第九話
「魔法というのは、お告げがあった属性しか使う事が出来ないの。火のお告げがあった人に水の魔法はどうやっても使えない。逆に水のお告げがあった人は、どうやっても火の魔法は使えませんわ?その代わりに、一つの属性で出来る……えっと、おうようせい?が、高いんですの。色々な事が一つの属性で出来る、という事ですわね」
言いきって、少しばかり胸を張るアリア。
どうやらちゃんと言えた事が嬉しいようだ、満足気な顔をしている。
(応用性の所はちょっと危なかったけどな。恐らくアリアも誰かにこれを教わって、そしてそのまま今度は俺に教えたと)
なんとも微笑ましい話ではないか。
教わり、教える。子供はそうやって成長し、そして大人になる。
(しかし……五歳でそれをやるのは速すぎるだろ)
内心で苦笑いを浮かべる。
セントは自分の五歳の頃など全く覚えていないが、まず間違いなくこのアリアのような子供ではなかった。
(にしても……応用性、ね。俺の属性は闇と雷、それで応用性が高いってのは何ができるんだ?闇はーーそうだな、物を反無限に収納できる空間作成とか。雷は、自分に電流を流して動きを速くするとか?)
小説やらアニメの見過ぎだーーと言いたいところだが、魔法というファンタジーの頂点が存在するこの世界。
有り得ない、と断言することは出来ない。
夢を広げるセントだったがーー。
(ま、俺の魔力量じゃそんなん無理か……もうどうすりゃいいのよ)
どんより。
自分で舞い上がって自分で落ち込むこの男はいったいなんなのか。
「セント?」
アリアが顔を覗き込みながら名前を呼んでくる。
一つの考えに没頭してしまうのはセントの悪い癖だ。
「いや、なんでもないよ。大切な事を教えてもらったな、ありがとうアリア」
「いえいえ、お安いご用です」
顔を覗き込まれた時の距離のせいで、先ほどよりアリアを近くに感じる。
子供特有の甘い香り、そして女性特有の香りが届く。
若干女性耐性の少ないセントは動揺したが、それを表に出す事はせず、話を続けることにした。
「属性の話だったね、僕の属性はーーまぁ魔法の練習をしてないから照明はできないけど、闇と雷だよ」
「え?」
アリアの目が見開かれる。
信じられない、と、口に出さなくても解る様な顔をしている。
(……なんかおかしなこといったか?)
実の所、セントは未だに『二属性』という奇跡を実感していないのだ。
先程アリアが言ったように、魔法の応用性は非常に高い。
使いようは人によって千差万別、同じ魔法でも人によっては威力、効力が全く違うケースもある。
そんな万能とも言える魔法を、二つの属性で操る事の出来る魔法使い、というのは非常に希少なのだ。
この場合、アリアの反応の方が正常なのだが、セントはこの事を実感していないために自分が何か変な事を言ったのかと心配になっているのだった。
「あの、アリア?何か変な事を言ったかな?」
先程のアリアのように、顔を覗き込みながら話しかける。
「あ……申しわけありません。驚いてしまって……セントは二属性持ちなのですね?……あの、失礼ですが、魔力量は?」
セントの恐れていた質問が飛んできた。
それが、全然みたいなんだ。お告げもよく聞こえなかったし、魔力量は無いらしい。
そう笑って言えばいいのだ。
セント・ユーラスとしてまっとうに生きると決めたのだから。
(そうだ、それでいいんだ)
思いながら、口を開く。
「どうだろうね、お告げは綺麗に聞こえたけれど」
自然に動く口、嘘に慣れた口調。
前世の癖は、人生を超えても治ってはいないらしい。
見栄っ張りで、嘘吐きな本性は、アリアに真実を伝えることを拒否してしまった。
「それは……凄いですわね、セント。---------さすがユーラスですわ……」
アリアの視線に混じるのは、羨望と尊敬か。
最後の部分はセントに聞こえ無い程小さな声だったが、言葉には熱が籠っている。
(……嘘ついたら駄目だろ……)
アリアの視線が痛い。
前世ではどれだけ嘘をついても、どれだけ人を騙してもなんとも思わなかったのに、今はこんなにも罪悪感が心に満ちている。
なんだか目の前の少女を見るのが悲しくなってセントは俯いた。
「……セント?」
まだ若干熱のある声。
それでもこちらを気遣うような声には優しさがあった。
(心が痛い……ちょっと辛い、退散しなければ)
「アリア、君はまだ属性を調べていないんだろ?あまり長いお喋りはいけないね」
そう言うと、アリアも目的を思い出したのか、あぁと声を出した。
「そうでした。セントとのお話が楽しくって、つい」
少し照れたように笑うアリア。
初めて見せた、年相応の笑顔だった。
「僕も楽しかった。お父様とお母様に属性を教えに行くよ」
「はい、私も属性を調べてきますわ。……セント?」
足を動かそうとしたセントに声がかかる。
「なにかな」
「雷の魔法は、とても美しいと聞きます。セントが魔法を使いこなせるようになったら、私に美しい魔法を見せて欲しいの……わがままですか?」
頬を赤く染めて、少し不安そうにアリアが言う。
このお願いを断れる男などいないのではないか。
「……僕に出来たら、ね」
言いきれないのは、自信が無いからだ。
雷の魔法は美しいのかもしれないが、それを扱うだけの力が足りていないかもしれない。
自分に憧れてくれる少女に、中途半端な魔法など見せたくなかった。
「きっとできます」
そんなセントの考えを吹き飛ばすようにアリアが告げた。
「偉大なるユーラスの新しき光。あなたならきっと、大丈夫ですわ。セントが信じれば、それは現実となる。成らざるを成すのが魔法使いですから」
セントの不安を感じ取ったのかは解らないが、まるで励ますような、それでいて確信しているような話し方。
再びセントの中の罪悪感が膨れ上がる。
こんな優しい子を騙している、という現実があるのだから。
だがーー。
(ここまで言われちゃ、そりゃやらなきゃいけないな……。見栄っ張りで嘘吐きだけど、この子の笑顔を見たい)
「ありがとう、アリア。きっと君に美しい魔法を見せる」
そう言えば、アリアは今日一番の笑顔を浮かべた。
「楽しみにしています、セント。約束ですわ」
「約束、だね」
嘘吐きでも、ダメ人間でも、才能のない子供でも。
この約束は破らないと、決意するセントだった。
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