二章 全ては逆さまに

  020 少年は気付かない


 私は飛んで。

 飛んで、飛んで、飛んで、飛んで――空高くを目指している。


 旅に道連れを望むことは、やっぱりいけないことだったのかな。


 この思いをどこに向ければいいのか分からない。

 私はどうしたらいいのだろう。


 彼を苦しめると分かっていても、私は彼と共に行きたい。

 私がこんな身勝手な女だったなんて思わなかった。


 人の人生を身勝手にも左右したいと願っている。

 私はきっと、救いようのないおおばかものだ。


 けれど。

 こんなもやもやさえも、勝利は綺麗に洗い流してくれる。


 だから、今はただ――この戦いに熱を上げよう。


 さぁ、さいっこうの勝負をしよう。

 私に、全てを忘れさせて。


 出たいんだ。私を苦しめるこの塔から――。


















 四日経った。

 結局待っているのは性に合わず、二人は放課後に待ち合わせてはアリーナを順繰りに巡りながらV.E.S.S.を繰り返した。

 予選は地域ごとのオンラインマッチングだから、アリーナを移動しているのは彼女への案内が目的だ。

 その後は大体ショッピングだとか夕食だとかを一緒にして、日が落ちる頃にあの交差点で別れる、というのが日課になっていた。


 勿論、夏希は勝ち続けた。修二も、少しだけ上達した気がしていた。


『次のニュースです。先日行われたサイバーテロリスト『エイリアス・ドミナント』の第二セカンド海上都市アクアポリス拠点への強行捜査の結果、テロ組織は既にセカンドを離れ、サード・アクアポリスへ移動していることが判明しました。アクアポリス内部からの脱出を抑えられなかった件について、警察は……』

「嫌だね。サイバーテロなんてさ」

「そうだな。物騒だし。宗教テロってのも嫌な話だ」


 シリコノイドは元来宗教には疎いようだが、ニュースで流れている『エイリアス・ドミナント』のような例外も存在する。

 主に人攫いやセキュリティのクラッキングを起こしており、電子・実体双方の戦力を有しているようだが、詳細な目的は不明。

 曰く彼らはテロリストではないと主張しており、そのためメッセージを発することも多い。七年前の公共フライヤー墜落事件の関与を疑われた時は証拠と共に『我々ではない』と声明を上げたりもしている。


「……よし。今日も勝とうね」

「おうともさ」


 今日のアリーナはファイブスター。六角形の島の南東にある公式アリーナだ。

 バングル型のウェアコンを掲げて承認を得る。皮膜状の流体コンピュータが開いていく。


 吹き付ける戦場の熱気に、修二の胸の内も高揚していく。

 鼻先に提示される『Welcome to the Virtual Engaging Sports Arena "FiveStars"!』のヴァーチャルウィンドウを指で払いのけて、修二は競技場へと足を踏み入れた。


 夏希と並び立って、戦場モニターを見上げる。

 いつ見ても壮大な光景に浸って、つまらない悩みを払拭する。これから楽しく遊ぶのだから、今は悩む必要なんてない。

 ピリピリとした、しかし取るに足らないこの飯事の戦場が自分を切り替えてくれるように、修二は祈った。


 観客の中に多数のシリコノイドを認めて、最近はよく見るなと修二は感じた。シリコノイドの中では英雄的存在の姉がいるのだ、ツテをたどってやってきているという可能性もある。

 少なくない人数が修二たちに視線を向けていることに気がついて、修二は少々居心地悪く感じた。


「さて、今日は誰と……」


 修二はそう言いかけて、言葉を失った。


「対戦相手は決まったね」


 投影されたウィンドウには、『Here comes a new challenger』。

 第二予選の正式なレート戦。形式はタッグマッチ。


「けど……なんだこれ」


 ファイターは二人。

 一人は、呉・VIDAX・カーン――修二の友人。そしてもう一人は。


「あ、シークレット、ひーうぃっしゅとぅー……えーと」

『A Secret: He want to remain by anonymous……匿名参加を希望している? これってBYE持ちのお遊び用よね。なんでまた』


 予選における不戦勝権BYEを持っているのは前大会の上位入賞者、及び十分な戦果を上げているプロファイターのみ。

 つまり言うまでもなく、強敵。そしてレートは無敗を誇る修二たちに迫る超ハイレートだ。


 あくまで挑戦。拒否はできる。が、夏希が尻尾を巻いて逃げ出すはずがない。


「いいじゃん、戦って勝って聞き出そう」

「……なんでだ? あ、いや、そっちじゃなくて」


 振り返った夏希に修二はそう断って、対戦表を――友人の名前を凝視した。


「この前のアンドロイドの人だよね。クラスメイトなんだっけ?」

「あぁ。すげぇ上手いってわけでもないのに、なんでBYE持ちとペアなんて」


 カーンは平凡なアンドロイドで、クラスメイトで、親友だ。

 V.E.S.S.では修二を随分目の敵にしているが、学校では一緒に馬鹿やって騒ぐような間柄。

 BYE持ちなんて大物とタッグを組めるとは思えない。修二のように偶然出会ったというわけでは、ないはずだが。


 それにこのタイミング。マッチングリストに名前が乗った瞬間に挑戦状が飛んでくるということは、相手は修二と夏希を狙っていたに違いない。

 修二を狙ってくるならば、それはカーンの我儘だろうか。しかし、それではタッグマッチにした説明がつかない。


「あいつそういや最近、学校サボってるよな」

『自主的に四連休を取っていますね』


 悩みはひとまず置いておく。結局誰であろうと戦うしかなく、夏希と共にあるなら、負ける気もまたしない。

 ――修二はこの時慢心していた。自分でも気付かぬうちに、勝利することが当然になりつつあった。


「夏希はどうする……って、聞くまでもないか。挑まれたわけだし、受けるんだよな?」

「もっちろん。逃げ出す必要がないね。――楽しめそうな気がしてるよ、私は」


 ぽん、と夏希は承認ボタンを叩き、ARウィンドウを指で払いのけた。割り当てられたピットは三番と四番。

 夏希は好奇心のままに、その太陽の潜む目を輝かせ、セレネを伴ってカプセルピットへ駆け出していく。


 カプセルピットへ入る前に、彼女はくるっとポニーテールを弾ませて振り返る。


「はやくはやく! 待ちきれないよ私!」

『あぁ、ゾクゾクするような戦いだといいんだけれど』


 修二も慌てて後を追う。

 ピットに腰を下ろして、バングルに触れ、起動シーケンスを見送った。そうしながら、先程の悩みを掘り返した。


 カーンが予選を突破していたのにも驚きだし、タッグを組んでいるのも驚きだ。

 カーンは戦車と実弾兵器に固執するマニアックなやつで、スタイルも動的攻勢ダイナミックアグロ一直線。タッグを組むにはやりづらいはずだ。


「イスカ、どう思う?」

『カーン様のペアで最も可能性が高いのは……』


 イスカは答えを述べようとして、口を噤んだ。


『……いえ。申し訳ありませんが、これを私の口から述べるのは、少々道理が通りません』

「……もう少し考えてみるよ」

『では――』


 メイド服がきゅっと窄まり、裏返る。無骨にして優美な強化アームド鎧骨格エグゾスケルトンが顔を出す。

 イスカはメイドキャップをすっと下ろしてサークレットに変え、パルチザンを手に修二に一礼した。


「行って来い、イスカ」

『了解しました。出撃します』


 仮想のワープゲートに背中から飛び込み、イスカは空中を舞い降りる。

 鳥のように広がる赤金の髪を見つめながら、修二は思案した。

 カーンの意図が分からない。そのペアの目的も。


「『フェザーダンス』メインカメラ起動。機体投下……作戦開始」


 操縦桿を握りしめて、地上へ下りる。


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