33 雪山で一人になって全裸になる男

『3』


 車に乗って、大きなショッピングスクエアに向かった。

 一番最寄りの駅から五つほど離れた場所にある。この地域では一番大きい場所で、県庁なんて全く敵ではない。(勝手な私の自己採点)映画館、ゲームセンター、カラオケ、買い物だけじゃなくアミューズメントパークとしても立派に機能している。田舎の土地の無限さと、田舎の娯楽の過疎さを利用して、この県の住人を毎日毎日、掃除機のように吸い取る。

 私は免許を持っているが、車はないので先生のを借りた。ジャズレコードが鳴り響く中で訪ねてみたら「ああ……」と答えたので、きっといいのだろう。先生は小説に影響がない限りは何処までも穏和だ。

 車を一時間ほど走らせて目的に着いた。

 現代に生まれた城のようにも見える。白い城壁。煉瓦ではなく、恐らくコンクリートなどで作られた壁。無機質に見える真っ白な壁。それが大きな正方形として田舎の壮大な空き地に置いてあった。隣には、これまた大きな正方形方の駐車場が置いてある。客が来ることに相当な自信があるらしく、駐車場は六階ほどの高さを誇っていた。

 そのプライドはしっかりと形となっていて、私は六階の駐車場に車を置いた。エレベーターで下り、目的地の正方形に向かう。正方形の入り口は全部で四カ所あり、入り口から続く道は中央のエレベーター及びエスカレーターで上や下と繋がる仕組みになっている。中央に続くまでの道には、様々なテナントの店がある。大体は女性客が狙いそうなもの、靴だったり、洋服だったり、化粧品だったり、男性者は少な目だ。二階や三階に行けば、もっとあるのだろうか。

 私はともかく三階までエレベーターで一気に上がった。外出好きでもあるが、小説家なため本好きでもある。活字中毒とまではいかないが、活字に癒されることはある。小説家になってからは勉強の一環として読むようになってしまったが、私の本に対する好奇心は変わったわけじゃない。

 ……はずだ。

 三階の端の方にある本屋に入る。

 広い場所だ。『青空書房』と書かれている。青空と言うだけあって広い。大きい。国立図書館のように本をあるだけ本棚に詰めていた。日本の小説から、海外の小説。様々なジャンルの雑誌や、海外の芸術雑誌まで存在している。

 私は洋書があるブースまで歩いた。規則正しく並べられた本棚の中身を、私は指先でそおぉと撫でる。横に、横に。

 歩きながら、横に、横に。

 本の感触を味わう。カバーの味を確かめる。

 同時に目で追ったりもする。名前を確認し、知っている名作だったり、初めて見る作家だったり、新作が出た著名な作家だったり、色々と目で情報を食べる。

 カズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』、『浮世の画家』、『日の名残り』。カート・ヴァネガットの『猫のゆりかご』、『タイタンの幼女』。レイモンド・カーヴァーの『頼むから静かにしてくれ』、『ぼくが電話をかけている場所』。イタロ・カルヴィーノの『柔らかい月』、ああ、好きな作家のだ。他には『パロマー』。クイーンの『Xの悲劇』、『Yの悲劇』。J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(野崎孝訳)』、内容はともかく、この小説はこの題名じゃないとしっくり来ない。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやり方』。ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟1』。ジョルジュ・バタイユの『眼球譚(初稿)』、『空の青み』、ちなみに私はこの作家が苦手だった。ロバート・A・ハインライン、『夏への扉』。レベッカ・ブラウン、『若かった日々』。ガブリエル・ガルシア=マルケス、『百年の孤独』。クリスティの『そして誰もいなくなった』、『アクロイド殺し』、『オリエント急行の殺人』、『ABC殺人事件』。

 これだけでもう、本を読んだ気になれる。図書館だったら、さらに借りればもっとお腹いっぱいになれる。しかし、実際に読了したときに比べればこんなのは前菜だ。一つの本に収束された物語はどのような知識よりも勝る。人生の糧となる。脳の満足度と言ったらもう、測定出来ない程だ。

 今度は日本の小説も見て余韻に浸ろうと思ったが、そうなると日本の小説も買ってしまいそうなので止めた。最近は海外小説に手を出していなかったので、数冊買ってみようと思う。

 著名な作家や名作を手に取らず、あえて名前の知らない作家を取り出してみた。基準は題名のセンス。『九十六%の愛』、『ハンブン都会』、『十二月のライオン』。レジで店員に差し出すと、何故こんな訳分からない本をという顔をしたが、私は行動を変えないで精算を済ませた。

 その後は女性向けの雑誌コーナーで三十分くらい立ち読みをした。料理関係の雑誌で、私が普段作らない海外の地方料理などが載っている。

 本の購買欲と雑誌の立ち読みにより心は満たされ、他は適当にこの建物内を廻ることにした。私が知っている数少ないブランドの服や、カバン。そういえば、昼食を食べるのを忘れていて、四階にあるレストランで食事をした。先生はいつも昼食はバナナ程度で済ませるから、私もそれに合わせている。(たまに派手なの食いたいと予告なく言うときも合わせる)しかし、今日はせっかくここまで来たのだから、何か食事して帰りたかった。久々の自分勝手の昼食、先生は関係ない私だけのだ。

 食べたのは、大きいオムライス。

 一通り建物を歩き終えて、私は自動販売機でカフェオレを買い、建物内の通路にあるベンチに腰を据えた。疲れた体をカフェオレの成分が優しく助けてくれる。苦みは意識を覚醒し、甘みは筋肉の疲労を和らげる。

 建物の天井を見上げる。館の天井はこれと同等とまでは行かないが、それでも大きいものだ。しかし、こことは違って白くはない。先生の色に染まっていて、もう二度と誰も他の人が住めないようになっている。

「住めるとすれば、その人もまた小説家なんだろうな」

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