67 七月十三・十四日
道川盛行は、小説家になる前はテレビ番組の構成作家をやっていた。
代表的なので言えば、日曜夜八時にやっていたコント中心のお笑い番組『喜ぶ猫の格闘』や、毎回ゲストとのトークを中心とした『坂田剛の今日どうでしょう』。または『最後の恋愛』でドラマの脚本も担当したことがある。
若い頃には映画監督になりたい夢があり、映像関係の専門学校に入るが結局内定したのはテレビ局の関連の仕事で、彼はそこで人物の使い方、話の密度、または見ている者を笑わせる技術など、小説に使えるいくつもの技術を習得する。
そのうち、趣味で書いていた短編の小説が賞を取り、彼は会社を退社。フリーのライター、脚本家、及び小説家として歩むことになる。
それからはテレビ局にいた経験を生かし、エンターテイメントを求めた小説を発表。『猫の鳴く頃に』、『彼とぞう』、『牛』、『真ん中マン』、『ドドリゲス』、『虎田門』、『アンタのパワーより、朝にいる妻の方がすごい』。普通なら笑って捨ててしまいそうなくだらない設定を、彼はあえて採用し、センスと技術で見事なシンデレラに変える。そして叔父からその才能を認められ、弟子になってみないかと誘われる。
館にいる内に、また賞を二つほど獲得。三年ほどすると、彼は館を出て行った。
どうやら、破門されたらしい。
理由は不明。突然、叔父は彼に『お前は小説家じゃなかった』と言われ、『出てけ』と館を追い出されたらしい。
ひどいと思う。
七月十三日。この日は小説の執筆を午前中に終わらせ、午後を彼の情報収集に費やした。最初はネットで情報を集め、その後は小説を読んで彼の作家性を探った。『猫の鳴く頃に』から『牛』にかけては文章力がそれほど高くないが、やはり構成作家としての経験があるため話の濃度が非常に高い。原稿用紙三○○枚の長編を五○枚に圧縮しなければ、これほどの濃さは表れないと思う。しかも、その大半はユーモラスなジョークが入っている。中には意外とそれが大事な伏線となってるものもあり、小説のスパイスとして多大なる効果を発揮していた。
調査と言う名の読書は深夜まで及び、『牛』を読み終えると空腹にようやく気が付いた。
「そんなにワシの小説は面白いか。嬉しいのう」
道川盛行の幻覚。正確には、人物に成りきったときの残滓のようなもの。……いや、それとも彼が言う通り、道川盛行の夢か。ともかく、それが現れた。
「面白いのは認める。でもこれは、主にあなたの調査が目的だよ」
「調査? 何故? どうした。僕と結婚でもしたいのかい」
先ほどは年寄りのように腰を屈め、さらには声を震わせ、一人称をワシと言っていたのが、いきなりキャラを変えた。また、『僕』と言う道川盛行に戻った。
「気持ち悪いことを言わないでくれ。ただの好奇心だよ。運命に翻弄されている気がするが、あなたの幻が現れた限りは、あなたのことを少しでも知りたいと思ってね」
「それで幻が消えるわけじゃあるまいし、ご苦労なことだね」
ご苦労か。彼は僕よりも偉いらしい。
七月十四日。十三日と同じく、午前は執筆、午後は調査という名の読書を楽しんだ。
そう、楽しんだ。僕は楽しんでいた。意外と道川盛行という作家の本を、楽しんでいたのだ。彼の文章力は『牛』以降から上達し始めて、『虎田門』では最初からあったセンスと化学反応を起こし、あまりの出来の良さに作家として終始苦笑いをしてしまう。
「そんなに俺の小説は面白いか」
書斎。叔父の椅子に座り、ジャズレコードを聴きながら本を読んでいると、声がした。
最初に出会った道川盛行だった。太々しい態度で有りもしないはずの椅子に座っている。今度はパイプ椅子ではなくて、木製の椅子だった。彼の王様ぶりとは裏腹に、椅子は今にも壊れそうなほど脆そうだった。
「同業者としては悔しいほどにね。……あなたの小説は面白い」
男は苦笑する。
「そうか。まあ、そうだろうな。俺の作品が面白くない奴は人間じゃない」
神に匹敵するほどの自信だった。
男は右足に飽きたのか。左足に乗せていた右足を降ろし、今度は左足を乗せる。足を組む。
「しかし、いつかはお前もそのようなレベルに達さなきゃいけないぜ? 小説家として生きてくならな」
「……全く、その通りだな」
幻覚に説教された。
少し不安になった僕を残して、幻はまたいつのまにか消えた。
「……ホント、その通りだな」
ネットを見ていると、たまに自分の本の感想を見てしまう。
人の性というか、創作家としての性かな。どうしても探してしまうのだ。
「所詮は、凡人。二世か」
僕があの男の血を遠くでも継いでることは、周知の事実だ。いや、羞恥の事実か。人間じゃないと言われる男の血を継いでいる……化け物扱いとどう違う。フランケンシュタインの怪物の気分を味わってるようだ。それで、見せ物小屋を見てみたら案外普通で観客は退屈してるらしい。
――作品としてはまぁまぁ、でもこれが甥の実力か。
――やっぱ、創作って血じゃないんだな。
――アメリカの作家は息子か娘も良いの書いてなかったっけ。
――日本の作家はダメだなぁ。
――若くてあの人の関係者だから注目されてるけど。
――ぶっちゃけ、フツーだよね。
僕は机を叩く。
自室。
本棚と執筆用の机。ノートパソコンや、棚には大量の書籍。
あと、ベッド。
書く、読む、寝る、以外は想定されていない部屋。
僕も人間じゃないみたいだと思ってしまう部屋。殺風景な。
「……才能か」
どこに売ってるのだろうか、それは。
若くして小説家になった人は山ほどいる。
僕の好きな作家ではやはりホラー出身のあの人がいるが、あの人は十代でデビューし、ハリウッドの脚本術を学んでそこから大出世していき――
「僕は?」
僕は、どうなんだろう。
文学だけじゃ食べていけない。
それはみんなが知ってることだ。だから、食べていくためにはそれ以外の仕事が必要で、僕はライトノベルと言われるジャンルのものも書いている。
意識的に――文学系の作家という幻想を壊さない程度に、だが、ライトノベルという若者向けのジャンルになじみやすいよう調整した作品を書いた。具体的に言えば、恋愛ものだ。ラブコメというより、恋愛もの。ユーモアも多数含んでいるが、何より登場人物の内面描写を徹底した。
「………」
そちらの売上はまぁまぁ。
文学の売り上げは、正直言うと悲しくなる。
名前はそこそこ売れている。同時多発受賞といえばいいのか。だから、話題にもなったし、何よりすぐに彼の甥であることが知られたので、余計に話題にもなった。やはり、天才の子は天才だとまで――いや、僕は彼の子ではないのだが。
「……くそっ」
だが、これは何なんだろう。
頭の中に生きてる内に大成しなかった者のリストが浮かび上がる。
ゴッホはもちろん、モーツアルトだって自分の作品を理解してもらえないと嘆いたことがある。
「……いやだっ」
皮肉かな。
このとき誰でもいいから、何でもいいから幻が出てくればよかったのだが。
誰も出てこなかった。
笑う者さえいなかった。
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