023 運命は望むものを導き
瞬間、夏希は飛び出した。
右へ左へ、フェイントを混ぜて縦横無尽に飛び跳ねながら山へ向かって駆ける。
それでも照準はぴたりと夏希を狙っていて、二発目はアポローンの眉間を直撃するコース。けれど夏希が操る巨剣の切っ先がそれを撫でるようにして跳ね飛ばし、弾丸は虚しくも大地にめり込んでいった。
驚くべきは、一キロ近い距離が意味を成さない針穴通しの狙撃手か、その狙撃をあろうことか剣で弾く名も無き剣士か。
いずれにせよ、その戦いがおおよそ常人のものではないことだけが確かだった。
「腕を上げたな」
「どれだけ経ったと思うんですか、ししょー」
遠く響き渡る硬質な爆音。それが夏希を取り囲むナノマシンを揺らすより前に、夏希は巨剣を右に振っていた。実体弾が剣に捌かれ、地に落ちる。
ドローンの狙撃銃とはもう戦車砲に近いサイズだ。それがアポローンに掴まっているセレネの額をぴたりと照準していた。
『怖いわ、分かってても』
「セレネ、行って」
『ああ、もう、そうなるわよね!』
夏希が促したのとほぼ同時に、鴉は飛んだ。
「マルファス、遊んでやれ」
『さて、じゃれつかれるには少しばかり骨が折れそうだが』
「骨くらいくれてやればいいだろう。後で屍ごと取り返せ」
くはっ、と鴉は笑う。
天使と鴉は同時に、弾丸のように飛び出した。
マルファスは空戦特化型オートマトンであり、その構造は機械であっても鴉のそれだ。
異質なシルエットは翼部と尾部のブースター、腹部の高圧粒子砲くらいのもの。
そしてそこから生まれる特徴的なスタイルは、高速機動狙撃と評される。
夏希が左にステップを刻み、その影を青白い光条が串刺しにする。夏希の回避が一瞬遅ければ、即座に撃墜されていたであろうコース。
お返しとばかりに撒き散らされるセレネの
寸分の狂いもなく頭部を狙った高圧粒子砲を、セレネは首を倒してやり過ごした。
マルファスは飛行しながら狙撃が出来る。地に伏せて放つのと同じ精度で、敵の弾幕を回避しながらに、致命の一撃を放つことが出来た。
それがどれほど恐ろしいかは、イーグルアイとの戦いにおいて空戦は不可能と言わしめたほど。
それでもセレネは飛ばなければならない。
セレネは振り落とされるように宙を舞い、翼を広げて空へ飛び立った。
『貴方の相手は嫌だったのよ……』
『おや、レディに嫌われてしまったか』
『こうやって追いかけなきゃいけないからよ!』
粒子弾を放ち、即座に回避軌道を取るセレネ。
回避軌道を取り、即座に粒子砲を放つマルファス。
互いが互いの戦い方を熟知しているがゆえに、息のあった攻防が成立する。他の相手ではこうはいかない。
セレネは昔に嘗めさせられた辛酸を思い出して、仮想敵としてこの鴉を据えていたくらいだ。
もっとも押されているのはセレネであり、マルファスには余裕がある。なぜなら――。
『ほらどうした、翼が止まっているぞ!』
『うるさい――! お前の翼をもいでやるから、覚悟しなさい!』
セレネの翼は飛行と射撃を両立出来ない。
彼女の背の『クレセンティック・アーマメント』は、翼の状態によって格闘、飛行、射撃を使い分ける。
だから、砲身にしながらにしてブースターである、という形態は取れない。
万能ではあっても全能ではない。セレネはそういう機体だ。
この勝負は、端からセレネに勝ち目がない。
「セレネ、しっかり食いついてね」
『がってん!』
夏希は数度の回避を経て、瞳とマルファスから同時に狙われ続けてはすぐ避けきれなくなると直感した。
どちらも比類なき狙撃の達人であり、歴戦の猛者であり、ただひたすらに強い。
何より、相性が悪い。
セレネを信じて、マルファスの相手を任せるより他になかった。
夏希は身を隠すべく森へと突っ込んでいく。
夏希は決して
一方、鷲崎瞳は極端な
だから相性が悪い。
近接特化型
「あぁ、予想はしてたけど」
ブービートラップに引っかかり、爆発に煽られるアポローン。木々が倒壊し、射線が開く。想定していたと言わんばかりに実弾が飛ぶ。
身を捻り装甲を斜めにぶつけて少しでも逸らそうとするが、その装甲はあえなく貫かれた。
ダメージアラートを見るまでもなく、駆動系を守れたことは確認済み。動くならばひとまず問題はなし。
この森一帯が罠だらけになっていることを確認して、夏希は呆れ半分で笑った。
だから相性が悪い。
夏希は、この罠に真っ向から突っ込んでいかなければならないのだ。
「いつの間に仕掛けたのかな、ほんとに!」
言いながら、その答え目掛けて名も無き巨剣を投げつけた。
胴体が大きな一つ目になった機械の蜘蛛、小型のドローン『トラップメーカー』。
小爆発を飛び越えて剣を回収し、夏希はそれが失敗だったと悟る。
与えられた命令通りに積載したアイテムを設置して引き返すのがトラップメーカーで、操るのは最強のスタティックプレイヤー。
イーグルアイの手足が安易に姿を晒すわけがない。
アポローンの太い足がワイヤーをぷつりと千切り、途端に爆発が連鎖する。
辺り一面爆薬だらけだったらしい。
『夏希!』
「大丈夫!」
アポローンは使いきりのジェットスラスタで宙を飛び、脚部が破壊される事態だけは避けた。陥没した地面から大きく後退し、そのまま木陰に逃げ込む。
次に射線が通れば今度こそ終わりだと夏希は感じていた。
瞳の
敵の回避の一動作をつぶさに記憶し、十分な蓄積を経た一射は未来の敵に狙いをつける。
鷲の目は観察の目。記録し、分析し、流れを読み切ることが鷲の戦い方なのだ。
時間を与えれば与えるだけ不利になる。
まして夏希は、一度瞳に師事していたのだ。
癖や反射での動きは見切られている。意識して癖を殺すのも、限界があった。
「あぁ、もう……めんどうくさいなあ!」
だから夏希は強引な手段に出た。
大剣で木の一本を叩き斬り、倒れるそれを手で掴む。
アポローンの膂力が木の一本を担ぎ上げ、そして夏希はそれを投げ飛ばす。
地雷にだけは注意しつつ、木々が飛んでいったルートをなぞる。そして次の一本を切り落として投げ飛ばし、安全をチェック。
通信回線の向こうから、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「いやぁ流石夏希だ! そんなゴリ押しは想定外だよ!」
「お褒めに預かりどうもです、っと!」
三本目の木がトラップメーカーを踏み潰し、夏希は森を抜けだした。
巨剣の一振りで弾丸を弾き飛ばす。
次弾は彼女の足元を突き刺した。
訝しげに足を止めて、小粋な演出に苦笑する。恐らくは会話のための、あるいは彼女が分析の時間を得るための。
まるで演劇のようだなと夏希は思った。
戦闘中の一瞬の休止さえ意図して設けてくるのだから、夏希はとうに彼女のペースに嵌っていた。
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