第41話 41 事実確認という名の拷問

「さて、と……」


 誰も何も言わずに時間が一分ほど経過した後で、晃は区切りをつけるようにタメを作りながら言い、それから佳織の方を向いて訊く。


「この馬鹿に色々と訊きつつ、佳織さんにも俺らがいなくなってからの話を教えてもらいたいんだけど、大丈夫かな」

「……うん」


 明らかに大丈夫からは程遠い表情で頷く佳織だが、精神的な余裕も事件的な余裕もないので、晃は気付かないフリで話を進める。

 やっとのことで自分がどれだけ危うい状況にあるか察したらしいクロは、耳障りにも限度がある呼吸音を荒げつつ、動かせない手足の代わりに視線を忙しなく移動させている。

 どうにかして助かる方法を探っているのだろうが、クロを囲んでいる三人には助ける理由はドコをどう探しても存在しなかった。


「まず、佳織さん。俺らがあの地下室から出た後、何があったか教えて」

「あの、アレの後、は……」


 思い出したくもないことを無理に思い出そうとしているせいか、佳織は言い澱んでその表情を盛大に歪ませる。

 優希はそんな友人に寄り添いつつ、自分も苦々しげに眉間に深い皺を刻んでいた。

 あそこで起きたことを思えば無理もない――そう考える晃も、日常生活ではまず浮かべる機会のない凶相でもってクロを見下ろしている。

 地下室の惨劇を体験していないダイスケも、三人の様子から何かを感じ取ったようで、何も言わずに照明係に徹している。


「ケイタとレイジくんが、何も言ってないのに二人でタイミングを合わせて、シモヤマに飛び掛ろうとしたんだけど……あのキモいハゲマッチョが」

「リョウ、だね」

「そう、その、そいつが凄いスピードでシモヤマの前に出てかばって。膝から突っ込もうとしてたケイタを何気に受け止めたと思ったら、そのままポイッて投げ捨てるみたいに」


 実際に見ていないと信じられない動きだが、あのリョウの体格ならそれくらいこなしても不思議じゃない。

 

「その時、玲次はどうしてたの」

「レイジくんは、えーっと……ああ、走ってドアの方まで行って、開けてから何か叫んでたけど、シモヤマにあのビリビリするやつ撃たれちゃって」


 なるほど、あの時に聴こえた玲次の叫び声はこれか。

 戻ってもやっぱり無駄だったと分かり、救われた気分になる晃だが、その一方で見捨てて逃げたのには変わりない事実を思い知らされてしまう。

 しかし、ここで落ち込んでいても仕方がない、と割り切れる程度には冷静さを残していた。


「そうか……ここまで、合ってるか」


 問われたクロは、間を置かずにコクコクと頷き返す。

 話の中に自分が出てこないから、取りつくろったり誤魔化したりの必要もないってことか。

 そんなセコい計算に気が付いた晃は妙に腹立たしくなってきて、クロの右足の甲を加減ナシにかかとで踏み潰した。


「ぷゎだっ――」

「で、それからどうなったんだ、佳織さん」

「それから……シモヤマがまたペナルティがどうとか言いだして、何かやばそうだったんであたしが叫んだら、こっ、こいつがっ!」

「ぁぐっ」


 表面上は落ち着いているが、水面下では沸騰寸前をキープしていた佳織が、クロの左肩の辺りを勢い良く蹴り飛ばした。

 クロがもがいて、ガチャガチャと手錠と足枷の鎖が鳴るのを聞きつつ、晃はまた佳織を制止して強めに注意する。


「だから、やめろって! 一々そんなんやってたら話が進まねぇから」

「で、でもっ!」

「ケイちゃんと玲次の命、懸かってんだよ。ちょっと、マジになってくれよ佳織さん」

「あっ、ん……そうだね、ごめん」

「それで、叫んだらこいつが?」

「そう、このクソッタレがあたしの首に腕を回してきて、気付いたらあの部屋に」


 頚動脈けいどうみゃくを圧迫し、絞め落として気絶させた、ってことだろうか。

 ともあれ、これ以上は佳織からの情報は期待できそうにない。

 晃は、プペップペッと奇怪な音を小さく発しながら、首を不自然に揺らしているクロを見下ろす。

 こいつはこいつでマトモに話せなくなってるが、とりあえず慶太と玲次の状況だけでも把握しておかねば――そう考えて尋問を開始する。


「おい。あいつらは? 霜山とリョウは、まだ地下にいるのか?」

「……べぅ」


 短く唸ったクロは、首を縦にも横にも振らずに軽く傾げる。

 俺にはわからない、という意味か。

 問い詰めてもらちがあかない気がするので、晃は質問を変える。


「ケイちゃ――慶太と玲次の二人は、どうなってる。霜山達と一緒か」


 クロは今度は何も言わず、さっきと同じジェスチャーを返してくる。

 こいつ、ちゃんと答える気があるのか。

 のらくらと適当に応じて、この場をやり過ごすつもりじゃないのか。

 そんな予感が晃の頭に血を上らせ、金属バットの一振りとなってクロの左肩口を殴りつける。

 地面に落ちた氷を踏み潰したような音で、自分の一撃が鎖骨を折り砕いたのが分かった。

 

「ぼぅ――ふぉおおおおぉおおおっ!」

「イエスかノーで答えろ、って言っただろ。で、一緒なのか?」

「ずぉふっ、ぱはっ――ひっ」


 本格的な呼吸困難と痛みで顔を真っ赤にしたクロが、ヤケクソめいた動きで頷きを繰り返す。

 このままだと本当に死ぬかも、と判断した晃はクロに噛ませたタオルを掴み、荒っぽく引き下ろす。

 手についてしまった不快な汁気を払っていると、不意にダイスケが口を挟んでくる。


「つうかよ、慶太ってまだ生きてるのか」

「げぁ……ぱふぁ……」

「腕を斬って、そのままだったら……」

「おい! 何言ってんだ、馬鹿かてめぇ!」

「ぉふっ――」


 場の空気に当てられたのか、言わなくていいことを口にするダイスケの腹に、バットのグリップを強めに突き入れる。

 派手にせながらうずくまったダイスケの先には、どういうことなのか詳しく聞かせろ、と目線で訴えてくる佳織の顔があった。

 どうにか触れずに話を進めようとしてたのに余計な真似を、と蹴りの二、三発もダイスケにぶち込みたくなるのを我慢しながら、晃はなるべく深刻にならないように、嘘を混ぜつつ言葉を選んで説明を始める。


「あー、アレだ。俺ら三人が外に逃げようとして、病院の玄関前に辿り着いた時に、このクロがな。脅すつもりなのか何なのか、屋上かどっかから人の腕を投げてきて」

「うゎ、そんな……」

「降ってきた腕はまぁ、本物だったけど、それがケイちゃんかどうかまでは。多分、ダイスケの仲間のだったりすんじゃないかな」


 ちょっと苦しさが否めない内容になったせいか、佳織はまるで信じている様子がない。

 とにかく、ここで話を切ってしまって尋問を続けようと晃が向き直ったところで、クロが血に唾の混じった液体を二度三度と吐き出し、薄ら笑いと思しきものを形作る。


「ぷはっひゃ――げっ、ゲイタならもう、じっ、じんでぅ、ぜ……ぷひっ、ごぁ――」


 慶太ならもう死んでる、と聞き取れてしまう言葉を笑いを堪えられない感じに発したクロの頬に、晃は多少の手加減をしながらも勢いのあるスイングを叩き込む。

 それによってクロを黙らせることには成功したが、表沙汰にされた物事はもうどうしようもない。


「しっ、死んでる? ケイタが死んでるって、ちょっと、ねぇ、どういうこと?」

「いやいやいや、俺らにもわかんねぇから、そんなん言われても」


 突き放し気味にそう言った晃は、この調子だとテンパッた佳織に無駄な時間を使わされると判断し、回収を忘れていたランタンを取りに行くことにする。

 そうと決めた晃は、救いを求めるように自分を見てくる優希の耳元に顔を寄せ、早口の小声でもって告げる。


「さっきの部屋で、ランタンとってくる。戻ってくるまでに、どうにか佳織さんを落ち着かせといて」

「ん……わかった」


 表情は「無理だって」と言いたげだったが、優希は静かにそう答えた。

 部屋から出る前に一応辺りを窺ってみるが、人が近付いてきたり潜んでいたりの気配は感じられない。

 晃は小走りで処置室へと向かい、転がっている死体や慶太の現状や自分達のこれからについての思考を停止し、無心で二個のランタンを回収して浴室へと急いで戻る。


 そして、何事もなく戻ってきた――のはいいが、様子が明らかにおかしい。

 ぬぢゃ、ぐちゃ、べとっ、という感じの泥を掻き回すのに似た音が、浴室の奥から聞こえてくる。

 なのに、話し声はまったくしない。

 これは何かイレギュラーな事態か、と思いつつ足音を立てずに奥に向かう晃。

 数秒後にその目に飛び込んできたのは、バールで顔面を耕されているクロの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る