第40話 40 ちょっと何言ってるかわからないです
「どこ行けばいいの、晃くん」
「えーっと、そうだな……うん。風呂だ、風呂場行こう」
優希に訊かれ、晃は深く考えずに思いついた場所を答える。
短時間で決めなければいけないことが多すぎて、脳が機能不全を起こしかけているようだ。
「ぅぶ……けぅぽ」
引きずっているクロから、小さく呻き声だか何だかわからない音が漏れる。
気が付きかけているのだろうか。
完全に意識を回復したら、暴れられる可能性が高い。
面倒なことになる前に、キッチリ拘束してそこで情報を訊き出さねば。
「無線は、放っといても?」
「ああ。不審がられて探りに来られる前に、やることやっちまおう」
ダイスケからの質問に返事をしつつ、晃は混濁気味の頭の中を整頓する。
まずは浴室のどこかでクロを尋問し、慶太と玲次の状況について確認してから、霜山やリョウに関する情報も引き出す。
そこで得た情報を元に慶太と玲次を救出し、霜山とリョウを無力化。
それからこの病院を逃げ出し、重傷の慶太を速やかに病院へと運び込む――
並べてみると、やるべきことはシンプルだ。
しかし、達成までの難易度は尋常じゃない。
優希に懐中電灯で照らしてもらい、晃はクロの手錠を一度外してから、風呂場の壁に取り付けられた手摺りにつなぎ直す。
ついでに、クロの大人のオモチャ箱に入っていた、冗談みたいな鉄製の足枷もはめておいた。
とりあえず一段落させた安心感で、大きな溜息を吐く。
そして、バットで自分の首筋をトントンと叩きつつ、項垂れたままのクロを見下ろす。
さて、コイツからどうやって必要な情報を得ればいいのか。
何を知っていて、どこまで話すだろうか。
予想が正しければ、クロは自分が被害者の立場になる状況に滅法弱いはず。
何だったら、拷問を匂わせただけでベラベラと喋ってくれるかもしれない。
少々甘いかな、と思いつつ晃が思考を巡らせていると、ダイスケが左横に並んで呟く。
「まずは、このバカ起こそうぜ」
「ん、そうするか」
「待ってアキラ……あたしがやる」
硬い声に反応して振り返ると、強張った表情の佳織が目に入った。
救出直後に比べればかなり落ち着いている――が、まだ指先は震えているし挙動にもぎこちなさが残っている。
だが、ここでクロを一発殴らせておけば、心理状態はもっと安定するかも。
そう判断した晃は佳織に頷き返し、この場を任せてみることにした。
優希の懐中電灯に背中から照らされ、佳織の影が拘束されたクロを覆っていく。
大きく息を吸い込んだ佳織は、クロまで二歩くらいの距離まで近付いた。
「のぉん気に寝てんじゃねぇ、よっ! このクサレ包茎野郎がぁああっ!」
ドスの効きすぎた叫声と共にスパァンと音が鳴り、床にへたり込んだクロの顔面にキレのある蹴りが炸裂した。
その衝撃で、クロに噛ませていた血と涎に塗れたタオルが外れる。
全力ビンタを食らわせる程度だと思っていた晃は、二発目となる胸板への前蹴りを繰り出した佳織を羽交い絞めで止める。
放り捨てたバットが、タイル張りの床を転がって甲高いノイズを散らした。
「待て待て待て待て、待ってくれって、佳織さん! 死ぬから! そんなんじゃ話聞く前に死ぬから!」
「だって、こっ、殺さなきゃ! 早くコイツ殺さなきゃダメじゃん! ダメじゃんか!」
喚きながら晃の腕を振りほどこうとする佳織は、女性のものとは思えない力を発揮している。
息は荒いのを通り越していて、過呼吸寸前と思しき興奮状態だ。
手の震えは拡大されて全身に広がったらしく、本人の意思とは無関係に
これは怒りでリミッターが外れかけている状態、というヤツか。
「わかった、わかったから、まず落ち着こう。な?」
「深呼吸して、佳織。ゆっくり、ゆっくり……そう、そういう感じに」
晃と優希に代わる代わる宥められ、佳織の呼吸と震えは少しずつ鎮まっていく。
ダイスケは、結構な勢いで風呂場の壁に頭をぶつけ、現在進行形で鼻血を垂れ流しているクロの肩を掴み、派手に揺さぶって起こそうとしている。
頭を打った相手にその行為はアウトだろ、と思わなくもなかったが、止めるのも面倒なので好きにやらせておく。
そうこうする内に佳織はだいぶ落ち着いて、クロも一応は意識を取り戻したようなので、晃は尋問を開始することにした。
小声で曖昧に何事かを呻いているクロの
「んぁ――ふぅわっ!」
「目ぇ覚めたか、糞ボケ」
「あんだぁ、へめぇ……んぉ、おい! あんだよ、ほりゃ! はぶへぇごぅらっ!」
状況は把握しきれていないようだが、自分が手錠と足枷で拘束されていて、武器を持った連中に囲まれていると認識したらしいクロは、習性のように大声で威嚇してくる。
晃の奇襲と佳織の蹴りで口の中がズタズタなのか、発音はかなり覚束ないが。
とりあえず、自分の立場ってのをわからせる必要がある。
そう考えた晃は、何も言わずにクロの髪を掴んで頭をぶつけ気味に壁に押し付けると、ライターを点けてその火先で鼻の頭を炙った。
「ぁがっ、ひゃめっ! わちゃ、ったっ、ふぇめっ、けぺんなよおいおいおいおいおいおいっ! おあっ! あづっぅああああああああああああぁぁあああっ!」
「次にナメた発言があったら、耳も焼く。わかったか?」
バチン、とやかましく音を立ててライターの蓋を閉め、晃は最大限に冷徹さを込めた声を作ってクロに告げた。
しかし、危機意識にとことん乏しいのか空気が全く読めないのか、或いはキレて判断力が鈍っているのか素で頭が絶望的に悪いのか、クロは血と肉が焦げる臭いが自分の黒ずんだ鼻から発せられているも気にしないで、晃に猛然と食って掛かる。
「あぁ? あにってんや、ふぇめぇ! ふぉんなんやって、たられすむと――あづづづっづづづっ! ひゃめ――あぢぃああっ、あづづづづっ、ひゃめおって! わかっらぁあら!」
「テメェがわかっても、コッチは何言ってんだかサッパリわっかんねーんだよっ、クソが!」
まるっきり立場を
「ぉがっ――」
何かが壊れる感触にも、ゆで卵を踏み潰したような音にも、心はピクリとも動かない。
さっきは佳織を止めた晃だったが、この男を殺してやりたい気持ちは一緒だ。
「ぶぅうううううじゃ、うぉおおおぁごっ――」
鼻を折られたクロは、鼻血と喚き声を散らし始めるが、晃は外れていたタオルをもう一度噛ませ、頭の後ろでキツく縛って黙らせる。
血と涎で薄汚れていたタオルは、鼻の穴から噴出する鮮血によって、瞬く間に赤みと重みを増していく。
バットを拾い上げた晃に、やや引いている雰囲気のダイスケが声を掛けてくる。
「な、なぁ……それじゃ、何も訊き出せなくないか?」
「どうせコイツ、もう何を言ってんだかわかんねぇ」
「つっても、よぉ」
「だから、コッチの質問でイエスなら首を縦に、ノーなら横に振れ。わかったか? ……わかったらどうすりゃいいんだ? ん?」
ダイスケの疑問に答えつつ、晃はクロに尋問のルールを伝える。
本当ならば、一文節ごとに一発ずつ顔面を全力で殴りたいくらいにクロへの憎悪が高まっているのだが、そこを何とか堪えてバットで小突くに留めておく。
血と猿轡で呼吸困難に陥っている様子のクロは、「ゴピュ」「ボピュ」と水気の多い音を立てつつ、晃を睨みながら頷く。
その眼光は相変わらずのふてぶてしさを感じさせたが、身の危険がかなりの高水準に達していることを本能が察したのか、全身は小刻みに震えていた。
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