・ただまあ、君は昔から頭が良かったから、あまり『おためごかし』のようなことを言ってもすぐ見破られると思ってな。
だからこうして、割とぶっちゃけて話している」
「でも、なんで俺を・・・」
「それが分からない君じゃないだろう?」
勝史さんは眉根をひそめながら、くたびれ気味に苦笑した。
「まず、康夫は美佳ちゃんの異変と言われても、全く心当たりがない様子だった。房子さんも同様だ」
・・・ヒル人間に遭遇したあの日、美佳はほとんど前後不覚の状態で帰宅したはずだったが、部活の疲れくらいに思われたのだろうか。
「で、康夫と房子さん以外で・・・というか、親とは違う視点で美佳ちゃんのことをよく見てる人間と言えば、もう一人しかいなくてな」
「それで俺が・・・」
「うん。
・・・何せ厄介なのが、美佳ちゃん自身には聞いてはいけないという意味不明な縛りだ。
ただまあ、直感タイプの美佳ちゃんよりも、君に聞いた方が確かな情報が得られるかもとも思ったが・・・」
「・・・」
これは・・・何というか、勝史さんはある種の信頼を俺に寄せてくれているんだろうか。
だったら俺も、腹を括らなきゃならないことになる。
「・・・。
今、『当該者』・・・つまり美佳には、通達の件を一切知らせてはいけない・・・という指示があった、と言ってましたけど・・・」
「・・・うん?」
「・・・実は最近、美佳自身もある人物から『お前がいるから明かせない』みたいなことを言われたんです」
「!」
まあ人物っていうか、どう見ても人間じゃなかったんだけど。
「『明かせない』というのは?」
「・・・」
「・・・高加君?」
――どうしよう。
どこからどこまでを、どうやって説明する・・・?
西宮先生に最初に助けを求めた時のようにはいかない。
あの時は美佳がハードルを下げてくれたし、西宮先生自身がそういう話を好む人だからある意味で気安かった。
しかしいくら親しいといっても、神職に携わる人にあんな話をしていいものだろうか。
「・・・・・・」
「・・・。
・・・なあ、高加君。
俺は人間を人間たらしめている要素の一つは、『祖先への敬意』だと思っているんだ」
「・・・え?」
俯いて言い淀んでいる俺を前にして、勝史さんはおもむろに語り始めた。
「俺が神道学科を修めて親父の跡を継ぐことに抵抗がなかったのも、神道の理念の一つに祖を奉り、重んじることがあったからだ。
・・・しかし、では俺個人が具体的な姿形を伴う幽霊や神霊の実在を信じているかというと、それは少し違う。
神霊とは、そうした人々の理念の中にこそ住まうものだからだ」
「・・・・・・」
「だから俺はいわゆるオカルトと呼ばれているようなものは信じていないし、神職を与ってはいるが、ついぞこの歳まで心霊現象のたぐいを体験したことはない。
・・・だが、親父はそうではないようだった」
「!!」
俺ははっとして、勝史さんの顔を見上げた。
「さっきの『通達』な・・・。
あれはおそらく、かつて親父に向けて発信されていたであろう知らせと、同じ感覚で書かれているんだ。
だから不明瞭というか、分かる奴にだけしか分からんような文面だし、美佳ちゃん個人に触れていたんだと思う」
「・・・」
「親父はどちらかと言えば放任主義でな。
ただ、兄弟の中で唯一康夫の家にだけは妙に口出しすることが多かった。
その最たるものが、君もよく知っている・・・美佳ちゃんへの過剰な稽古だ」
「・・・ええ。よく覚えてます。
今にして思い返すと、不審な点がありましたから」
「うん。
・・・親父は、オカルトに区分せざるを得ないような『なにか』を知っていたんじゃないかと思うんだ。
だから孫の中で美佳ちゃんにだけ苛烈な稽古を施したし、通達にも美佳ちゃんのことが名指しされていたんだと思う」
「それに関しては俺も同意見です。だから・・・」
「・・・だから、親父の死の真相はただの事故死などではなく、何らかの陰謀が絡んでいたんじゃないか・・・か」
「・・・はい」
俺はなんとなくバツが悪くて、再び顔を伏せった。
「なら、もう言い淀む必要もないだろう?
君・・・と美佳ちゃんは、俺の理念と決定的に相反するような『なにか』を体験したんじゃないのか?
・・・親父が、おそらくはそうであったように」
「・・・・・・。
・・・一ヶ月ほど前のことなんですが・・・」
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