014 少年は苦悩する


『やぁヴィンター』

『アドレー? 珍しいね、フルダイブは』

『どうも苦手でな。何れ克服するつもりだけれど』

『人間誰しも得手不得手がある、とかなんとか、言ってなかった?』

『そういう私もお前も人間オーガノイドじゃあるまいよ。……それで、用事なんだが』

『はいはい?』

『件の連中が来るから。予定通りによろしく』

『はいはい了解。いつ?』

『さぁ? 午後じゃないかな』

『午後……って、もう三時じゃないか!』

『おっとこれは失敬、いやいや悪気はないんだ、許してくれよな我が相棒。というとそろそろ来るんじゃないかな?』

『あーもう早く準備しなきゃ……! アドレー、さっさと出てっログアウトして!』

『あと今回保護した子はいつも通り、然るべき場所で応急処置をしてある。後で回収に向かってくれ。それじゃ』

『そういうのも含めて、次はもっと早くに連絡してよ! 通話でいいから!』




 九連勝。

 まるで当たり前のように夏希は勝利し、修二はそれを傍観している。


 夏希が勝負をするだけで、辺りの注目を一挙に集めていた。

 その中に数多くのシリコノイドの姿を認めて、修二は奇妙な感慨を覚えた。


 交通の便はあれど決して居住区の広くないこのみなとみらい第三海上居住地区サード・アクアポリスにおいて、これだけのシリコノイドが集まるのは、修二にしてみれば驚き桃の木といった具合だ。あるいはあれが姉の『目』なのだろうか。


「うーん、つまんないね。勝ってるヒト狙ってるんだけど……時間帯が悪いかな?」


 夏希は難しい顔をして、傲慢にもそう言ってのけた。

 見つめられて、修二は視線を逸らす。


「まぁ、そうかもな」


 修二は決して社交性に劣る人柄ではないけれど、それでも平凡な一少年だ。

 花も恥じらうような美少女と面と向かって会話するのは初めてのことで、まして見つめられるのには全く慣れていない。


 夏希が、一も二もなくV.E.S.S.に情熱を傾ける人柄だったのが幸いした。

 勝利こそが何にも勝ると言わんばかりの彼女の熱意は、修二の意識を自然と戦いへ向かわせてくれる。

 それでも少女が時折見せる眩い表情や、妙に親しげな仕草を見せるたび、修二は平静を保つのに苦心させられた。


 カーンが言っていた通り、ぶっちゃけてしまえば夏希の容姿はぴったり修二の好みだった。

 勿論修二は容姿だけで惚れた腫れたというほど初心ではない。ないからこそ、修二は明らかに夏希に惹かれていた。


 その燃え上がる炎のような熱量は、修二を惹きつけてやまない。

 林間学校で夜に燃やしたキャンプファイヤーに、うっかり手を伸ばしてしまうような。

 それをすれば火傷するに違いないのに、手を伸ばしたくなる衝動。


 並び立つ自分を想像する。その甘美を享受したくなる。

 けれどそれは……それは――。


「社会人が出てくるのは夜だろうけど……ちょっと歯ごたえなさすぎるわな」


 修二は上っ面で同意した。


 決して相手を侮辱するつもりはない。

 夏希という強者を身近に置いたことで物差しが狂いつつある(そしてそれを自覚している)修二だけれど、実際自分とイスカだけで戦ったなら勝てたかどうかという猛者ばかりだ。

 ただあまりに苦戦しなさすぎた。それは事実だ。

 なにせイスカが露骨に手を抜いているのだから。


『優勝候補のプレイヤーは皆様子見をしているのだと愚考します』

『このレート戦ってさ、相手の出方を見て、こいつが強い、こいつの傾向はこうだ、って分析する時間よ?』


 二人して振り返ると、イスカとセレネは並び立って主の顔を見た。


『今までのと違って純粋な通常対戦でしょう? 腕の良し悪しが一番出るから。それに選択式マッチングのレート戦なら、本当に強い奴はすぐレート伸ばせるわ。今の夏希みたいに』

「セレネ、それイスカちゃんの入れ知恵?」

『もちろん。私がこんなこと考えてるわけないじゃない?』


 悪びれずに言うセレネに、夏希は「そりゃねー」と悪意混じりに同意した。

 イスカがセレネに講釈を垂れる様子を想像して、修二はちょっとだけ笑った。


『試合前に少々解説しておきました。互いに手の内を隠していたのはそういう事情です』


 修二は目を丸くした。イスカは一度も『必殺技』を使わなかったし、ジェット飛行も控えめだった。

 夏希の様子だと、セレネもいろいろ隠し玉を残していたらしい。


「なんだ、俺はてっきり……」

「相手が弱すぎてやる気が出ないんだとばかり……」

『否定はしないわ』


 セレネはセミロングの後ろ髪をさらりと払った。修二はイスカの無言の同意を見て取った。


 夏希やセレネも大概だが、イスカも輪をかけて戦闘狂だと彼は知っている。

 彼女は隠しているつもりかもしれないが、戦いを前にした時の彼女の眼光を見れば一目瞭然だった。

 今、歯ごたえのない戦いの連続で不満が溜まっているのも、修二はなんとなく感じていた。


 そしてこのままでは恐らく、この三人は延々と戦闘を続けるだろう。既に疲れてきた修二は、十分にレートを稼いだこともあって休みたかった。

 ウェアコンに触れ、ホーム画面の右上隅の時計を拡大化。いつの間にか昼をとっくにすぎていた。


「……腹減ったし、休憩しないか?」

「そうだねー。疲れてるのに無理したって勝てないしね」


 意外にも夏希が同意し、それに、と付け加えた。

 そして可愛らしく腹をさすった。


「私もお腹すいた」


 照れたように笑う夏希から修二はどうにか視線を剥がし、イスカを見つめなおした。

 どこかいつもより冷たい気がするイスカの目線が火照った顔には清涼剤だった。


「あー……イスカ。とりあえず鎧はしまっていいぞ」


 咄嗟に捻り出したその言葉に、イスカは呆れたような顔をした。


『……では、少々失礼します』


 イスカは断りを入れて、強化アームド鎧骨格エグゾスケルトンを裏返した。


 分厚い手甲が物理的に有り得ない動きでめくれ上がり、滑らかなシルクの手袋へと変じる。

 アーマースカートの溝から布地が膨れ上がり、それが重力に従って垂れる。

 イスカがすっとスカートを撫で付けると、装甲が生むはずのごつごつとしたシワはどこにもなく、絹に覆われた両手が走るたびに、すらりとしたシルエットだけが浮き彫りになった。

 サーコートはその紋章を失って、白い布地に変じる。その裏からこれまた白い布地が広がったのをイスカは細指で捕まえて、腰に回して帯をきゅっと締める。

 最後に、額を飾るサークレットを頭の上へと押し上げると、それはいつの間にかフリルのついたカチューシャとなっていた。


『あんたも好きね』

『従者ですので。……貴方の方がよほど好き者でしょうが』

『そりゃ、好きだし』


 イスカの吐き出した毒をさらりと受け流して、セレネは優雅に後ろ髪を払った。イスカは溜息を吐いた。


 こんな姿でも、空を舞い敵を屠る戦闘中は恐るべき天使のように見えるのだから不思議なものだ。

 そもそも見目麗しい姿をしているのだから、これで静かに、ワンピースでも着ていれば、お淑やかなお嬢様にも見えただろう。

 灰色の長い髪と、色素の薄い肌色。それだけなら、儚く溶けて消えてしまいそうな印象さえあるというのに。


 痴女はノーカン。修二は言い聞かせた。


『……場所を移しましょう。ご案内いたします』


 イスカはメイドらしく粛々と告げて、先導して歩き出した。

 彼女の癖とはいえ、最近イスカに溜息をつかせてばかりな気がする。


 ふと自分の周りを見回すと、目を瞠るような美少女ばかりだということに気付いて、修二は胃が痛くなってきた。

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