6 六月二十八日

 六月二十八日。

 今日も雨が降っていた。窓ガラスの外側は雨で濡れ、鳥肌のような水滴が付着している。

 キッチンに行き、冷蔵庫から水と牛乳を取り出す。摂取する。今日も朝は簡単な食事で、トーストで焼いたパンが一枚と、目玉焼き。今回は栄養が不足している気がして、少なめだがサラダも用意した。レタスを数枚ちぎり、きゅうりを少しとプチトマトを二つ乗っける。

 僕にしては珍しく豪勢だが意外と食事はすぐ終わる。食後はコーヒーを飲む。飲み終わると、また執筆に戻る。ジャズレコードを聴きながら二時間ほど執筆し、休憩に入った。僕はまだ若いからか。一日中小説を書くことも可能だが、だからってあまり無理はよくない。昨日は四時間続けて書いたが、今回は少し休憩を挟むことにした。アイスコーヒーが入ったペットボトルで口を潤し、ジャズレコードで耳を潤す。三十分ほど休憩するとまた二時間掛けて小説を書いた。合計四時間ほどの執筆が終わると、丁度時計は十二時を指していた。もうお昼になっていたようだ。腹の減り具合はそれ程でもなかったが、キッチンからバナナを数本取って、食べた。リビングルームでテレビをつけると平日お昼にやる番組がやっていた。浮世離れした僕からすれば、こういうバラエティ番組を見るのは大変心の頼りになる。自分はまだ世間から離れていないのだと、錯覚出来るのだ。

 十三時になるまでそれを見続けると、チョコレートのお菓子を持って、また書斎に向かった。ジャズレコードは休憩を許されることもなく回転し続ける。本棚から村上春樹の本を取り出し、椅子に座って読書を始めた。一日の中で執筆に使う時間は大抵四時間。読書は二時間か三時間。多いと言う人もいるが、僕には丁度良いくらいの時間配分だ。売れっ子だったらこんなの全然少ないと言う人もいるだろうし、悪くはないだろ。まぁ、小説を書いたあとも読書しかしていないのは、他にすることがない寂しい人間だとも言えるが、仕事熱心とも言い換えられる。仕事が終わっても仕事の準備をしているのだ。僕は言い訳だと知っていても、そう口にする。

 村上春樹の『レキシントンの幽霊』を読み終える頃には、外は茜色に染まっていた。そろそろ夕食の準備をしてもいいが、腹はそんなに減っていない。もう少し経ってからでもいいだろう。僕は書斎を出て、またリビングルームに行こうとした。さっきから、書斎からリビングルーム(キッチンはリビングの奥にある)を行き来している気がする。だからだろうか。書斎に行く途中、二階にある六つの部屋に興味を示したのは。書斎からエントランスの二階に行くまで、真っ直ぐな廊下の左右にはそれぞれ三つの部屋がある。合計六つ。その中の一つに、僕は手を掛けた。

 これは弟子達が使った部屋で、僕と同じ客用だったものでも、やはり中身は大分違っていた。ベッドと机と椅子は変わらないが、衣装箪笥に化粧台。どうやら女性が使っていたものらしい。名前からすると、鈴野千香というのが唯一の女性のようだが、筆名だと思うので確実な判断にはならない。衣装箪笥を開けてみると服は置きっぱなしだった。ワンピースやらショーツやら、下の段には下着まである。過去の遺物とは言え、何だか申し訳ない気持ちになった。六人の弟子はもちろんだが全員作家で、そして全員有名ではあるが、だからってこれは返せるものではない。あなたの師匠の家に服やら下着やら忘れてますよ。そんな度胸は僕にはない。だが、このまま置いておくのも変態的な気がする。

 罪悪感はある。しかし、机の上にある封筒に目が止まった。まだ未開封のものだが、封筒には『先生へ』と書いてある。白い封筒が変色しているのを見ると、どうやら長い年月が経っているようだ。これを開けるのは立派なプライバシー侵害だが、しかし、ここまで開けられずにいる遺跡なら、別に見てもいいように思える。とっくに時効だと勝手に決めつけた。

 僕は、誰もいない部屋でしばし視線を気にする。周りを警戒し、封筒を開けた。

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