幕間(後)【第一部終話】
――ピルルルッ。ピルルル・・・・・・。
「・・・うわっ!」
唐突に鳴り響いたか細い電子音に、俺は思わず情けない悲鳴を上げてしまった。
「・・・な、なんだ。スマホの着信かよ・・・」
ほんと、我ながら情けない。
勝手に考え込んで、勝手に怖くなって、勝手にスマホの着信音にビビるとか。
気を取り直してスマホを手に取ると、発信者は・・・。
「・・・西宮先生?」
意外なような、そうでもないような人物からの着信だった。
「――もしもし。西宮先生?」
『もしもし。高加君か。今大丈夫かい?』
「ええ、まあ・・・」
先生と話しながら台所を覗き見ると、美佳はまだ部屋の隅っこでボソボソと通話していた。
・・・そんなに聞かれたくないような企て事をしてるんだろうか、こいつは・・・。
「どうしたんですか?こんな時間に。何か分かりました?」
『・・・・・・・・・・・・』
先生からの返答がない。
「・・・先生?」
『・・・分かったというか、ますます分からなくなったというか・・・』
「・・・・・・。
・・・は?」
・・・電話の向こうの声には、かすかに狼狽の色が見て取れた。
『・・・順を追って話そうか。
今日あの後、僕は授業や仕事の合間を縫いながら、さっそく後森綾の現状を調べ始めたんだが・・・』
「え?
・・・あ、いや、はい」
・・・俺たちは調査らしい調査もせず、ダラダラと放課後を過ごしていたのに・・・。
さすがに申し訳ない気分になってしまった。
『高加君の言うとおり、後森綾はこの二日間無断欠席していてね。家に掛けても誰も出ないらしい』
「・・・え?
家にも・・・ですか?」
『連絡先には携帯の番号もあったんだが、それも反応なしでね・・・』
「・・・」
『それで、学校の資料やデータベースを駆使して身辺を洗い始めたんだが・・・。
変なことが分かってしまった』
「ヘンなこと・・・?」
・・・ヘンなこととか言い出したら。何から何までヘンテコだらけな気がするけれど・・・。
『木立の伐採の件・・・。
・・・覚えているかい?』
「へ?ああ・・・。
フェンス沿いにある、楠の木立・・・って言うか、切り株地帯のことですよね?
・・・そりゃ、忘れたくても忘れられないですよ」
なにせ、俺たちにとって決戦の地になった場所なんだから。
『あ、うん。丸太の件ももちろんなんだが・・・。
僕が言ってるのは、その楠の木立が伐採される原因となった、そもそもの発端のことだよ』
「・・・発端?発端って・・・。
ウチの生徒が木立の近くで虫に刺されたから・・・っていう、あれですか?」
異次元世界側の第二図書室でも先生と話したが、フェンス沿いに広く立ち並んでいた楠の木立が一本残らず伐採されてしまったのは、近場で虫に刺された生徒の親からクレームが来たからとのこと。
まったく学校側にしてみればたまったものじゃないだろうが、結果的にはそのお陰で俺たちは切り株群の中に立ち並ぶ『三本楠』に違和感を覚え、迷宮脱出の糸口を見つけられたわけだ。
『・・・・・・』
「・・・先生?」
『その生徒な・・・。
・・・後森綾らしい』
「!?
・・・・・・は!?」
・・・一瞬、己の耳を疑った。
「え!?
ちょ・・・え!?」
『家と連絡がつかないというのを妙に思って、調べているうちにね・・・。
先月分の業務連絡用メールに、その件の通達と後森綾の名前があった。
・・・どうりで、名前は聞き覚えがあるのに外見の特徴にはピンとこなかったわけだ』
「い、いや、ちょっと待って下さい。
でも・・・いやっ!俺が知る限り、後森先輩はケガをしてたようなそぶりなんて・・・」
『高加君・・・。
あの異次元迷宮で僕たちの手助けをした「何者か」は、あのヒルコの思惑の外から干渉できるような奴だ。
・・・少なくとも図書室の仕込みは人間業とは思えないし、今日の忘れられてしまった噂のこともある』
「・・・・・・・・・・・・」
『なにより、変だと思わないかい?それほど発言力があるはずの後森綾の両親が、無断欠席に対してだんまりしているなんて』
「・・・発言力・・・」
『うん。
・・・少し、生徒の君に対して、教師として不適切な話にするようだが・・・』
先生はそう前置きして、おもむろに話を続ける。
『ただ単に、後森綾の両親が・・・例えば、病的なモンスターペアレントだったとしても、そんな相手のクレームごときで学校の理事会はいちいち動いたりはしない。
・・・本来ならね。
だからこそ不自然だ。被害に対して、処置の重さが明らかに見合っていない』
「処置・・・。
木立の伐採処分のことですか?」
『ああ。
・・・その決定を聞いた時から、おかしいと思っていたんだ』
先生は電話の向こうで一つため息をついてから、さらに言葉を続けた。
『言うまでもなく、学校や教師は生徒に健やかな学生生活を送らせるため、その怪我や事故を未然に防ぐことに全力を注ぐべきだ。
・・・注ぐべきだが、それでもその中には、学校生活を送る上ではあって然るべき「勉強代」というものがある。
自然に触れ合う上で、その自然が時として牙を剥く・・・なんてことは、その最たるものだ』
「・・・・・・」
『単純に言ってしまうと、木に近づいて虫に刺されるなんてことは、学校生活を送る上では普通にありえる学習の一環・・・織り込み済みのことなんだよ。
・・・なのに、そんな取るに足らない・・・とまでは言わないまでも、割とありふれた出来事に対して、理事会は明らかに見合わない処置を下してしまった』
言われてみれば、最もなことだ。
もし俺が校内で虫に刺されたせいで、親父が怒り狂いながら周囲の樹木を全て伐採処分しろなんて学校に怒鳴り込んでいこうものなら、俺は全力で親父を止めにかかるだろう。
「・・・だから先生は、後森先輩の両親が理事会に何らかのコネがある人間だと思った・・・ってことですか?」
『最初は、ね。
・・・でも、理事会の名簿には後森の名前なんて、どこにもない』
「もっと上の・・・例えば教育委員会とかとの繋がりってことは・・・」
・・・って言うか、なんか俺、先生の陰謀論者気質にだんだん毒されていってるような・・・。
『そこなんだよ。
実は、ここまで調べたところで・・・と言うか、ついさっき、校長にこっぴどく怒られてね・・・』
「・・・は?」
・・・電話の向こうから、先ほどよりも若干重々しげなため息が聞こえてきた。
『いらぬことを嗅ぎ回るな、と。
・・・君たちは信じてくれないが、僕はこれでも校長先生からの覚えはいいんだよ。
授業の余った時間を余興に使ったり、生徒相手に情報収集したりしても上から怒られないのも、授業自体はスマートに進めてるからだしね』
・・・自分で言うか。
いやまあ、確かに西宮先生の授業自体は分かりやすいし、退屈はしないけれどさ。
『だから、校長があんなに怒るのはよっぽどのことだと思ってね。
・・・まあ実際、僕たちが体験したことは「よっぽどのこと」なんてレベルじゃなかったわけだが・・・』
「・・・うーん・・・」
仕事自体を滞りなくこなしていたのなら、正面きって激怒するというのはかなり不自然な釘の刺し方だ。
合間に他ごとをしているのを注意したいだけなら、もっと言いようがあるはず。
そもそも音信不通になっている生徒の周辺を洗うこと自体は、教師としておかしなことじゃないし。
『校長は、間違いなく上から圧力をかけられているんだろう。
そして、おそらくは理事会も。
・・・あるいは最初から、「後森綾の両親」なんて人物は存在しなかったのかも知れない』
「・・・陰謀論・・・ですね」
『・・・だな』
ふっと、自嘲気味に鼻で笑うような声が電話の向こうから聞こえた気がした。
『とにかく木立の伐採については、単にケガをした生徒の親の声が大きかったとかそういうレベルの問題ではなく、
理事会の一存ではどうしようもないような方面から圧力がかかった可能性が低くない。
仮にそうだとして、後森綾がその方面とどう繋がっているのかは分からないが・・・』
「・・・そう・・・ですか。
分かりました。わざわざありがとうございました」
俺は少し沈みがちな声で先生にお礼を言った。
「あの・・・先生。もうあまり無理しないで下さい。校長や理事会の上から力が加えられたってことは・・・」
『・・・それに関しては、僕も少し迷っててね』
「・・・迷ってる?」
『圧力と呼ぶには、少し手ぬるすぎる気がするんだ。確かに校長には手ひどく叱られたが・・・。
つまりは、それだけだ』
「・・・」
『何より、今こうやって君に対して情報がだだ漏れになっている。
私用で電話をすると言って職員室を出てきたが、校長は別にそれを咎めはしなかった』
「それは・・・どう解釈すべきなんでしょうか」
『だから、僕もどう受け取るべきなのか迷ってるんだ。
・・・あるいは、わざとだだ漏れにしているのかも知れないが・・・。
とにかく、調査自体は続けるつもりだが、あまり表立ってはやれなくなるかも知れない。
高加君も、何か調査をする時は気をつけてくれ』
「はい・・・。ありがとうございます」
俺は重ねてお礼を言うと、挨拶をしてから通話を切った。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・後森先輩・・・。
何がしたいんだろう。
なんとなしにテレビのリモコンのスイッチを入れながら、俺は先輩にまつわる一連の情報に考えを巡らせる。
木立の伐採処分が後森先輩の仕組んだものだとして・・・
・・・・・・。
まさか、わざわざ異次元迷宮で俺たちにヒントを与えるためだけに、前もってそんなことを・・・
・・・いや、現実的じゃないし、回りくどすぎるか。
・・・。
「ただいまー。あれ?今誰かと電話してなかった?」
憂悶とした俺の思考を、能天気な声がさえぎってきた。
「美佳・・・。
お前もう、おじさんたちと謀略の相談するのはいいのか?」
「うん。もうばっちり・・・」
「・・・」
「・・・あ!いや!いやいや!
べ、別にお父さんたちとなんか企んだりなんかしたりなんかしてないよ!?」
「・・・・・・」
・・・陰謀を企てる奴がみんなこれくらいのレベルなら、世の中もっと平和になるんだがなあ・・・。
いや、逆によけい混乱するかな。
「・・・加賀瀬家って、なんかうさんくせーよな・・・」
「ちょっ・・・ちがうってば!今のはあくまで帰省中のプランの相談であって・・・
さっちゃ~~~ん!」
猛獣のごとき威勢で、美佳が俺の脚へとすがり付く。
・・・まるで、企みを見透かされて動揺しているのを、必死に誤魔化すかのように。
「うわ・・・ちょっ、だから、困ったらとりあえず脚にしがみ付いてくるクセなんとかしろよ!いて!いてて!」
――しかし。
その時俺は美佳を引っぺがすのに必死で、付けっぱなしのテレビから流れていたニュースに全く意識を向けていなかった。
まるで俺たちの行く末を暗示しているかのような、漠然とした不安をかき立てるその先触れに。
『―――ここ数日、茨城県日立市では原因不明の不審火が相次いでおり、県内有数の神社を擁するここ大みか町でも―――』
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