第五章
第37話 37 反撃の烽火
次にこの非常口を通る時には、六人一緒で。
そんなことを念じながら、左手にミニライトを持ち替えた晃は、赤錆だらけの鉄のドアを静かにゆっくりと開ける。
いくら武器を調達できたといっても、考えなしに正面から突っ込んでしまえば、リョウという規格外の怪物に蹴散らされる可能性が高い。
なので自分達のこれからの行動には、計画性と隠密性が重要になってくる。
「連中は、まだ地下でウダウダしてるかな」
「どうだろ……私達を逃がしたら遠からず警察に踏み込まれる、ってのは分かってるだろうから、やることやったら逃げるんじゃない」
やること――の内容を思い描いて、晃は軽い
優希がやさぐれるのは無理ないし、推測の内容も的を射ているとは思うが、もうちょっとこうオブラートに包んでくれても。
そんな感じの不満は
「あんたは、どう思う」
「ん……情けない話だけど、俺は殆ど捕まりっぱなしだったし、あのクソ野郎共の考えてることなんて……あっ」
小声で交わしていた会話の中で、ダイスケは何事かを思い出した様子を見せる。
そして手にしたバールをスイッと持ち上げると、ドアが開け放たれたままの部屋の中を指し示した。
そこはさっき、晃にタックルをカマすべくダイスケが飛び出してきた場所だ。
「その部屋が、どうかしたのか」
「俺がここに閉じ込められた時、な……『残念ながら現場にいねぇお前にも、臨場感たっぷりのライヴを楽しませてやる』とか言って、クロが小さいラジオみたいなのを置いてった」
「ラジオ……まぁ、こんな山の中でも、ラジオくらいなら入るか」
「いや、それがラジオじゃなくて、何つうの、無線機? みたいなヤツで。しばらくしてから聴こえてきたのは、女の叫び声で……多分、サクラの」
スピーカーから流れてきたサクラの苦悶や断末魔を思い出したのか、ダイスケはきつく唇を噛んで言葉を切る。
優希はそんなダイスケを気遣わしげに
話がどこに落着するのか読めなかった晃も、黙ったままにダイスケの話が再開されるのを待つ。
「そんなん聞きたくなかったし、机に体当たりして無線機叩き落して、したらスイッチ切れたのか止まったんだけど……それ、まだ使えるなら相手の無線連絡とかが、こっちで聞けるかも」
「……おお!」
連中が小型の無線で連絡を取り合っていたのは、晃も目にしている。
これはもしかすると、相当なアドバンテージになるかも知れない。
部屋の床に残る、拘束を解こうとしたダイスケによる大暴れの痕跡、そいつをバットの先で掻き分けると、無線機らしき機械が発掘された。
拾い上げて、「これか?」と訊くようにダイスケに示すと、小さく頷いた。
シンプルな見た目の白い機械、その側面にあるスイッチを入れると、低いヴォリュームでホワイトノイズが流れてきた。
「電源は入るけど、何も聞こえんな」
「ダイヤル、いじってみたら」
優希に指摘されて、つまみを少しずつグリグリと動かしてみるが、ノイズの強弱が変わるだけで意味のある音は拾えなかった。
「壊れちまったか」
「奴らがスイッチを切ってるのかも。とりあえず、持って行っても損はなさそうだし……優希さん、これのチェックを頼めるかな」
「う、うん。電源入れっぱなしで、時々ダイヤル回してみる感じでいいのかな」
「じゃあ、そういう方向で」
晃は受信専用らしい無線機を優希に手渡す。
細々とした物を入れたコンビニ袋は預けてあるが、武器は携帯していない手ぶら状態だから丁度いいだろう、という判断だ。
部屋から出ようとする寸前、壁の下方に設置された四角い何かがあることに晃は気が付いた。
その縦長のプラスチックケースを開けてみると、中には三十センチほどの頑丈そうなマグライトが収められていた。
「お、こんなトコに懐中電灯が」
「元が警備員の待機所っぽいし、予備用のライトかね」
晃がスイッチを入れると、白っぽいLEDの明かりが広がる。
ミニライトの他には、ワゴンRで回収したバーナーしか光源がなりそうなものがなかった、暗がりで不利になりすぎる状況をやっと脱出できそうだ。
ダイスケが手を伸ばしてきたので、反射的にマグライトを渡しそうになるが、何かと
部屋を出て少し歩くと、特に何事もなく半端な広さのホールへと辿り着いた。
「さて、どっちに向かったもんかな」
「ええっと……ここからだと、どこへどうつながってるんだ?」
「奥に向かうと上階への階段、そっちがA棟っていう病室の並んだ区域。さっき通ってきたのがB棟で、あそこと作りは大体一緒だけど、非常口が塞がってるね。で、こっちが病院の正面入口で、その手前の部屋から地下に行ける」
位置関係をイマイチ把握できていない様子のダイスケに、優希が身振り手振りを交えて簡潔に説明していく。
怯えてるところとテンパってるところしか見ていなかったが、開き直っていつもの自分を取り戻したらしい優希は、驚くほどにポテンシャルが高い。
それはさて措き、これからどう動くべきかの検討を晃は本気で始める。
A棟は多分、行ってみても何もないだろう。
慶太と佳織が捕まった場所だが、それ以上の情報は特にない。
二階や三階、というのも重要性が低いと思われる。
どこかの窓からクロが慶太と翔騎の腕を投げてきたが、あの追い討ちのイヤガラセの他には、単独行動をする理由はなさそうだ。
となりとやはり、地下で惨劇が進行していると考えた方がいい。
一刻も早く阻止すべく気持ちは焦るが、そのための方策は何も思い浮かばない。
『キュルル――ミッ――にも、たーっぷりと聞かせてやらねぇとな。これから愛しいカノジョちゃんがぐっちょんぐっちょんに犯されながら、物理的にもぐっちょんぐっちょんになっちまう、そのプロセスチーズってヤツをよぉおおおっ! にゃはははははははははは!』
晃とダイスケが振り向くと、二つの光に照らされた優希が、無線機を手にポカンとしている。
どうやら、クロが壮絶にろくでもない実況を始めようと、無線のスイッチを入れたのを受信したようだ。
「わざわざ無線を使うってのは、クロは霜山やリョウと別行動か?」
「きっとそう。それと、あのクズのセリフからして佳織がかなりヤバいっぽいね。でも、慶太さんもまだ生きてるってことになる……のかな」
晃の思考を肯定しつつ、優希も自分の分析を足してくる。
切迫した状況だけに緻密さには欠けているものの、さっきまでのポンコツぶりとはまるで別人な冴え方だ。
晃と優希が顔を見合わせて次の一手を考えていると、サクラのことを思い出したせいか豪快に人相の歪んでいるダイスケが、額の汗を拭いながら言う。
「それで、どっちに行くんだ」
「…………上かな。うん、上だ」
殆ど勘でしかなかったが、クロは慶太の腕を投げ捨てるシーンを佳織に見せた――そう晃には思えてならなかった。
数時間前に遭ったばかりの相手だが、誰かへの精神的肉体的ダメージになることならば率先して嬉々としてやる、というのがクロの基本スタンスだろう。
ならばきっと、奴は佳織と一緒に上にいる。
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