4 六月二十六日
六月二十六日。
結局、叔父の家で最初に寝たのは初めて来てから二日後だ。部屋は二階のとある一室を選んだ。二階には過去六人の弟子を住まわせた六つの部屋と、今まで誰も使ってない部屋一つに、叔父が寝ていた部屋が一つ、計八つの部屋がある。あと、大きめの書斎もあった。
書斎には書庫とは違い、頻繁に活用する書籍しか本棚に詰めていない。叔父も中毒者だったのか村上春樹が全部揃っている。他にはクロード・シモン、レイモンド・カーヴァー、カフカ。小説以外では、ニーチェの哲学書や、精神医学、数学、様々な資料が置かれている。大きめの部屋の周りを本棚で外装し、その中央にレコードプレイヤーが乗った台がある。それの近くに机があり、上には真っ白な原稿用紙と万年筆が置いてある。万年筆を握ると、叔父の感触が伝わった気がしたので嫌な感じたが、高級そうだったので、今度街に出たときに売ることに決めた。おそらく、この万年筆だけで安いアパートに一年くらい住める金額だろう。単なる高級品というわけじゃなく、無駄な装飾までされている。
レコードプレイヤーの脇にはギッシリ詰められた箱がある。中には僕の知らないジャズやロックのレコードが入っていた。今では小さな機械に何百曲も入る時代だが、わざわざ苦労をして雰囲気を楽しむ趣味は分からないわけじゃない。しかし、これが全部叔父が聴いたものだと思うと吐き気がする。これも、今度街に出たら全部売ろうか。本は……本は、どうしようか。本に罪はないか。少なくても、カフカの本を古本屋に売るなど、僕には出来やしない。
試しに、箱の中から適当にレコードを一枚取り出してプレイヤーで聴いてみた。偶然に選ばれたのはジャズらしい。トランペットが鳴り出し、ピアノとギターがやって来る。ロックよりも激しくないが、程度の良いリズムが到来し、こちらの心臓に合わせて感覚を刻む。名前を見ると一度も聴いたことのないものだったが、中々良かった。僕はジャズなんてロクに聴いてないが、これは良いと感じた。笑わされる。そもそも、音楽も小説も、知識なんて必要ない。書く方には必須でも、読む方には全く不必要なものなんだ。それを、改めて思い知らされた。
叔父が残したレコードは、まだここで生きることになった。
そして、執筆をここですることも決めた。叔父が執筆した部屋で執筆するのは、鳥籠の中で大空を見るような気分だが、しかし、たまには悪くないだろう。今まで大した人生を送れたわけじゃないが、それでも自分なりに負けたくないという気持ちはある。大空を見ても屈するのではなく、鳥籠からでも、大空の中を飛んでみたいと思った。
その日はキッチンで簡単な食事を作り、一階にあるリビングルームで食べ終えた。新人賞を受賞した作品は既に校正も終えていて、後は本が出来上がるのを待つばかりだ。次に出す本として打ち合わせしたやつは、まだ大分時間がある。とりあえず今日は執筆をすることなく、静かに部屋で寝た。
僕が選んだ部屋はベッドが一つと、机と椅子。蛍光スタンドがベッド脇に一つ。それぐらいだ。余分はものは何もない。明かりを照らす窓も無駄に大きくはなく、首の下から腰までの大きさしかない。
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