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 ノートを持って部屋を出た。何も、部屋の中でノートを見ないといけない決まりはないだろう。僕は傘頭の部屋に向かった。彼の部屋はおそらく以前のまま残っていた。部屋自体がタイムカプセルのようだ。有田清は叔父の前で小説を燃やしたと言ったほどだから、あまり望まれない形で出て行ったのだろう。あの殺風景な部屋は、それを象徴としていた。

 逆に、傘頭はもので溢れかえって有田とは逆であるとありありと分かる。

 傘頭の部屋。本棚が二つあり、その中に入ってるのは小説でもなければレコードでもない。哲学書や、物理学、科学、化学、その他の部門を記した書記や、書物。これだけを見れば学者の部屋に見える。机の上には、戦闘機などのプラモデルや、モデルガンなどが置いてあった。お気に入りに見える割にはホコリが被っている。というか、置いたままにしていいのだろうか。もしかして、どうでもいいものなのか。卒業するときに、いらないものはここにまとめて置いていったのだろうか。それとも、マリー/セレスト号のように消えてしまったのか。

 机の引き出しを開けるとノートが一冊と、ワープロ用紙に印刷された原稿が一刷。

 ノートを開けるとそれは日記のようで、直筆でわざわざ書いているが古代文字のようで訳が分からない。鈴野千香のように小説もノートに書かないのか、ああ理解した。

 どうやら傘頭は字が下手だったようだ。独特の曲線やらで文字を破壊し原型を留めていない。子供の落書きの方がまだ美しい気がした。

 この中にもそれなりの物語があるのだろうが、しかし、これを解読するのは僕の人生でも足りなそうなので、静かに引き出しの中に戻した。

 もう片方は小説の原稿用紙だ。題名は『抽象的な想像の欠片』と書かれている。著者はもちろん、傘頭雪彦。小説の原稿用紙と、有田清の日記が書いてあるノートを持ち、書斎に移動した。ターンテーブルにクラシックのレコードを乗せて、音楽を奏でる。優越さえ生まれる音楽の中を歩き、僕は革椅子に座り、彼らの物語を読むことにした。


『●●年九月八日

 傘頭の小説を読んだ』


 九月八日は、それしか書かれてなかった。

 日記を読むのを止めて、傘頭が書いたとされる小説を読むことにした。

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