第六話 サリエル・ユーラス
名は、サリエル・ユーラスという。
救世の英雄なんて呼ばれてはいるが、ただ少しばかり魔法をうまく使えるだけの、普通の男だ。
魔族の王を倒す旅を終えて、今は愛おしい家族と共に暮らしている。
妻であるララとは魔法学園にいた頃に出会った。
19歳の頃だったか、その時には水の魔法を高いレベルで操っていた僕と、火の魔法を操っていたララは学内でも有名だった。
学園で行われた魔法試合でララと対戦したのが、ララに恋愛感情を持つようになったきっかけだ。
最初は振り回されたものだ。
太陽の様な彼女に恋をする男は多く、気が気ではなかった。
徐々に、しかし確実に距離を縮めて、告白が成功した時には危うく泣いてしまう所だった。
そうして魔法学園を卒業して、ララと結婚した。
すぐに魔王を倒す旅に行かなければならなかったけど、無差別に人間を殺す魔族は許せなかったし、これから出来る子供のためにも、できるだけ世界は平和にしておきたかった。
多くの人間が亡くなってしまった事もある。
真に英雄と呼ばれるべき者は、命を懸けて世界を守った、その者達だろう。
そんな僕には、自慢できる息子がいる。
名前は、セント・ユーラス。僕らと同じ白髪で、とても優しげな顔をしている。
将来はきっとモテモテだろう。女の子に寄られて困っているセントの顔が思い浮かびそうだ。
セントが産まれた時は中々泣き止まずに困ったものだった。しかし、今思えばあれは貴重な事だったのかもしれない。
セントはそのあと殆ど泣かなくなったのだ、ぐずることはあっても涙は流さない。
夜泣きも無いのである。時折真顔なのが少し面白かった。
時が過ぎるのは速いもので、セントは五歳の誕生日を迎えた。
その日、いつもより豪華な夕食を前にして、セントはお告げがありましたと僕に報告してきた。
でも、その時に、本当に少しだけだけど、セントの浮かべた笑みには暗い感情が混じっていた。
ララは手作りの料理を運んでいて解らなかっただろうけど、僕には解る。
理由はさっぱりだ、普通魔法が使えると解れば子供は喜ぶ。
なにせ、魔法が使えるだけで優遇される事になるからだ。
もしかしたら、セントが魔法を使える事が嫌だったのではないかと思う。
確かに魔法を使えるという事は喜ばしい事だ。しかし、良い事だけという訳では無い。
魔法が使えるからこその危険もあるのだ。
魔法は大きな力だ。普通では無しえない事を容易に可能とする、巨大な力。
その力を狙う者は多いし、自分の魔法に押し潰される危険もある。
セントは聡明だ。喋れるようになると、すぐに貪欲に知識を求めた。
もしかすると、魔法が使えるが故の棄権を理解してしまっていたのかもしれない。
大丈夫だと言ってやりたかった、が、こればかりは魔法を使う者自身がコントロールしなければならない事だ。
普通は魔法学園に入学する年、10歳でこの事に気付くのだが。
聡明だからこそ、セントは五歳で知ってしまった。その恐怖は大きいだろう。
唯でさえ、僕らの息子と言うだけで、魔力量は相当なものだろう。
何もしてやれない事が悔しかった。
翌日、セントの魔法の属性を調べるために、職場でもある王城へ向かう事になった。
属性を調べる前に、王に息子を紹介しなければならない。
前々から息子を見せろと言われていたのだが、お互い多忙でタイミングが合わず、結局今日まで延びてしまった。
緊張させるのも悪いと思って今まで黙っていたが、いきなり言われてもそれはそれで緊張するのではないだろうか。
失敗したと思った。
自分が初めて王城を目にした時は驚いたものだ。こんなに美しい城があるのかと。
セントが王城を見るとどんな反応をするか楽しみだった。
基本的にセントは五歳児とは思えない程落ち着いていて、大きく感情を表に出さない。
言葉使いも子供のそれではない、どうしても大人びて見えてしまう。
そんなセントが王城を見て驚いたり、王への挨拶で緊張したりするところを見てみたかった。
しかしーーなんとセントは王城の美しさには目もくれず、早々に王城内に入ってしまった。
それだけでなく、王への挨拶を伝えた時ですら、
「解りました、お父様」
だけだった。
そこには緊張も動揺も感じられない。
緊張しないのかと聞いてみれば、緊張しすぎて声も出ないと返ってきた。
我が子ながら感情を隠すのがうまいと思う。
セントはユーラスの息子が緊張していたら他者から侮られると思ったのかもしれない。
だからこそ、こうして落ち着いた表情で歩いているのか、と。
だから、父親として、出来ることは少ないけれど、安心させるように声を出した。
扉を見つめるセントの表情に変わりは無い。
凛とした表情は気品すら感じさせる。
でも、その裏では感情を必死に押し殺しているのだ。
ユーラスの誇りを守ろうとしているのだ。
扉の前に立つ兵士二人が、一礼して扉を開く。
さぁ、頑張れセントーー心の中で、そう思った。
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