003 太陽の少女と地を這う少年





 カプセルピットから出るのも億劫で、修二はもう何分もそこに座ったままだった。

 砂嵐と機体停止の表示を垂れ流す拡張現実ARディスプレイの前で、自分に何が出来ただろうかと、修二は茫然自失していた。


 右手でヒートソードを抜きつつ左のアサルトライフルを向けて、引き金を引いた時にはもう、左腕はなかった。

 そう理解する前に蹴り飛ばされ、事態を認識した頃に足がなくなった。ヒートソード一本であの巨剣を受け止められるはずもなく、そのまま右腕も喪失。

 壁で無様にバウンドした機体は、綺麗に四分割された。


 その後の一瞬、いや自分にトドメを差す前から既に彼女は片手の剣を投げていて、イスカはこっちに気を取られた一瞬で動きを止められ、剣の餌食になった。

 ……自分の相手など片手間だった。


『修二様』


 振り向くと、イスカは小さく頭を下げた。


『申し訳ございません』

「……お前のせいじゃない」


 修二は首を振った。

 イスカの姿に傷は一つもないけれど、修二はその胸に空いた大穴をはっきりと覚えている。ああなったのは偏に修二の実力不足が原因で、それが、修二の胸に重く凝りになっていた。


 たとえ彼女が、バックアップからモデルデータを読み直せばいくらでも修復される、非実在性の知性だとしても。

 飾り気なく仮想戦闘競技と名付けられた電子戦争の真似事Eスポーツ、その尖兵だとしても。

 いや――だからこそ、修二は負けるのがつらかった。


 勝つのは楽しい。負けるのはつらい。相棒が傷つくのは嫌だ。


 また飽き性が顔を覗かせる。勝てないゲームはつまらない。つまらない事を続けたくはない。


「うまくないなぁ、本当に」


 イスカは無言で目を伏せた。

 修二が続けている理由の半分はイスカだった。一人でやっていたなら、とっくの昔に投げてしまっていただろう。感謝すべきか、それとも。


 いずれにせよ、まだまだやめるわけにはいかない。


 己の従者の、無表情を貫こうと必死なその顔を見るたびに、つらく苦しくなって。だから勝ちたくなる。そんな顔を見たくてここにいるわけじゃないと、情けなさで死にたくなって、走り出す。

 後ろ向きな原動力だと自分でも思う。


「……行こうか。反省会は後でだ」


 そう言ってシートから腰を上げて、右腕に巻いたバングルに触れた。

 腕時計型のウェアコンから停止命令が放たれ、周囲のナノマシンが発光を停止。ARディスプレイが消滅する。


 後に残るのは、座席と照明がぽつんとあるばかりの、殺風景な狭い個室。モニターどころか操縦桿すら存在しない。


 全ては粒子の生み出す幻だ。

 戦場すらも。


 世界の全ては繋がっている。呼吸のための大気すら、最早人間にとってのソーシャル・コミュニケーション・ツールに過ぎない。

 この大気の一粒子が繋がり合ってあの戦場に続いている――そんなことですら修二の気を滅入らせた。


「うまく、ねぇよな」


 稀にいるのだ。天才という奴らが。凡人とは初めからすべてが違う、頂点を決定づけられた存在が。

 それはまさしく、あの化け物に違いなかった。


 平凡で特別なことの何一つない、どこにでも掃いて捨てるほどいる男子高校生の鷲崎修二とは、スタートからして違うような奴がいる。

 ――現実で何度も味わった不公平さに、ゲームの中でまで打ちのめされる――。


 溜息すら出てこない。嘆く余裕もなかった。

 暗澹とした部屋からせめて外へと出ようとして、しかしドアは勝手に開いた。


 アリーナの喧騒をバックに、少女が立っていた。


 ひらりと揺れるポニーテール。背は小さく、しかし体つきは豊満だ。トランジスタグラマーというやつだ。

 日本人らしい黒髪と、日本人らしくない青い瞳。ハーフだろうか。いずれにせよ偽りのない美少女だ。平々凡々を地で行く修二にとっては高嶺の花だろう。

 何故か肩で息をしていて、わずかに汗ばみ、頬は上気していた。


 とりあえずはそこまで把握した。

 修二には、うろたえる暇もなかった。


「――見つけた」


 その声が先程の化け物のそれだったから。


「え……?」


 修二が硬直する間に少女はずかずかと狭いピットへと踏み入ってきた。当の修二はその様子をぽかんと見ているしかない。

 イスカは、少女の決然とした様子に静観を決めた。


 掴みかからんばかりの勢いで、少女は修二に詰め寄った。


「あ、あの、君、なんで……ここに?」


 吐息のかかる距離。

 鼻先が触れ合うか否かの所で、少女はようやく動きを止めた。


 その空のような瞳の奥に燻る、太陽さえ霞むほどの、熱――。


「君、さいっこうだったよ。さっきの勝負!」


 魅了されるようにして、修二はそれを覗きこんだ。

 青空のような目の向こう側にぎらつく光。地平線など映りもしない。遠く高くから、なお遠く高くを見上げる視線。

 鳥のよう。あるいは、太陽のよう――。


「だから――」


 何が楽しいのか、少女が蕾の綻ぶような笑顔を見せたとき、それは一際輝いた。



「――ね、私とチーム組もうよ!」



 気が付くと、修二は彼女に手を引かれてピットの外へと向かっていた。


 いつ頷いたかも分からないけれど、暗がりから踏み出した一歩を、修二は生涯忘れない。





 ――少女の名前は雛森夏希。

 修二は彼女を、絶対無敵の主人公と評する。

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