第49話 49 撃つと動く!

「……どう思う、玲次?」

「デカいな」

「いや、そういうこと訊いてんじゃなくて」

「わかってる。このサイズは……ユキさんの、だな」


 唐突に出現した異物に戸惑いながら、晃はこんなものがココに落ちている意味を考える。

 優希が、何の意味もない行動をとるとは考え難い。

 ということは、そうせざるを得なくなったか、何らかのメッセージが含まれているか、そのどちらかだろう。

 玲次が、ブラジャーを拾い上げて布地を指先でこする。


「汗で湿ってる」

「となると、やっぱり優希さんがつけてたヤツか……おい、嗅ぐな嗅ぐな」

「いや、別にエロい気持ちじゃなくてだな、僅かなりともヒントを拾おうとする、オレなりの真剣さ?」

「自分で言いながら、もう疑問系じゃねぇか」


 玲次の手からブラジャーをもぎ取り、晃は文字でも残されていないか観察する。

 何も発見できなかったので、メモ代わりに落としていったのでもないらしい。

 しばらく考えてみた晃は、やがて正解らしきものに辿り着く。


「落ちていたモノじゃなくて、落ちていたコトに意味があるのかも」

「……あんだ、そりゃ?」

「普通なら、こんなとこにブラが落ちてるワケないだろ? だから、普通じゃない何かが起きたんだって、遠回しに伝えようとした」

「んー、どうしてそんなややこしい真似を……あ」


 何かに思い当たったらしい玲次は、目つきに凶暴性を宿す。

 晃は肯定の意味で頷き返し、話を続ける。


「きっと霜山だろう。あいつに遭遇した結果、イレギュラーな状況に陥ったのを伝えようとしたんじゃないかな、優希さん」

「なるほど。しかし、情報が足りなすぎる」

「確かに……だけどな、玲次。ヤバい事件が発生してるのを知ってるだけでも、不意打ちからのパニックが避けられる」


 晃の説明を聞いて、玲次は硬い表情で無理な微笑を浮かべる。

 余裕のなさは丸出しだが、見ているのはどうせ自分だけだしな、と判断して晃はツッコまないでおく。

 不測の事態が進行しているのは予想できたが、その内容となると想像がつかない。

 こんな仕込みができるくらいだから、優希は結構な余裕があったのか。

 或いは佳織と優希を拘束した後、こちらの混乱を招く目的で霜山が置いていった可能性もある。

 

「晃、あのデブが何かしてくるにしても、多分ここじゃないだろ……先に行くしか、ないんじゃないか」

「そう……だな」


 辺りに人の気配はない。

 何かあるとすれば、正門へと向かう道の途中だろう。

 

「玲次、明かりは消してから行こう」

「ん、あぁ……それだと相手に先に見つかる、か」

「ついでに、声を出すのもナシでな」


 ランタンの火を消し、ライトのスイッチも切る。

 門からここまでは木陰くらいしか身を隠せそうな場所がなかったし、月明かりもワリと皓々こうこうとしている。

 なので、何をやっても気休めにしかならないだろうが、少しでも危険性を下げられるなら下げておくべき、という判断だ。

 

 晃と玲次は息を潜め、足音を立てないようにゆっくりと移動する。

 鳩の声がうるさいのもあって、そこまで警戒する必要もないのだろうが、霜山とその仲間達の頭のオカシさを見せつけられてきた二人は、どうしても慎重にならざるを得ない。

 薄闇の中、目を凝らしながら歩を進めていた晃は、十数メートルほど先の道の上に闇が濃い部分を見つけて足を止める。

 

「いきなり止まんな」

「何か、ある」


 すぐ後ろを進んでいた玲次からのささやき声での抗議に、晃も同じ音量で返す。

 そのまま真っ直ぐ進むのは躊躇ためらわれたので、二人はとりあえず身を隠そうと近くの並木の陰へと移動した。

 晃は顔だけを木陰から出し、さっき発見した塊の正体を判別しようと凝視する。


「何かって、何だったんだ」

「人っぽい……座ってるのか、うずくまってるのか。そんな感じの影が二つ」

「カオリさんとユキさん?」

「多分。霜山も近くにいるんだろうが……」


 晃と玲次は早口の小声で言い交わしながら、霜山の気配を探す。

 普通に考えて、姿を晒している二人はおとりだ。

 無警戒に近寄れば、確実に罠にかかることになる。

 だからといって、ここに隠れ続けていても状況が好転する要素はない。


 霜山の方からアクションを起こしてくれると、こちらも対処のしようがあるのだが。

 そんな都合のいいことを考えつつ、晃は不自然な音を拾おうと耳を澄ます。

 微かな泣き声が、木々のざわめきに混ざっているようだ。

 佳織か優希が泣いているのか――きっと佳織だろう。

 動きを止めると、体中の痛覚が治療を求めて暴れ始め、晃の思考を乱してくる。

 

「どうにか、霜山をおびき出したいんだが……アイデアないか、玲次」

「アイデアっても、なぁ」


 考えがまとまらずにブン投げた晃に、玲次は苦味たっぷりな声で応じた。

 そして七回の呼吸音の後、玲次はやや投げ遣りに思い付きを並べる。


「こっちから堂々と姿を現すなり、大声で呼びかけるなりしてみれば、案外アッサリ出てくるんじゃねえの」

「かも知れない、が……リスクが高すぎる」

「罠にかかったフリで、オレか晃のどっちかがあの二人に駆け寄る。そこで霜山が何かしてくるだろうから、残った一人が全力でブッ飛ばすのはどうだ」

「相手の罠が致命的なモンだった場合、取り返しがつかん」


 晃から連続しての即答ダメ出しを受け、玲次は苛立ちを隠さずに忙しく髪を掻き回す。

 しばらくそうしていたが、不意に手を止めると足元に目線を落として固まる。


「フリーズすんな、玲次」

「いや……古典的なネタだが、一つ閃いた」


 言いながら玲次は、足元に転がっていた枯れ枝の中から一本拾い上げる。

 太さが五センチで長さが四十センチほどの、投げるには丁度良いサイズだ。

 玲次の意図を把握した晃は、作戦にGOサインを出す意味を込めて頷く。

 数メートル離れた場所で、無秩序に枝葉を茂らせている低木。

 そこを指差した玲次は、数秒後にサイドスローでもって枯れ枝をブン投げた。

 

 ガサササッ


 見事に命中した枯れ枝は、不自然に大きな音を撒き散らした。

 その直後――


 パンッ


 と間の抜けた音が鳴り、数瞬遅れて石が割れるような音が響いた。

 晃と玲次は無言で顔を見合わせ、互いの困惑した表情を確認する。

 こんなシチュエーションなら、持ち出されても不思議はない。

 だが、サディスト丸出しのクロや、人間凶器と呼ぶしかないリョウのインパクトが強すぎたせいか、その武器の存在がスッポリと抜け落ちていた。


「……ふざけんなよ」


 歯軋りの後で吐き出された、押し殺した玲次の声。

 晃としても同感だが、誰に抗議をしようと状況はくつがえらない。


 霜山は、拳銃を手にしている。

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