第七話



 荘厳、という言葉があるが、実際にこの言葉を使う場面など人生でそう無い事だろうとセントは思っていた。

が、まさか人生を一度超えてから使う事になるとは全く予想外だ。

淡い光が差し込むその空間は、まさに厳か、といった雰囲気だ。


(人数は……ざっと40人。多いな……そんなにユーラスが気になるのか?あぁあぁすいませんねぇ出来損ないで)


ねじ曲がった性格は一度死んでも治らないらしい。


(ま、40人でも全員ではないだろうし……所謂お偉いさんってやつなんだろ)


考えながらも、背筋を伸ばし堂々と歩く。

ユーラスとして舐められるのは本意でない、思ったより多い人数がいたとはいえ、今更緊張してもどうにもならない。

悪く言えば開き直っているセントだった。


 前世では感じることの無かったを体に受けながら、部屋の才奥に座る男の前まで進む。

英雄の血を引いた高スペックの体は、意識せずとも視線や敵意を感じ取れるようだ。

ある程度の距離を見測り、ピタリと停止する。

両親に教えられた敬意を示す礼をとれば、周りからはほぅという息が漏れていた。


礼をとり、一動もしない少年のなんと美麗な事か。

白髪の髪は差し込む光に照らされて淡く輝いている。五歳とは思えぬ立ち振る舞いと、その体から漏れる気品は本物だ。


「顔をあげよ」


重い、という表現が合うような声がセントにかかる。従い顔を上げれば、そこには決して若くは無い、しかし老いたという印象も与えぬような男が座っていた。


(これが国王……ね。成程これなら『救世』も頷ける)


魔王を倒した七人の『救世の英雄』。

クイーラと言う巨大な国の王でありながら、セントの目の前にいる男はその旅のメンバーだった。

鋭い眼光に精気に満ちた表情。覇気の漂う佇まい。

どれをとっても、王と認めてしまうような、そんな人間。


顔を上げた先で国王と目が合う。


(…………俺なんかした?)


尋常ではない刺殺されるような視線を向けられているセント。

これがセントではなく普通の五歳児ならば気を失うレベルの怖さだ。

しかし目は逸らさない、逸らせない。

ここで目を逸らせばユーラスの息子としてのセントはそこまでだと判断される。

なにより格好悪いではないか。


(それだけは許されない。いついかなる時も見栄だけは守り通す)


訳の分からない決意を固めるセントだが、今は好都合。

暫く時間が流れーー国王が口を開いた。


「成程、確かにお前はサリエルの息子だな。見た目は弱弱しいくせに、目だけは絶対に折れる事は無い。会える日を待ちわびていたぞ?セント・ユーラス」


鋭い目つきは変わっていないが、口角が吊り上っている。


「私はアクラ・イクリュリア。この国の王であり、英雄でもある。今更だがな」


(……)


国王ーーアクラ王の言葉にセントは内心で驚愕する。

一国の王が五歳児にわざわざ名乗るとは有り得ない事だ。事実周りにいる人間の顔は一様に驚きに染まっている。


間を開けすぎるのは無礼になる、セントははっきりとした口調を心掛けて口を開いた。


「セント・ユーラスと申します」


悲しい程に語彙が少ないが、前世ではこのような状況になるなど考えられなかった。仕方のない事だろう。

それにいかにユーラスの息子であろうともセントはまだ五歳、簡単な挨拶で済ませても咎められることはないだろう。


「あぁ、よく知っている。サリエルがお前の話ばかりするからな、正直聞き飽きていたところだ。だが見せろと言っても中々にお前を連れてこんのだ、まぁお互い多忙だったというのもあるがな」


笑みを浮かべて話すアクラ王、セントがイメージしていた人物像とはだいぶ違うらしい。


(案外饒舌だな……)


セント自身もアクラ王に対する印象が変わっているようだ。


「これから属性を調べにいくのだろう?」


「はい、そうなっています」


「サリエルは水、ララは火。お前は何になるだろうな」


面白がるような表情で、どこか無邪気さも感じさせる。

やはり同じ戦場を戦い抜いた仲間の子供が気になるのだろう。セントを見る目には愛情すら浮かんでいた。


「なんにせよ。あの二人の血がお前に流れているのだ、いずれお前もまた英雄と呼ばれるのだろうよ。今日は会えて良かった、行っていいぞ」


(あ?終わりか?殆ど俺は話してないけど)


疑問に思いつつも、再び礼をとる。


「失礼します」


「あぁ」


王に背を向ける。相変わらず視線を感じるが、セントは気にしない。

国王への挨拶は、こうして無事終了した。

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