012 『アンドロイド』
オーガノイドは、粒子機械と共存した有機生命体。
シリコノイドは、粒子機械で構成された無機生命体。
アンドロイドは、全身が機械で作られた無機知性体だ。
二者とは根本的に違う――生物ではない。
だが、ヒトだ。
レーザー式シリコンメモリキューブと量子コンピュータ、擬似フラクタル構造によって作られる知性演算結晶。それによるクオリアの獲得。
彼らは刺激に応答するだけの存在ではない、確固とした人格を持っている。
「お前、修二ィ!」
伸縮性に富み、皮膚と筋肉を兼ね備えた
カーンのそれは、いわゆる激怒だ。
「しれーっと授業すっぽかしおったな! お前に聞きたいこと山ほどあんねん!」
「おうおう、落ち着けカーン」
「こぉれが落ち着いていられるかいボケェ!」
半ば似非の入った関西弁で啖呵を切りながら、カーンはどしどしと音を立てて修二へ詰め寄っていく。
「うわー」
夏希は半ば呆然とアンドロイドを見上げている。
彼の体躯は有に二メートルを超えていた。
一七〇台後半と比較的背の高い修二ですら、彼の前では子供にしか見えない。
細身ながらもマッシブな造形と相まって、こうして詰め寄った時の威圧感は相当のものだ。慣れている修二でもやや気後れする。
「修二ィ!」
「お、おう、なんだ」
修二は中途半端に身構えた。
カーンとは高校入学からの付き合いで、期間で言うならイスカよりも長い。
これほど「キレて」いる理由に、修二は二つ心当たりがある。出来れば、後者でない事を祈っていた。
「絶対許さへんぞ修二……抜け駆けしおってお前……!」
あ、ダメな方だ。修二は思った。イスカが深く溜息をついた。
「俺に黙ってこんなかわええ娘とペア組むなんぞ許さへんで!」
「お前本当にそればっかだよな……」
修二は呆れた顔でカーンの巨体を押しのけた。
「あ、あー、あーあーなるほど、なるほどそういう……」
『なんていうか、ありきたりね……』
セレネまで呆れさせるクラスメイトのアホっぷりに頭を抱えたい気持ちになる。
「頼むから黙れ、な? 頼むから」
「どこや! どこで知り合ったんや! おい!」
「ボコボコにされただけだよ」
「どこまで行ったんや! 事と次第によっちゃお前リアルでいてこますぞ!」
「話聞けよ……」
呉・VIDAX・カーン。
重度のミリオタであり、無類の女好きでもある。
カーンの恐ろしい所はアンドロイドの癖に生体にも欲情するという点だ。
オーガノイドはおろかシリコノイドにまで興奮するというのは、そもそも性欲の薄く姿形の美醜に頓着しないアンドロイドでは珍しい。
これがなければ良い奴なんだけどな、と修二は思った。
まぁ変態も平等主義が極まると一種の美徳だ。ヒトが三種に増えた現在だからといって差別が減ったわけではなく、生理的にシリコノイドの波打つ肌が苦手だとか、外部カウルに指紋がつくからオーガノイドに触られたくないとか、そういう差別は中々減らない。
人種を論ったイジメも根強い中で、ストレートに誰でも褒めちぎれるのは才能だ。「後は下品に騒がなければゴニョゴニョ」とは女子からの評価である。なんか腹が立ったので本人には伝えていない。
『ってか呉のアンドロイドか……そういやあいつもこんな感じだったわよね』
「あー……都市柄なのかな」
セレネが公開IDを参照して住民票を確認したらしい。
呉の人かわいそう。修二は思った。
それよりもまずはカーンだ。口の軽いこいつにこれ以上喋らせるのはまずい。
修二は話題をそらそうと口を開いた。
「しっかし、ドンピシャやないか修二」
「おまっ、おいっ」
カーンがニヤリと厭らしく笑った。
「言っとったもんなあ、付き合うならポニーテールで背が低くておっぱいのめちゃおっきな娘がええとかなんとか。お? 理想像やんか?」
「わああ馬鹿違っ黙れおいっ! おいこらってめっ、てめっ……!」
イスカの溜息は果たしてこれで何回目だ。思考が現実逃避し始めた。
ああこれ間違いなく笑われる奴だ、と修二は胃が万力にでもかけられたかのような感覚と共に振り返る。
「ぶふっ、ふっ、ふふっ」
セレネは下品な顔で笑いをこらえて、小馬鹿にしたような目で修二を見ていた。
「……あー、そのね」
一方夏希は頬をやや染め、きゅっと胸元を隠すようにパーカーを引っ張った。
予想外の反応に、修二は一瞬目を奪われた。
夏希が更に身を庇うように半身になってから、対応に失敗した事に気付く。
「いや、待て、違うんだ」
「いや、その、誘ったの私だもん……ね。で、でもその」
「いや、そういうんじゃない、マジで違うから、待って」
てっきり笑われるものだと思っていたが、これはそれより酷い。
意識してなかったといえば嘘になるが、それにしたってこの暴露は最悪のタイミングだ。
一旦夏希の説得を諦め、怒りに任せて振り返る。
「カーンてめ」
「なんでや!」
と、逆に怒鳴り返された。
「そこはお前「えー何それ、きもっ」とか笑われんのが常道やろ! いたたまれない気分になりながらこの大会を過ごすアレやったろ! なんでええ雰囲気になっとんねん畜生!」
カーンは地団駄を踏んでいた。
流石の修二もあまりの横暴に堪忍袋の緒が切れた。
「知るかよ! てめぇマジでいい加減にしろよ俺の気分も知らねぇで! 表出ろコラ! スクラップにしてやる!」
「おうおう上等やクソったれぇ! お前マジでナメたラッキーに浮かれよってぶち転がすぞハゲぇ!」
睨み合いながら外へ向かう二人に、夏希は苦笑しか出ない。
そこへ、電子の世界からこれまた巨漢が現れた。
『ライラウス、珍しいですね』
『うむ……』
銀色の装甲をした鈍重なシルエット。寡黙で実直なカーンの相棒、ライラウスである。
『すまない、我が主が不躾な事を』
「わあ、別に気にしないでいいよ。ぶっちゃけおっぱい云々は慣れちゃったし」
頭を下げるライラウスに、夏希は手を振って答えた。
「それより、二人ともいつもああなの?」
顔を上げた銀の巨人への素朴な疑問。
ライラウスとイスカは、どちらともなく顔を向け合った。
『ああ、その……言いにくいが』
『取っ組み合いくらいはザラです。お気になさらず』
しれっと言ってのけたイスカに、へぇ、と夏希は感嘆した。
「喧嘩するほどってやつかぁ。いいなぁ、男の子だなぁ、憧れるなぁ」
くすくす笑いながら、夏希は呟いた。
イスカはいつも通り黙したままセレネを見た。天使は微妙な顔で首を横に振っていた。
「でもま、無粋だよね」
いきりながら外へ向かっていた修二は、肩を叩かれて振り返った。
つられて足を止めたカーンも合わせて、夏希は背後を親指で示すと、にやっと笑った。
「何してるの修二くん。そっちじゃないでしょ?」
「は?」
「君たちが行くべきは、あっち」
と彼女が示すのは、丁度空になったカプセルピット。
ライラウスとイスカは、どちらともなく顔を向け合った。
『丁度いい。今日こそはお前を打ち倒す』
『その言葉、聞き飽きましたよ、ライラウス』
カーンは鼻を鳴らした。
「へん! 確かにリアルファイトなんぞ野暮なこっちゃな。折角ここにおんねん、決着は向こうでつけるのが筋ってもんやろ」
「お、おう。妙に乗り気だなお前」
「何言うとんねん、この流れごっつぅ大昔のホビーアニメっぽいやろ! 男の夢やないかい!」
ああもう好きにしてくれ、と修二は両手を広げて肩を竦めた。
セレネは宙に寝そべりながらそれを眺めて、大きく欠伸をした。
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