幕間その二

二〇一三年 春

 現場担当者による、今回の『浄化』に関する概要報告が終わり、照明が灯った。

 室内には声もない。全員が身を縮めて、息を殺していた。

 さすがに複数名の同時殺害は、現時点の彼らには荷が重すぎたのだろう。

 しかし、このような初歩的なレベルで戸惑いを感じている場合ではない。

 彼らには日本社会の変革者として、さらに過酷な『浄化』でも必要なものは即座に実行に移せる、冷徹な決断力を期待している。それが出来てこそ、一般の凡人と異なる「選ばれた人間」と言えるのだ。

 私はいつもより声の調子が明るくなるように心掛けながら、話を始めた。

「進化と退化について考えてみましょう」

 いまだ衝撃から立ち直っていない彼らに、私の言葉が浸透するまで間を開ける。

 全員がすがりつくような眼をしていたので、私は微笑んだ。

「みなさんのような進化した人間であれば、どんな状況に陥ったとしても自らの足で立ち上がり、自らの道を切り開くことをまず考えるはずです。視線を高くするための二足歩行ですから」

 大きく手を広げて、全員の視線を受け止めるような仕草をしながら、私は言った。

「しかし、今回の母親は退化した人間でした。自らの足で立ち上がることをやめ、他者に依存あるいは寄生することで生き残ろうとしました」

 ゆっくりと全員の顔を見回し、こちらの話に耳を傾けていることを確認する。

「二本足で立つ人間には、四本の手足すら満足に使わずに寄生しようとする人物は、忌避すべきものにしか見えません。従って、彼女が寄生しようとした先にいたのは、同じく退化した人間だけでした」

 係の者が室内の照明を次第に落としてゆく。

 同時に、私が立っている場所だけがスポットライトで照らされた。  

「退化した人間同士が手足を絡ませて、互いの重さに耐えかねて自滅する時、その余波を受けて進化した人間まで巻き添えを食うことがあります。今回がそうでした」

 室内照明は完全に消されて、スポットライトだけが残る。前方に座った者の顔は見えるが、奥の方は闇の中にある。

 逆に彼らの眼には私の姿だけが明るく輝いて見えていることだろう。

「四本の手足で絡まれてしまうと、そこから自分の力だけで抜け出すのは大変です。退化した人間に寄生されて進化した人間が泥沼に引きずり込まれることになります。そんなことが許されてよいのでしょうか」

 私は右腕を振り上げ、大きな声で断言した。

 前列の者が驚いて身体を震わせたが、彼らが私から眼を逸らすことはなかった。

「だからこそ我々は、退化し、寄生することしかできない人間を、速やかに取り除きました。いずれ彼らは自滅していた訳ですから、早いか遅いかの違いしかありません」

 最後の部分は、少しだけ力を加えながらゆっくりと話す。

 そう、どうせいずれはそうなる運命なのだから、それを早めたからといって非難される謂れはない。君達は決して悪くない。 

「むしろ、道連れになりそうな進化した人物を救済することのほうが重要です。それによって社会全体がよい方向にむかうことになるからです。今回、皆さんはそれを達成しました」

 全員の免罪符となるように、成果を強調する。

 君達はむしろ褒められることをしたのだ。自信を持ちなさい。

「これによって社会は良い方向に向かうことになりました。救い出された少年は、皆さんに感謝しています。そして、自分のために辛い思いをさせてすまなかった、とも」

 室内の温度はゆっくりと上昇していた。係の者が、空調温度をこまめに調整した結果である。

 彼らは少しずつ汗ばんでいることだろう。そしてこう感じることになる。


 自分たちは正しいことをした。

 その成果に興奮しているのだ、と。

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