021 全てはとっくに始まっていたのだと
戦場は――広域ステージ、丘陵地帯。
丘と山と森が同居する自然に溢れたステージ。市街地系と比べて地形それ自体の起伏が大きく、それでいて障害物は十二分にある。
特筆すべきは通例より二倍長い……面積比にして四倍差、一キロ四方のステージだということ。
予選試合で時折選ばれる広域ステージは、本戦で使用されるマップサイズに等しい。予習の意味合いがあるということだ。
「夏希、セレネ」
修二は一つ心に決めた。
何でもかんでも夏希におんぶにだっこじゃ情けない。
自分も戦えると証明しなければ、居心地が悪い。
「俺らでカーンを……あいつをやるよ」
丘の中央に立つカーンを見据えて、修二はそう宣言した。
それは明らかに慢心だった。
修二はそうと気付かないけれど、その相棒は、それを何とはなしに感じ取っていたのだろう。
物言いたげなイスカの一瞥に、修二は少しだけ早まったかと後悔する。
だが、すぐにイスカは前へ向き直った。彼女と修二との契約は、そういうものだ。
夏希は獰猛に笑ってみせた。
「もう片方は頼んだ」
「まっかせて」
修二はイスカを伴って、草原へと降りていく。
夏希は、姿の見えないもう一人を探しに機体を走らせた。
「久しぶりだな、カーン! ちょっと学校サボり過ぎじゃねぇのか?」
「せやかて仕方あらへんやろ。そんくらいせんと勝てへんからな、お前には」
カーンの機体は無計画な増築を経た戦車ではなかった。
旧式の物理戦闘用ドローンを模した、重量級四足歩行型『ヴィンテージ・ソルジャー』。
彼の拘りである大量の火器は変わっていないが、修二の目にも厳選してきたことが伺えた。
そしてライラウス。見た目こそ何も変わらない、二メートルを超す銀の巨人だ。
しかしイスカに相対する姿は、今まであった素人目にも分かる隙がなくなっていると感じられた。
『イスカよ。今日は……負けぬ』
『……なるほど、自主休講の甲斐はあったようですね』
――間違いない。この四日、たった四日だけれど、カーンとライラウスは強くなって帰ってきたのだろう。
修二の中で何かが疼く。それはとても、苦い味がした。
カーンは決然と声を張り上げた。
「タイマンや」
「なに?」
「俺らとお前らで勝負。俺の師匠とお前のツレは俺らに攻撃せえへんこと。師匠にはもう許可取っててん、気にせんでええ。……逃げへんよな、修二」
覚悟を感じさせるその声に、視線は自然と映像回線の向こう側に向いた。夏希は、満面の笑みで頷いた。
修二はごくりと喉を鳴らして、銃器を構えた。
「いいぜ。相手になってやる」
そう言いながらも、修二は思考をやめられなかった。何か大事な事実を見落としている気がした。
なぜタイマンと言いつつタッグ戦を挑んできたんだ? 一対一では勝てないからか? ならあんな発言はしないはずだ。
そもそも夏希がいるのに勝算が増すわけがない……そうじゃないな、と修二は首を振った。
予選の中で戦いたかったからか? 動機としては弱く、修二はその案を捨てた。
彼我の距離は二十メートルほど。距離を詰めればいいだろうが、前の鈍重な戦車と今の四脚型を同一視していいかは疑問だ。慎重に、まずは射線を切るべく森へ逃げるべきか。
カーンもライラウスも動かないが、油断がないのは見て分かる。程度は違えど、動けば撃つと言わんばかりの攻撃的な警戒の仕方は、どこか夏希と似ていた。
睨み合いの中で、修二はひたすらに考え続ける。
そもそもこのサードにいるBYE持ちは何人だ? 外からやってきたのでなければ、セプテントリオンを根城にする『
そして……そして。
――『
気がついた時には、修二は咄嗟に叫んでいた。
「夏希、避けろ――ッ!!」
そして叫び声とほぼ同時に、夏希は大きく後ろへ飛び退った。
閃光は二条、槍よりもなお鋭く地を突き刺した。セレネは紙一重でひらりと躱し、アポローンの肩に降り立つ。
『っ、どこから!』
言うまでもない。彼女なら、一番高くに立つだろう。修二はそれを知っている。
彼女は自己顕示欲が強い。狙撃手でありながら。
この場で一番高い山の頂には、逆光を背に立つドローンが一つと、機械で出来た鴉が一羽。
その勇姿を知らぬ者が、この場に、このアリーナに、全ての観戦者の中にいるだろうか?
「避けるか。昔はよく、これで仕留めたものだが」
『主よ、甘く見るなよ。蝋細工であろうと空飛ぶ猛獣、同じ手を二度食うほど甘くはない』
四足歩行型、長距離戦闘型ロールドローン『サジタリウス』改修機『ワンショット・ワンキル』。
装備は実弾・光学・粒子、三種の狙撃用ライフルと、小型オートドローン『トラップメーカー』。
そして鴉型オートマトン、マルファス。
装備は腹部と嘴内部の可変式ビームライフル。翼の剛性実体ブレード。尾と翼と胴体にはそれぞれブースター。
「やぁやぁ皆様ご機嫌麗しゅう。いやはやかれこれ……九ヶ月かな?」
昨年における全国大会の覇者。ニューウェーブの先駆け。
世界大会終了以後、長らくV.E.S.S.の最前線に姿を見せなかった女。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!」
修二の姉。
「――イーグルアイ、鷲崎瞳が帰ってきたぞ!」
彼女の煽りに会場が揺れた。歓声は渦となって大気を揺らす。アリーナの描画が揺れた気がした。
粒子機械をも震わせる英雄の凱旋は、防音のはずのカプセルピットの中でまで反響していた。
「今年はタッグで勝たせてもらおう! 今日は顔見せついでに、馴染みの顔を見に来ただけだがね!」
高らかに歌い上げる彼女はまるで役者にでもなったかのよう。
修二の目には見えないけれど、その体を上機嫌に波打たせている姉の姿が想像についた。
そしてこれは間違いではなく、観戦者の視線が修二に集まっているだろうことも感じた。プレイヤーネームを見れば一目瞭然。
イーグルアイの弟であることを、修二はなるべく隠していたのに。
「姉さん、どうして」
「そんな声を出すなよ、修二。今日はついでなんだ。カーン君がしょぼくれていたから、つい拾って鍛えあげてしまった」
つい、でそんなことをされてたまるか。修二は呻いた。
四日。四日まるごと姉にしごかれたというのなら、カーンはもう別人だろう。姉の課す訓練に容赦などないということは、修二も嫌になるほど知っている。
「随分大勝ちしているようだし、ここらで修二も名を挙げるべきじゃあないか?」
「そんなこと頼んでねえよ」
「おや、どうしてだい。不世出の
――修二は耐えかねて、視線を隣……映像回線へ向けた。
「まぁでも、今日の狙いは修二じゃあないんだ」
初めから狙いは夏希だったというのか。
こんな演出のためにわざわざタッグ戦を挑んできたのだろうか。いったい何故。
警告しようと口を開いて、修二も言葉を失った。夏希が呆然呟いた一言に。
「――ししょー……?」
その呟きは、修二の心を殴りつけるようだった。
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