49 七月四日

 七月四日。

 暑い日だった。携帯電話の時計は朝の六時を知らせている。しかし、部屋の中の蒸した空気は、朝の六時とは考えにくい。もう少し僕に手加減してもいいだろうと思う。

 このような暑い日には食欲が湧かないので、リビングルームに置いてあるバナナを一本取り、食べ、朝食を終えた。

 寝ている間に汗をかいていたようで、水でシャワーを浴びた。ついでに風呂場で洗顔と歯磨きも済ませてしまう。

 シャワーを浴び終えると、エアコンが効いた食卓でテレビを点けて朝のニュースを見る。見終わったら、新聞を広げて改めてニュースを見る。情報を映像から活字に、媒体が変わると人も変わる。新聞が終わると、今度は書斎に移動した。真っ先に仕事をする気はなかったが、とりあえず本が読みたかった。

 書斎に行くとまずジャズレコードを掛けた。陽気なのに大人しめな音楽が響く。その中で本棚からダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を取り出す。

 椅子に座ってしばし、読書に没頭する。


 二時間ぐらい。そう、『アルジャーノンに花束を』を二○○ページほど読んだ辺りだろうか。またしても、幻が現れたのだ。

「先生は、人間をどう解釈しますか?」

 ロボットのような声だった。よく映画でロボットの声を作成するに辺り、全員が全員、これをベースに作成しそうな声。ヴォイス。ヒップホップの円盤のように途切れ途切れ、円盤を回したかのような、声――感情のこもってない、無機質な声。

 活字の世界から顔を上げると、そこにいたのは正しくロボットだった。

 背の高い僕の胸ぐらいしかない全長。

 ロボットとしか言えない外見。

 鍋を逆さまにしたような頭。人間の眼球のつもりか。頭の正面には歯車が二つくっつけられている。真ん中のネジを嵌める所にはどうやらカメラが搭載されているようだ。時折、キラリと光る。

 首や腕、足、それらは細い棒状で貧相に作られている。

 両手は昔の藤子不二雄作品に出てくるキャラクターのようだ。僕が子供の頃に流行っていたマジックハンド。視力検査に使われるランドルト環にも似ている。アルファベットで表すなら、『C』か『U』だろう。円の一部を切り取った形が、彼の両手。僕で言う、十本の指がある手と同じなのか、これは。

 僕は、彼の唐突の来訪を全く動揺せずに答える。

「少なくても、(本当に)ロボットじゃないはずだ」

 この、ロボットとなった人物も。

 そして、例え元の人物がもしも、スターウォーズのダースベーダーが改心してルークとピクニック行くくらいの確率でもロボットだったとしても――これは、幻だ。

 これは、あくまで幻。

 ただの映像。

 ここにいるわけじゃない。僕の声が聞こえるわけじゃない。だから、これは果てしなく無意味。

 映像はただの映像。

 幻は幻らしく、瞬きの間に消えた。

「……要領がいいな。有田清が傘頭の話をしたら丁度お出ましか」

 もしかして、有田清が映像を映し出してるのではないか。そんな空しい推理までしてしまう。

 気にならないわけではなかったが、ここまで要領がいいと運命に弄ばれている感覚になってしまう。遊ばれるのは嫌いだ。僕が、馬鹿にされている。僕は僕のことが好きではないけれど、嫌いというわけでもないのに。

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