第2話

「あ、はいはいーい……あっ」

 と、ノヴァは眉をしかめる。電話じゃなくてメールだったらしい。

 メールを見ると、「あー、来たね」とつまらそうなそうにつぶやいた。

「こら、せっかく仕事の種なんだから」

 おそらく、情報屋としての依頼だろう。

 仕事の依頼。

 といっても、私達は他の情報屋のように情報を入手して売りつけるということはしない。むしろ、依頼人から情報を提供してもらうことからはじめる。

「推理の依頼だけどねぇ……でも、つまらないのばっかなんだよなぁ」

 と、ノヴァは贅沢な悩みを言う。

「何だったらいいのよ」と私。

「そりゃ決まってるよ。密室殺人!」

 ノヴァはケラケラと笑いながら言った。

 ……密室?

「閉じられた部屋――密封された室といえばいいのかな。そこで、起きた殺人のことだよ」

「密室なら殺人は起きないじゃん」

「そうだけど。そう見せるのが密室殺人なの」

 何でも、過去の人類で流行っていた作品群の一つなんだとか。正確には、推理小説というジャンルで流行った用語といえばいいのか。

「そんなもの求めてどうするの。謎は簡単な方がいいでしょうに」

 と、私はため息混じりに言った。

 そう、私達が提供される情報というのは謎だ。

 私達は、ただの情報屋ではない。提供された謎を調査し、推理して、納得のいく答えを導き出す――これもまた、過去の人類史で流行ったもの、……探偵である。

 探偵。

 私達は、探偵だ。もう、それを流行らす媒体も、好きでいる人間も絶滅危惧種。下手をすれば、探偵という言葉すら知らない者もいる。いや、ほとんどかもしれない。

 それなのに、私達は探偵を名乗り、仕事をもらう。解決する。

「――前々から思ってたけど、ノヴァって妙なことくわしいよね。探偵なんて、地下都市でどうやって知ったの?」

 表通りの混雑をかき分けながら、私はノヴァを見失わないように聞いた。ノヴァは「んぅー」と猫のように背伸びするような口調で反応したあと、「内緒」の一言を返した。

「乙女には言えない秘密があるんだよ、にゃー」

 ぶっ飛ばしてやろうか。

 地下都市で乙女も乙女じゃないもあるまいに。

「それを言うなら、イチルだって秘密があるじゃん」

「え、何がよ」

「三番街に行きたがらないとか」

 ――ふと、私は足を止めてしまう。

 それにすぐ気付いたノヴァは耳がいいのか、それとも勘がいいのか、「ごめん」と言って私を抱きしめ、今度は手を引っ張って群衆の中を進んで行った。

「もう聞かない」

「……いや、そんなに、辛い訳じゃないよ?」

 悲しいだけだ。

「……うん」

 私は、三番街に行けない。

 行くことができない。

 だって、行ったらどうしようもない私の存在理由を問うてくるから。

 私は、何でこんなとこにいるのかと問いかけてくるから。

 だから、私は三番街に行くことができない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る