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「………」

 現実にもどる。僕は言葉を失ってしまう。そして、ついつい辺りを見回してしまう。辺りには何もない。化粧台や机、ベッドなど最低限のものがあるが、段差はないし、レコードプレイヤーもスピーカーもここにはない。彼女が見た夢は現実なのか、彼女が見た現実が夢なのか、夢野久作か、彼の影響を受けた悪夢のような作中作の世界に取り込まれたかのようだ。ネイチャーの写真集で、透き通るように青い海の中に底が見えない藍色の穴が――あれを、見たかのような――キシシシッ――何かが軋む。僕の中の何かが軋んだような気がした。

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