土左衛門
「・・・お、高加くん。今日はお姫様のお守りはいいの?」
俺が入室した途端、出入り口付近の向かって左側、赤毛色の髪を片三つ編みで纏めた女生徒が
本棚に本を差し込みながら、少し意地悪そうなニヤけ顔をこちらに向けてきた。
「やめてくださいよ、その言い方・・・。先輩まで」
またかと、俺は昼休み時の愚にも付かないひやかしを思い出して嘆息する。
「だいたい、先輩もよく知ってるでしょうけど、
あいつ俺なんかより全然強いですからね?お守りとかいらないですから」
「乙女心が分かってないねえ高加くん。腕っ節の強弱なんて問題じゃないんだよ。
守られてるってシチュエーションそのものに、女の子はときめくの」
「・・・そういうの、もう古くないですか?」
ここは山海北校舎の四階西側にある、第二図書室。
この人は図書委員で、一コ先輩の
今年の春に山海に入学してきてからというもの、この第二図書館をよく利用している俺は
図書委員の後森先輩とも顔なじみになっていた。
ちなみに、第二がある以上、当然第一図書館もあるんだけど、
俺が利用するのはもっぱら第二。
理由は単純。漫画とか雑誌とか、大衆的なジャンルの本は第二に集められているからだ。
「まあいいじゃない。
・・・にしても、『先輩まで』ってことは、ここに来るまでにもからかわれてきたの?」
「・・・まあ、いつも通りですよ。加賀瀬のヤツがしょうもない噂を仕入れてきて・・・」
「ひょっとして、ヒル人間のこと?」
「えっ」
予想外の返答に、図書カードを取り出すためにカバンの中をまさぐっていた俺は
少しぎょっとして後森先輩に目を向けた。
「先輩も知ってるんですか?あの噂」
「知ってるも何も有名じゃない。高加くんこそ今まで知らなかったの?」
・・・なんであんなザルな設定の怪談がそんなに浸透しちゃってるんだ。
「だって、ヒル人間ですよ?完全に昔のB級ホラー映画のノリじゃないですか。
創作にしても、何がそんなに興味を引くんだか・・・」
「・・・高加くんって、ニュースとか見ない子?」
「へっ?
・・・ニュース?
・・・・・・ですか?」
質問の意図を量りかねていると、後森先輩は入り口近くの新聞掛けから、一枚の新聞を持ち出してきて
机の上に広げて見せた。
「これ。ここよ」
広げられた新聞は、地元の地方紙だった。日付は7月5日。まだ新しい。
先輩はその中の、いわゆる三面記事に当たるページの一角を指差す。
「・・・『先日未明、茨城県O海岸に打ち上がった水死体が、謎の消失』・・・?」
「そ。7月に入るかどうかくらいだったかな?O海岸は知ってるでしょ?
あそこにね、身元不明の水死体が打ち上がって、ちょっと騒ぎになったんだけれど」
「あ~・・・そう言えばそんなこともあった・・・ような・・・」
「『あったような』って・・・。
まだ一ヶ月も経ってないのに、過ぎ去った思い出みたいに言わないでよ」
実際先輩に指摘されたことは図星で、家に帰っても新聞はおろか、ニュースもろくに見ない。
O海岸と言えばそこそこ近隣といっていいから、そこでそんな事件があったのをロクに把握してないのは
さすがに気恥ずかしく感じた。
「・・・ただね、そこに書かれてるように、奇妙だったのはその後なのよ。
警察所内で保管して検死作業を進めていたはずの遺体が、4日の夜に忽然と消えちゃったんだって」
「死体泥棒ですか?今時・・・」
「そこよ。それまでの検死で分かる限り、死因はおそらく水死で、死後少なくとも一ヶ月以上は経っていたって。
・・・一ヶ月よ?最低一ヶ月も海の中を漂ってたのよ?その遺体。
しかも岸に打ち上がったってことは、それまでさんざん海流に揉まれてきたはず。
そんなパパっと運び出せるような状態だったと思う?しかも、警察のセキュリティを潜り抜けながら」
「・・・」
長いこと引き上げられなかった水死体がどんな悲惨な様相を呈するかくらいは、まだ子供の俺にも容易に推察できた。
「・・・先輩は、それがヒル人間と何か関係があるって思ってるんですか?」
「わたしが、って言うか、一部の生徒が関連付けて考えたがってるみたいなのよ。
・・・不謹慎だけれどね。でも、連想せずにはいられないでしょ?
なんで今更、そんなくねくねもどきみたいなのの噂が流行るのか、意味わかんないし」
「うーん・・・」
確かに。検死情報通りの状態なら・・・その故人には申し訳ないけれど、
ヒル人間の設定はその事件を想起せずにはいられないものだ。
にしたって、ヒル人間を水死体の比喩と捉えるとはまったく不謹慎な話だけど・・・。
「その事件から着想を得たヤツが、あらぬ噂を捏造して広めたんじゃ?」
「この学校でその噂が囁かれ始めたの、あなたたちが入学してきた直後よ?
どう考えても時期が合わない」
「あ、そっか・・・」
先輩や美佳の情報が正しければ、ヒル人間の噂は水死体打ち上げ事件より三ヶ月も先んじて浸透し始めたことになる。
「・・・ま、ここでわたしたちだけで考え込んだって、しょうがないんだけれど。
ただね、高加くん。わたしが言いたいのは、いくら加賀瀬さんが剣道部のホープだろうと、
身長180センチ超えの傑物だろうと、妖怪じみた強さだろうと――」
「・・・いや、そこまで言ってないんですけど・・・」
「・・・と、とにかく、そんなことは無関係に加賀瀬さんだって女の子なんだから、
ちゃんとあなたが守ってあげなさいってこと。
ヒル人間の真偽は置いとくにしても、噂が上がるってことは、相応の火種がどこかに存在してるってことなのよ。
もしそう誤認されてしまうような『何か』がこの山海の近辺に潜んでいるとしたら、
・・・あなただって、心配でしょ?」
「いや、まあ・・・」
顔なじみになってからというもの、後森先輩はずっとこんな調子だ。
なぜかやたらと俺と美佳のことでおせっかいを焼いてくる。
「・・・先輩って、妙におせっかい好きですよね」
「ふふ、まあね。あなたみたいな子の恋のお悩み相談に乗ってあげるのが、わたしの大昔からの趣味だから」
「こっ!?
い、いい、いつ俺が相談持ちかけたんですか!」
て言うか、なにが『大昔』だ。
「まあ、そんな感じだから。
そろそろ剣道部の練習が終わる頃でしょ?迎えに行ってあげなさいよ」
「はいはい・・・」
言われてふと窓の外に目を向けると、
暮れ始めの雲一つない薄桃色空が広がっていた。
まだ日は高いが、美佳の部活は先輩の言うようにもう少しで終わるだろうか。
「・・・ああ、それと。さっきの事件と噂の関連性だけれどね、西宮先生が独自調査してるって」
「・・・またあの先生っすか?そんなことが生徒間に知れ渡って、よく上から怒られないですね・・・」
西宮というのは、この学校で世界史を担当している教諭だ。
いわゆるオカルトマニアで、ちょくちょく授業の合間に怪しい陰謀論やトンデモ説を挟んでくるため、
ちょっとした名物教師になってる。
「うん。まあ、だから、もし興味があったら、西宮先生に話を聞いてみればいいんじゃないかな」
「・・・えー・・・」
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