013 銀のゴーレム、ライラウス
戦場は荒野……旧市街・戦場跡。
建築物や機体の残骸が点々と転がる、障害物の多い平地系フィールド。
殆どの施設は破壊されており、古びたアスファルトは剥げて土にまみれている。
残骸の数に比べてドローンの機体を隠せるものは少ない。待ち伏せのし辛い地形。
イスカが比較的得意とする状況だが、一方修二にはやりづらい。
フェザーダンスは高速移動をローラー駆動に頼るため、躓くサイズの障害物が多い地形は苦手だ。歩行という手もあるが……。
「予め移動ルートを割り出しとかないとまずいな」
とかくカーンとライラウスは装甲と火力に優れたコンビだ。足を止めれば蜂の巣になる。
腰裏にアサルトライフルを収め、格納領域から大型のビームランチャーを実体化させ、修二は静かに走行を開始した。
「レーダーに反応なし……? 妙だな。イスカ、周辺警戒頼む」
『かしこまりました』
定石通り、安全な場所の探知を行う。物陰に身を隠し、機体を停止させ、レーダーのスキャン出力を上げていく。
隠蔽用防壁特有のちらつきをキャッチする。
「当たりだ。レーダージャマーか。ついに砲以外の武装積んできたらしいぞ」
『これ以上砲を積むだけの
「あぁ、ありそうだなそれ……って」
まだ座標を割り出せてもいないが、しかしレーダーの応答が早い。つまり近くにいるということ。
修二は慌てて物陰から飛び出した。
背後の建造物が、轟音を立てて崩壊する。
「やられた!」
イスカがフェザーダンスの肩に乗り、瓦礫の雨を打ち払う。修二も片手で瓦礫を払いながら、アサルトライフルを引き抜く。アンダーバレルグレネードを起動。
ぽん、と間抜けな反撃。瓦礫の向こうに、戦車型の「超」重装備ドローン『フレシェット』。
「そう何度も先手取られてたまるかい!」
砲と機銃の嵐から、ブースターを全開にして逃れる。
すぐ後方、アスファルトが砕け散っていくのを見て、修二は長期戦は不利と考えた。
敵の攻撃が着弾するたび逃げ場が失われていく。ただでさえ少ない走行可能な足場が時間経過で減っていくとなると、追い詰められるのも時間の問題だろう。
「ライラウスがいない……イスカ、目を借りるぞ」
『かしこまりました』
イスカは進行方向へと飛び出した。カプセルピットの右に表示されたイスカの視界を一瞥し、修二は気休め程度にグレネードを打ち込みながら、移動経路を探しながら、イスカとの共有マップにぽんぽんぽんとポインタを落とした。
と、先行したイスカの目を通じて、銀の巨人を見出す。修二は最後のポインタを置いた。
『来たか……!』
『やはり』
『ここは行かせん!』
ライラウスの重厚な装甲が、音を立てて開く。明らかに体積を無視した分量の装備が、その内側から出現した。
機関砲、戦車砲、機銃、ミサイルランチャー……実弾系武器に偏った装備。
カーンのフレシェットと同じく、ライラウスもまた、重積載の火力特化機体。
そして、ライラウスの特徴はそれだけに留まらない。
『
飛びかかったイスカに対し、銀の巨人は両腕を胸の前で広げ。
『
勢い良く拳を打ち合わせた。
瞬間、空間が裏返る。
一瞬の爆縮を経て、空間が拡散する。
『ちっ……!』
イスカはその場を飛び退き、爆風の減衰を待った。
空間それそのものを引き伸ばす、防御不能の衝撃波。
物理法則を真っ向から無視した「有り得ない」技術。
――電子の世界は、粒子機械によって描画された仮想のものだ。
現実に似たインタフェースをしているだけで、その本質は物理的形状を持たない情報である。
装甲を槍による刺突が破るという映像は、ファイアウォールをプログラムでクラックする経過をそれらしく可視化したに過ぎない。
仮想空間に、物理法則はないのだ。
仮想空間を構成する情報を操作し、物理的に有り得ない何らかの変化を起こすというのは、オートマトンたちにすれば当たり前のことだ。
それは例えば、イスカのメイド服が鎧へと裏返ったり、セレネが普段から空中を浮いていたりといった事象。
それらは現実的には有り得ないように見えて、電脳世界では当然のことだ。そこに流れる法則は、現実とは違うのだから。
そもそも電子情報構造体同士の戦闘というものが本質的にはクラッキングなのだ。
槍を振るう事も銃を撃つ事も、「相手の情報構造体を
兵器の形をしたプログラムも、装甲の形をしたファイアウォールも、全ては後付。
ごくごく初期の、物理GUIによって可視化された電脳世界にまだ
オートマトンとは、つまり魔術師だったのだ。
古く、それらは天空から降り注ぐ雷として、あるいは大地を割る溶岩として、自然の暴威を象って描画された。
「相変わらず派手だな、くそっ!」
修二は移動ルートを一つ潰されたことに歯噛みした。
CCを戦闘中に行えるオートマトンは少ない。通常の仮想空間と違い、戦争後期……戦闘中のアリーナへは物理法則が強く適用されている。そうでなくても、電子構造体を破壊するような大掛かりなプログラムは、準備に時間がかかる。
電子構造体との戦闘と、強固な情報の改竄――それを両立するというのは、オートマトンの中でも限られた才能なのだ。
大地を割るような無駄を省き、敵対者のハック&クラックに重点を置かれ、戦闘行動に組み込めるレベルにまで高速化されたそれは、
その名を、
「連打は効かない、押し通れ!」
『かしこまりました』
ライラウスのCCH『
電子魔術と違い、コンバットハッキングは仮想世界に適用された物理法則には逆らわないことが多い。
武装を次々格納領域から出現させるライラウスめがけ、イスカが突貫する。
絞られていく退路を睨みながら、修二はカーンの猛追を凌いでいた。
「逃さへんで!」
「掴まるかよ!」
高速だが障害物を迂回しながら走行する修二の二足歩行機と、低速だが障害物を踏み潰して移動する戦車。
彼我の距離は、互いに有効射程を外れた絶妙な数字を前後していた。
先行していたイスカとライラウスの横を、修二が通過する。
郊外に差し掛かる。足場はアスファルトが剥げ落ちて、土が露出していた。
「今や!」
『任せろ!』
そこを逃さずライラウスが砲身をフェザーダンスへ向けた。
ライラウスの機動力を捨てた超重量級機体は、オートマトンでありながら重装ドローンに匹敵する大火力・面制圧性を誇る。
だが。
『させると思いましたか』
それを阻む赤金の騎士は、純粋な技量でそれを圧倒する。
庇うように射線に割り入ったイスカの、穂先の見えぬ速度で振り回した槍が、過たず修二に届く弾の全てを弾き落とした。
『化け物め!』
『いち従者には、全く過分な評価にございます』
仕掛けるならばここ。修二は背を向けているイスカが小さく頷いたのを見た。
『
ライラウスが弾幕を吐き出しながらも、ゆっくりと腕を広げる。
修二は小さく片足を上げると、タイヤを互い違いに回転させて勢い良く振り返る。もう片足を逆回転させてバック走の体勢を取り、ビームランチャーを解き放った。
「効かんわんなもん!」
「効いてんじゃねぇか!」
太い高圧粒子弾の直撃で前面の砲が一つ吹き飛ぶ。しかし、カーンの言うとおり装甲自体に傷はない。
ビームランチャーはフェザーダンスに無理なく詰めるサイズでは威力の高い部類だが、それでも重戦車用の対粒子コーティングを抜くのは難しい。
「見たか修二! やっぱ実弾が最強なんや!」
アンティーク好きめ、と毒づきながら、修二は左の操縦桿を引いた。
背走しながら障害物を避ける、あとはコケなければ大丈夫だ。修二は冷静に移動ルートを割り出しつつ、ビームランチャーでの射撃を継続する。
連射を繰り返すが、不安定な姿勢では中々狙い通りに当たらない。粒子塊は幾つかの砲を破壊し、戦車の前の土地を削る。
『――
ライラウスの衝撃波が来る。
イスカは咄嗟にその場を飛び退いたが、これで修二への射線は開けてしまった。
『終わりだ!』
「終わりにしよか! ライラウス、ぶちかませぇ!」
単純なやつ、と修二は笑った。
ちょうどその位置。指定したポインタに、カーンとライラウスがピタリと重なる。
ライラウスが足を止めたのを見てから、修二は振り返った。
「イスカ」
返答はなく、代わりに彼女は槍を投げた。
『ぐっ――』
圧縮空気の噴射で速度を得た彼女は、飛びかかるような姿勢で槍を投げた。
その幅広の体が衝撃で揺れた時には、追うように駆けていたイスカが槍の柄を掴んでいた。
褐色の肌に、赤金の髪。
黒い鎧が唸りを上げた。
『失礼致します』
三閃。
展開した幾つもの兵器と、鈍重な機体が、揃って輪切りになる。
「んな、イスカ嬢!? くそっ――」
「させねーよ」
迎撃にと無数の砲身が回転する。修二は静かに引き金を引いた。
斜体ががくんと傾いだ。
「ああん!?」
狙い通りに粒子砲で掘り下げた大地の溝に、キャタピラがはまったのだ。
ここはアスファルトではなく、土の露出した郊外。高威力の粒子弾ならキャタピラ分の幅の穴を開ける位は容易い。
修二はただそれだけを狙っていた。イスカのために隙を作ることだけを。
丁度射撃の直前に機体が傾ぎ、あらぬ方向へと火線が伸びる。
その下を、飛燕のようにイスカが舞う。
尾を引く髪は流星のよう。
『これにて、幕引き』
数日前の焼き直し。
砲身を足場に駆け上がるイスカが、遥か頭上から舞い降りる。
「――またかい」
その呟きに、何かを感じ取る。
けれど修二には、それが何かまでは分からなかった。
騎士は舞う。
放たれる迎撃機銃すらも意に介さず弾き落とし、その巨槍を竜巻の如く振り回し。
『――どうかご容赦願います』
その一撃で、機体の中枢部位を串刺しにした。
「まぁたこんな負け方かい、くそったれぇ――!」
イスカは反動でひらりと飛び上がり、フェザーダンスの肩へと下りる。
重戦車が内側から弾け飛ぶのに合わせて、『You Win』の文字が修二の視界に踊った。
勝利したことに安堵して、カプセルピットから出る。
隣から出てきたカーンは微妙な顔で修二を見た。修二は面倒臭そうにそれを見返した。
カーンとの勝負の後は大体こんな感じだ。物言いたげにするカーンと、気怠げな修二。
「お前……」
カーンはばりばりと頭部を掻いた。プラチナブロンドの
「まぁええわ、負けたの俺やしな……」
カーンたちが勝つことは滅多にないし、あっても修二自身のヘマか、どうしようもない戦場の相性差だったりする。
結局、修二たちとカーンたちには地力の差があった。
「もうええ! 帰る!」
「負けたからってキレんなよな……」
「お前に負けてんのが腹立つねん! ちくしょう!」
カーンは憤慨して去っていった。ライラウスは小さく一礼すると、主の後を追って回線に潜った。
「……相変わらず騒がしい奴だな」
イスカは何も言わずに視線を外した。
「おつかれ、修二くん」
「ああ、うん。大したことはしてないから……」
と言うと、夏希は意地の悪い顔で下から修二を覗きこんだ。
「ちょっと手ぇ抜いてた?」
「……いや、別にそういうわけじゃ……ないけど」
修二は首を横に振った。なぜ一瞬言葉に詰まったかは、自分でも分からなかった。
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