022 運命は望まぬものを引きずり込む



「久しいな、夏希。私のたった一人の弟子……あぁ、たった一人ではなくなったんだった。ともかくともかく……壮健のようだね?」


 ししょー。師匠。姉が、夏希の?

 そんな馬鹿な。そんなに世界が狭くてたまるか。


 けれど瞳はそれを肯定し、喜色満面とばかりに頷いているようだった。


「いやぁ運が良かった。修二の様子も直で見たかったし、ちょうどいいパートナーも見つかったし、夏希、君をようやく見つけられた」


 偶然。

 それは平等であったはずなのに、修二の手から離れていく。


 夏希と出会ったのは自分だけではなかったのだ――修二の頭を殴りつけたのは、そんな無慈悲な理解だった。

 当たり前だ。誰だって色んな人と出会い、色んな人に影響を受けていく。

 当たり前だ。そんなのは当たり前だけれど。


「何の用ですか、ししょー。言っときますけど、やめませんからね」

「知っているさ。知っているとも。君の翼を整えたのは私だ。けれどまぁ、一応教えてあげようと思ってね」


 なんで、姉さんなんだよ。なんで、夏希なんだ。

 ……なんで俺はこんなにショックを受けているんだ?


「序列ってやつをさ」


 彼女は静かに得物を構えた。油断はない。躊躇もない。

 見敵必殺の意思だけをその瞳に灯して、鷲は爪を剥き出す。


「さぁ始めようか、私の弟子よ。蝋の鳥よ。高く飛ばんと望むなら、見せてみろ。鷲の高みに届かせてみせろ」


 高く鳴く鳥の如くに。王者は今、少女を打ち据えんと引き金を引いた。

 修二の混乱をよそに、夏希と瞳は矛を交え始める――。


 地面に突き立つ実弾の音がゴングだった。


「よそ見たぁええ度胸やなぁ、修二!」


 そして鉄の巨人もまた引き金を引いた。修二は挨拶代わりの榴弾を横に走って回避した。


『修二様、まずはあの二人を』

「あ、あぁ、分かってる、大丈夫だ」


 続いて向けられるグレネードランチャー。

 対してフェザーダンスの影から飛び出したイスカは飛来するグレネードを縦に一閃、爆風を背に接近していく。


 風に煽られてイスカの圧縮空気ゲージがぐっと回復し、代わりに少々のダメージ表示が僚機ステータス欄を駆け抜ける。

 修二も一歩遅れて接近を開始する。アサルトライフルを疎らに撃ちながら、カーンに銃器を向けつつ左手に広がる森へと滑りこんでいく。


「タンクやめたんはこのためや」


 対するカーンは、脚部ホイールを回転させて、真っ直ぐ後退を始めた。

 今までの戦車型にはなかった瞬発力と機動性。人型になって尚重厚な装甲に銃弾の防御は任せて、ひたすら距離を取っていく。

 ――イスカから。


 ようやく学習しやがった、と修二はあまり笑えない事実に苦い顔をした。

 修二のフェザーダンスは決して火力に優れてはおらず、対重量級との戦闘は常にイスカを決定打にしてきた。

 そしてイスカは近距離戦闘しか出来ない。ヴィンタ&アドレーで注文した追加装備も、まだ未完成。


 それでもこのまま追いかける形になるなら好都合だ。

 イスカは追撃を得意としている。イスカの最高速度は最新鋭の戦闘機に匹敵するのだから。


「ライラウス!」

『承知』


 相手はそれを分かっている。分かっていて、いつものとおりに、イスカの進路上に銀の巨人が立ち塞がった。

 重心をどっしりと落として構える姿は巨岩にも似て、さりとて岩というほど静かではない。

 だがどうしても動きは重く、普段であればイスカが瞬きの間に下してしまう勝負だが……。


『ここから先へは行かせぬぞ、イスカよ!』


 ライラウスの気魄は、いつにも増して万丈だった。


『許可など不要でしょう』


 それでもイスカは変わらない。己の職務に十全を。戦闘においてイスカは全てを完璧にこなす、それが修二とイスカの雇用契約なのだから。

 イスカはパルチザンを弄びながら、恐れを知らぬ戦士となって突貫していく。


『押し通るのみです、ライラウス』


 まさしく飛燕の如く。

 一刀の間合いには程遠い距離から、イスカは地を蹴ると同時のジェット噴射で距離を詰め、予備動作すらなくその顔面を串刺しに――する直前で、ライラウスは胸部の装甲を開いた。


空間掌握アクセス


 反射的にイスカが槍を大地に突き立て反転し、距離を取ろうとする。一瞬遅れて、轟音と紫電が迸った。


「んな……」


 ライラウスの周囲を、稲妻が駆け巡っていた。


電解ライトニング領域ラディウス


 唸りを上げる機械を見て、修二は旧時代のコンセントを思い出した。音叉のような二又の金属から発せられる電流。半径は三メートルほど。威力は不明。

 球状の射程範囲へ、ライラウスから断続的に稲妻が放射され、それは射程内の金属――イスカのボディパーツへと自発的に誘導されていく。


 イスカは稲妻が途切れた瞬間に大きく跳躍して、槍を使った変則的なバックフリップで距離をとった。


『……やはりお前は強敵だな』


 ライラウスは重々しく呟いた。

 イスカは槍を大地に突き刺してアース線のように使ったようだったが、それで防ぎきれていないのが修二には分かっていた。

 僚機のステータス画面には、ひっきりなしにアラートが鳴っている。


『驚きました。貴方、装備の殆どを捨てましたね』


 イスカは槍を左手に持ち替えて、右手を振った。

 状態は、強化アームド鎧骨格エグゾスケルトン右腕部に機能障害。復旧には六十秒が必要。

 命令系統が焼き付く前に機能を強制停止させたため、復旧自体は可能だが……。


『そうだ。私の格納兵装の九割を取り外し、新たに大型の発電装置を搭載した。加えて、それに合わせた新たなコンバットハッキングも習得した』


 電解領域。どのようなCCHか、修二には分からない。放電だけではないように思える。


『――そこまでして。右手の一本を封じただけとは』


 イスカはひと目でそれが放電装備だと看破し、槍をアースにして、かつその槍を腕一本で操っていた。

 ほんの一瞬でそこまでの対応が取れる相棒に軽く震える。彼女の左腕はまだ健在。戦闘続行は可能。

 だが接近を拒否する雷の鎧はあまりに厄介だ。


 修二はライラウスに銃口を向け、グレネードランチャーを起動する。


「させへんで」


 が、カーンがそこに有線ロケットを打ち込んできた。

 修二は舌打ちをしてアサルトライフルをばらまき、迎撃システムの助けを借りてどうにかロケットを撃ち落とす。

 有線ロケットは弾速が遅い代わりに誘導だけでなく起爆も任意。撃ち落とすか大きく離れるかしかない。


「イスカ、カーンを追うぞ」

『承知しました』


 ライラウスにダメ元でアサルトライフルを撃ち込むが、ドローン規格のライフル弾ですらライラウスの巨体は防ぎきってみせた。

 その脇を射程に踏み込まないようにすり抜けて、修二はカーンを追う。


 フェザーダンスの少し後を走り、イスカもライラウスを迂回していた。稲妻の減衰を見る限り射程はおおよそ三メートル、一度抜けば追いつけまい。


『させると、思うてか!』


 しかしライラウスは、そのイスカに向けて両手を突き出した。


 マニピュレーターが格納され、代わりに砲身が物理的な形状を無視して顔を出した。背部から円状の機器が展開し、紫電を発する。

 強烈な電磁力を感知。ライラウスの両腕を円筒状に包む磁場が発射された弾頭を絡めとり、ローレンツ力に従って加速させる。

 その弾速は秒速十キロ。

 高出力の電磁加速砲EMCだ。


 イスカの反応もまた凄まじい。既に妨害不能だと判断した時には、使えなくなった右腕を躊躇なく盾にした。

 一射をパルチザンの穂先で反らし、もう一射は右腕を叩きつけてどうにか凌ぐ。


 修二は遠く着弾の轟音を聞きながら、片腕を失ったイスカが吹き飛んでいくのを見送りながら、彼女が空中で鋭く巨人を睨み返すのを見ながら、遅れて状況を把握した。

 粒子機械が喪失した右腕の描画を停止。さらさらと尾を引く虹の粒子は、血飛沫のよう。


『貴様は逃さぬ、イスカ!』

「イスカ――」

『お行き下さい』


 修二は鈍く頷いた。

 安定した長射程と高火力を持つカーンのヴィンテージ・ソルジャーと、溜めが必要だが馬鹿げた弾速と威力を実現するライラウスのEMC。どちらも放置するには危険すぎた。

 どうにかして抑えこまなければならない。そしてそれには、修二たちは接近するより他にない。


「……無理はするなよ」

『無理なご相談です』


 隻腕となったイスカは空中で一瞬ジェットを蒸かして体勢を整え、草原に轍のように平行線を刻んだ。

 修二は速度を緩めずにカーンを追いかける。カーンもまた、距離を離すべく引き撃ちを続ける。


 森へ逃げ込む手はなしだ。それでも長丁場を覚悟して、修二は苦い顔をした。時間を与えれば与えるほど不利になっていく。自分も、夏希も。

 修二は汗ばんだ手のひらをズボンで拭って、操縦桿に添え直した。

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