2 六月二十三日「手紙」

 六月二十三日。

 叔父から荷物が届いた。小さな袋の中にはリモコンと鍵、そして館の場所が書かれた地図と一枚の封筒が入っていた。封筒の上を中身を切らないように気を付けてハサミで切り、封を開けた。

『新人賞受賞、おめでとう。

 やっぱりお前は小説家になってしまうのだな。私は少しも驚かない。むしろ、ちょっと、受賞するのが遅いなと感じたくらいだ。

 幸広ゆきひろ。これからお前は小説家として、いくつもの試練を乗り越えなきゃいけない。それを私が助けることは出来ない。小説家は孤独な職業だ。他の人達とは違い、一生一人で生きていかないといけないものだと私は思っている。私達は、他の人達とは違う次元軸にいるのだ。小説家しかいない世界で、我々は違う世界の人達に向けて小説を書いている。小説家は面白い小説を書けなければ生きていく資格はない。だから、小説家しかいない世界では、競争者を殺そうと意気込んでいる者が大勢いる。

 普通の世界にいても、それは感じ取れるだろう。自分の道を切り開くために、他人を蹴落とす奴は何千万もいるのだ。そして、それはけして間違ったことではないのだよ。でなければ、人類は火を起こすことも叶わなかっただろうからね。そう、闘争本能でも何でもいい。知性の芽生えでも何でも、どうあがいてもこれから逃れることはできないのだから。

 だから、喜べ。

 これは、お前が受賞したことの祝いであり、ささやかな励ましだ。

 私は、お前のこれからの未来がけして満足行くものだと嘘をつけるほど、人間が出来てはいない。

 そして、これが偽善だとも分かっている。小説家は、筆から手を離すことは不可能だ。だから、握手なんて到底無理だ。筆を、我々は両手で持っているのだ。いや、人生を全部使ってまで持っているのだ。だからこそ、他人となれ合うなんて、出来っこない。

 しかし、それでもお前に何か贈り物がしたかった。

 お前は気に入らないかもしれないが、別に売ってしまったってもかまわない。館だけじゃなく、中にあるものを全部売れば、お前は筆を投げ捨てても残りの人生を楽して暮らせるだろう。

 だが、お前はそれを出来ないことを、私は知っているから、卑怯かなこの言葉は。

 足が伸ばせる風呂に入りたい。広い家に住みたい。そんなことを、お前は言っていたね。小説家に広い視野は必要だが、広い家はどうかな。必要ないかもしれないが、叔父からのプレゼントを苦笑でもして、もらってくれ。これは偽善だが、私は、お前が小説を書かないと生きていけないと知っているから、小説家として、成功すればと思うよ。

 本当に。

 それでは。

                                村先 類字より』

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