帰還
「・・・・・・・・・・・・っは!」
ようやくあぜ道が終わりを告げ、俺はその前方に広がる大地へと飛び移るように足を着けた。
「・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
「・・・・・・ふぅっ・・・・・・」
俺は――恐らく美佳もだが、あぜ道を抜けたことに妙な安心感を覚え、自然と足を止めてその場で大きく息をつく。
どれだけ走ってただろうか。
人間、死地に追い立てられると眠っている潜在能力が叩き起こされるとはよく聞くが、
それにしてもずいぶん長い間走り続けてた気がする。
「・・・さっちゃん・・・」
「ふぅっ・・・。
・・・ん?」
さすがというか、先に呼吸を整い終えた美佳が、あさっての方向を見ながら俺を呼んだ。
・・・そういやこいつ、さっき俺のことをあだ名じゃなく、『サク』って本名で呼んでたな。
実は心の中では呼び捨てだったりするんだろうか。
・・・・・・・・・・・・。
いや、別にどうでもいいんだけれど。
「さっちゃん、ここって・・・」
ようやく呼吸を整い終えた俺は、美佳に促された方角を見て、・・・・・・
・・・・・・愕然とした。
青竹色のフェンス。
だだっ広い敷地。
見慣れた白壁の大きな建物。
「な、なんで・・・」
そう。俺たちの前方にそびえ立っているのは、学校。本日の日中を過ごした、私立山海高等学校だったのだ。
「・・・なんてこった・・・」
抜けるどころか、引き戻されてしまうとは。
異能と思えた美佳のオカルティックナビゲーションは、やはり単なる錯覚でしかなかったのか。
「・・・・・・。
・・・いや、待てよ・・・」
・・・学校というのは、逆にアリじゃないか?
だってあのまま帰宅できたとしても、俺は一人暮らしだから頼れる人がいないし、美佳のとこは両親がいるけど
あんなのが相手じゃ助けを求めるどころか、逆に巻き込んでしまう可能性大だ。
警察に駆け込むのがベストなんだろうが・・・
・・・いや、警察もダメだ。
図書室で後森先輩から聞いた消失事件の水死体があの化け物のいずれかだとするなら、警察の力すら及ばぬ相手だということになる。
なんせ、警察の警備を気づかれずに抜け出せるような奴だ。
抜け出したのか、持ち出されたのかは分からんが。
「さっちゃん・・・」
とにかく、ひとまず学校に駆け込もう。
下校時間を過ぎたとは言え、まだ日没前のこの時間なら、教職員も沢山残って・・・
・・・。
「・・・なあ、美佳」
「なに?さっちゃん」
「さっき、あの化け物から逃げ回ってる時、とっくに日が暮れて、辺りは真っ暗だったよな?」
「うん。わたしの『星』を見る力とか関係なく、日没して夜になってたよ」
「・・・じゃあ、なんだこれ」
「・・・・・・うーん・・・・・・」
夕陽に照り返されて鈍く輝く校舎。
雲一つない、美しい茜色の空。
・・・どう見たって、日なんか暮れていない。
「もしかして夕方じゃなくて、日付が変わってもう明け方なんじゃ・・・」
「ンなわけあるか!太陽の方角見ろよ!」
はたとして、俺は校舎正面の大時計に目を向ける。
・・・いや、別に時刻なんかスマホで確認すればいいだけなんだけど。
無我夢中でそれすら忘れてた。
6時・・・5分。
「・・・」
念のため、ズボンからスマホを取り出してそちらも確認してみる。
18:06 2014/7/15(火)
「・・・・・・」
美佳と校門の外で落ち合ってから、まだ10分と経っていない・・・。
「・・・美佳」
「・・・うん?」
「・・・学校。学校入るぞ・・・」
「え?う、うん・・・」
ようやく学習した。
つまり、もう余計な疑問は持つなと言っているんだ。
・・・誰が言ってるのかは知らんが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「とりあえず、どこに行けばいいのかな・・・。やっぱり職員室?」
「職員室ってのは俺も同意見だけど、コンタクト取る相手は選ばなくちゃな。話がややこしくなるだけだ」
北校舎1階の廊下を早足で東側へと歩きながら、俺と美佳はこれからの対策を相談していた。
学校内のあちこちで確認してみたが、やはり今この時は確実に西暦2014年7月15日の18時15分少し前のようだ。
美佳に居残ってた剣道部の先輩と今日の部活動について話をさせてみたが、ちゃんと会話が噛み合った。
つまり、『こっち』が正常。
やはり美佳のダウジング剣道は正しい道を示していたのだ。
とは言え、油断はできない。
例の声はだいぶ前から聞こえなくなっていたが、だからと言ってあの化け物たちが学校の中まで侵入してこない保障なんて、どこにもないのだから。
何より最も単純な問題として、あぜ道を通らなければ俺も美佳も自宅に帰れないのだ。
山海高校は四方を田園に囲まれているから、迂回するのも効果があるとは思えない。
本来はやはり教職員を通して警察に連絡してもらうのがいいんだろうが、『学校近辺で不審者に追い回されたから保護して欲しい』程度の内容だと
もう一回あの現象に遭遇した時に警察も対応できないだろう。
学校とその近辺に戒厳令が出されて、動きが制限されてしまう可能性もある。
なので、そちらは別のアテが外れた際の最終手段ということにした。
「誰かアテはあるの?こういう問題に詳しそうな先生とか」
こういう問題っつっても、どういう問題なのか渦中の俺ら自身もほとんど理解不能なんだけどな・・・。
「なくはないんだが、ちと不本意なんだよなあ・・・」
俺は職員室のドアの前に立ちながら、後森先輩の別れ際の言葉を思い出していた。
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