024 けれど逃げ場なんてない



 状況は悪い。


 直線速度だけなら修二が勝っている。だが、カーン操るヴィンテージ・ソルジャーの分厚い弾幕を抜けながらでは、接近もままならない。

 あるいはこれが夏希ならば、弾幕を掻い潜るような芸当も出来ただろう。

 だがプリセットの弾道予測アプリに頼る修二では、一瞬が限界だ。


 移動範囲を狭められた修二は、その一瞬でどうにか弾幕を潜りぬけ、反対側へと切り返した。


 不味い。

 とにかく決定打に欠けている。


「どうした修二ぃ! 一人じゃ何もでけへんってか!」

「ああ……?」


 隙を見てのグレネード。カーンは機体を傾けて横へ避ける。

 その一瞬で、格納領域ストレージからヒートソードを引き抜いて、ウェポンパックにマウントする。

 代わりに片手でフルオート粒子ビームショットガンを引っ張り出し、前へ向けた。


 断続的に放たれる青い光。

 カーンがばら撒いたミサイルは、散弾に突っ込んで爆発した。

 土煙が一瞬視界を塞ぐ。この隙に射界から外れ――。


「っくそ……!」


 煙塵に穴を開ける、戦車砲の一撃。


 カーン愛用の大口径実弾砲が、草原に高く土柱を上げた。

 反動で後ろへ滑るカーン。背から伸びる巨砲が砲身から折りたたまれて空を向き、また機銃の掃射が始まる。


 埒が明かない。凡人の自分が、このままいつまでも凌ぎきれるとは思えない。

 接近は無理だ。どうにかしてイスカをフリーにしなくては……。


「けぇへんぞ」

「何?」


 カーンは唸るように言った。


「イスカ嬢はライラウスが抑えとる。そう簡単には抜けられへんぐらいライラウスも強なってんで」


 言われなくても、それくらいは分かっている。

 これだけ待ってイスカが来ないのは初めてだ。


「なぁ、ずっと思っとったんや、修二。どーしても許せへんかってん、そいつだけはな」

「何がだよ、一体……!」


 訳の分からないことを宣うカーンに、追い詰められつつある。

 何か突破口を見つけなければ。

 修二は必死に辺りを見回し、マップを見る。しかしどこにも穴は見当たらない。


「はっ。対処出来んやろなぁ。お前の戦いはいつだって継ぎ接ぎやからな」

「なんだって?」

「ずっと、腹立たしくてなぁ……修二」


 足元に突き立ったロケットが土を掘り下げる。足を取られないよう咄嗟に機体を回転させて、滑るように姿勢を立て直す。

 迫る弾幕に肩を掠めながら、斜め前へ抜ける。


「何をやってもしれっとしとるその顔や。まるで自分には関係ないみたいなその顔や!」

「――っ」

「人の目ぇばっか気にしとるその態度がぁ、許せへんねん!」


 大型グレネードランチャーが鈍い破裂音と共にグレネードをばら撒く。進行方向には弾幕。

 後退と旋回で、爆風に煽られながらもどうにか姿勢を崩さず乗り切った。


『修二様……』

『主が気になるか、イスカ』


 イスカは静かに槍の穂先を下げた。

 片腕を失ったことで、彼女の槍捌きは幾らか精彩を欠いていた。

 ただ、それだけではない。


『雇用主の心身の健康を守るのも……従者の勤めですので』

『過保護だな』


 その怜悧な瞳を細めて、イスカはぐっと身を弛める。

 対するライラウスは、その腕を緩やかに広げるのみ。


 状況は悪い。

 ライラウスの新たなCCH『電解ライトニング半径ラディウス』は、どうやら電流をある程度操作するものであるらしい。

 あの電磁加速砲EMCの異常な威力も、恐らくはCCHの応用だ。

 包括的で用途の広い電子魔術は発動に時間がかかるが、しかしあれはそうではない。

 単純な現象を恐らくはマクロとして設定している。


 最初から使い続ける接近を阻む電磁投射は、その身に宿した大型発電装置が大量の電気を吐き出し、それをただ放射状に広げているだけ。

 ほんの少しで済む改変を、更に自動化しているのだから、展開速度は恐ろしいほどに早い。


 加えて、ライラウスの狙いはイスカをこの場に惹きつけることだ。

 イスカが逃げ出す素振りを見せれば、すぐさま修二へとEMCを解き放つだろう。

 だがイスカが対峙を選ぶなら、彼は何もしない。山のようにその場に構え、じっとイスカの動きを待つだけ。

 接近するなら、あの高速の放電魔術を放つだろう。


 強い。

 見違えるほどに、ライラウスは強くなった。


 強引に突破することも可能だが、果たして全身に雷を浴びた状態で、ドローンが放つ激しい弾幕に相対出来るか。

 奇襲じみた槍投げも、こうも警戒されては通るまい。


『修二様』


 いかなイスカでも雷の速度を超えられる程ではない。いや、回避するくらいなら出来るだろう。だが放射源に接近し、更に攻撃を加えるというのは、イスカでも難しい。


 そう、難しい。

 不可能では――ない。


 だがそれは、禁を破ることでもあり――自分を、ひいては修二さえもを危険に晒すことだろう。


『貴方様は、どうなさいますか』


 イスカは待たねばならなかった。

 機を。そして、主の決断を。


「修二ぃ! 俺ぁ知ってんねんぞ! ずっと、ずっとなぁ、それだけが悔しかったんや俺ぁ!」


 カーンの怒声が昂ぶる。

 格納領域からガトリング砲が二門、ヴィンテージ・ソルジャーの左右に落ちる。弾切れらしいグレネードランチャーを投げ捨てると、カーンは即座にスピンアップを始めた。

 慌てて横移動を始める修二へ、ガトリング砲が火を吹いた。


「自分のやり方なんぞ何一つもっとらんやろが、お前は!」

「うるせぇ! 何が言いてえんだお前は!」

「困ったこたぁ前にしたらやることなすことぜぇんぶ誰かの真似っ子! 受け売り! 逃げと受けと人真似の、その場凌ぎで誤魔化してきよったろうが!」

「ぐっ……」


 せめてもの反撃にと振り上げたアサルトライフルを、反射的に盾にする。

 蜂の巣になったそれが爆発する前にその場を離れる。虎の子の携行粒子砲ビームランチャー格納領域ストレージから呼び出した。


 それを構えるより早く、有線ロケットが修二の目の前で着弾し、閃光がメインカメラを焼きつくした。

 フラッシュロケット。だがとにかく今は横移動を――。



「――てめぇの今までの成功、全部他人の功績やろが!」



 足を止めてしまった修二目掛けて、カーンの銃弾が殺到した。


「悔しかったんや! しれっと誰かの力ぁ借りて一抜けしよるお前が! まるで自分にゃ関係あらへんっちゅー顔で白けとるお前が!」

「こ、のっ」

「そんなお前に拳骨ぶち込むことも出来へん俺が! 許せへんかってん!」


 左腕装甲が貫通。これ以上は受け切れない。

 ショットガンが礫に撃たれて破損した。


「んなこと、今更言いやがって……! 負け惜しみか!」

「ちゃうわボケ! 負け惜しみになっから言わへんかったんやろが! だから今言うんやアホンダラ!」


 どうにか切り返して、アラートを一瞥する。

 左腕に機能障害。火器管制系が一時機能停止。それ以外はひとまず無事。

 蓄積したダメージの総量には目を瞑った。


 そしてカーンが吠える。容赦なく。


「もう逃げ場ぁあらへんぞ! 頼れる誰かもおらへん! ここにはなぁ、イスカ嬢も瞳さんも夏希ちゃんもおらんのや!」


 修二は歯を食いしばった。


「お前と俺や! 逃げ場はぁない! さぁ修二、向かい合えや! 歯ぁ食いしばれや! 身も心も、全力でぶん殴ったる!」


 ――お前に何が分かる。

 修二はそう言おうとして、しかし歯はがっちりと食い合って離れない。


「分かるやろうが修二! これがてめぇの怯え続けた敗者の債務や! クソ雑魚野郎に権利はあらへん! 逃げ続けてきたお前は知っとるやろぉ!」


 そうだ。敗者は何を言っても一蹴される。

 積み重ねてきた全ての物を。理論も研究も。努力も資金も。どんな意見すらも。

 敗者が言うのだから、それは間違いだと一蹴されるのだ。


 知っている。

 知っているとも――その痛みに、ずっと打ちのめされてきた。


 幼い頃、財布を空にしてまで筐体にかじりついたあの時も。

 部活の終わり、受験勉強に埋もれながら旧友を見たあの時も。


「さぁ答えろや修二!」


 結局負け惜しみだろうと、何より俺が知っていたから、何も――言えなくて――。


 勝てないゲームはつまらない。

 つまらないことを続けたくはない。


「――てめえ、何の為に戦っとんねん!」



 じゃあ――弱い俺は、なんのために?

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