第36話 36 死亡フラグを叩き折っていくスタイル

「反撃、っていうと……暴走車で病院の中に乗り込むとか、そういうアレか」

「えっ! ダイスケくん、何だったっけ、あの……エンジン直結? みたいなのできるの?」


 晃と優希は、少なからぬ期待を込めてダイスケに問うが、戻ってきたのは苦り切ったシケ面での否定を意味する首振りだった。

 割れたガラスの穴から手を突っ込んでロックを外し、助手席のドアを開けながらダイスケは言う。


「そんな、アクションスターっぽい動きを期待されても困る。だけど、よ。ここにはあるんだよ」

「……何が?」

「色々とあんだって、色々と」


 優希にちょっとふざけた感じで返しつつ、ダイスケは車内に潜り込んだ。

 それから、リアハッチを開くレバーを引く。

 状況が状況なんで分かりづらいのだが、素の性格はお調子者タイプなのかも知れない。

 流れで同行者となった相手にそんな分析を加えつつ、晃は車体の後部に回る。


「開けていいのか」

「そうしてくれ」


 ダイスケの返事を待って、晃はドアをヒョイッと持ち上げる。

 車内に設えられたトランクスペースには、金属製の工具箱やBBQセットなど、雑多な品々が積み込まれていた。

 だがそんな中に、かなりの勢いで悪目立ちしているものがある、と晃は気付く。


「こいつは……」

「どうよ? 要るだろ、こういうの」


 観光地土産の安物とは一味違っていそうな、年季の入った木刀。

 長さが一メートルくらいある、黒一色に塗られた大型のバール。

 それに、野球に使われたことがなさそうな金属バットなんてのもある。

 これらは確実に武器になる――だが、どうしてこんなものが。

 不審げに顎を撫でて考えている晃に、ダイスケは素っ気なく解答を告げる。


「廃墟探検は、荒っぽいアホと遭遇する危険性が高いかんな。それでこういうの、護身用に持ってきてたんだけどよ……翔騎が、もうちょいで付き合えそうな雰囲気だったサクラに、ビビッてないアピールでカッコつけたがって……」

「なるほど、な」


 ダイスケ達のグループは、正に判断ミスによって致命的な状況を呼び込んだ、ということか。

 自分らも似たり寄ったりだが、カッコつけの結果があの惨状とは、翔騎の死に際の絶望は深かっただろうな――と晃はその心情と悔恨を想像して、どうにもやりきれない気分になる。


「これでもって反撃、か……」

「ああ……終わらせらんねぇし、終わってねぇ」

「ちょっ――何でっ! 何でそういう話になるのっ? 違うでしょ! 逃げないとダメじゃん! 逃げようよ!」


 晃とダイスケが武器の選定に入り始めたところで、離れた場所から疲れた目で見ていた優希のでかい横槍が入った。

 当然の意見だとは思うし、妥当な判断だとも思う。

 だが晃としては、優希に同意するわけには行かない。

 何故ならば――


「ここで逃げたら……ケイちゃんも、玲次も、佳織さんも、みんな死ぬ」

「それっ――」


 それ位は分かってる。

 それでも逃げないと。

 それを私に言うのか。


 この中のどれかにニアピンであろう言葉を口にしかけるが、優希は「それ」の先を飲み込んだ。

 泥水をたっぷり飲み下したような苦い顔を見せられ、晃の胃はキリキリと痛む。

 晃が感じている優希への罪悪感も、既に只事ではない高水準だ。

 だが、それ以上の一大事が今は存在している。


「優希さんは、このまま逃げて。じゃなかったら……どっかに隠れるとかで」

「えっ? 逃げる、って言っても……それに、どっか隠れるって、どこに……」


 優希の不安は尤もだったが、それに付き合っている余裕は晃にはない。

 なので強引に黙殺することにし、トランクを漁って殺傷力の高そうな品をチョイスしていく。

 晃がメイン武器に選んだのは、中学までの野球経験が生かせそうな金属バット。

 その他に、工具箱に入っていた大型のドライバーを数本と、重量のあるモンキーレンチも予備の武装として持っていくことにした。

 後部座席に置いてあった、誰のだかわからないボディバッグの中身を捨てて、そこにドライバーやレンチを詰め込む。

 

 ダイスケはバールを手にし、横殴りスタイルの素振りをしている。

 他にも工具箱からカッターや五寸釘、BBQセットからガス缶と組み合わせたトーチバーナーなどを選んでいて、迷いのない殺意をみなぎらせている感じだ。

 一通りの支度を終えた晃は、誰かがドリンクホルダーに残した未開封のコーヒーを勝手に飲みながら、小ぶりのリュックに凶器を投げ入れているダイスケに訊く。


「それで、勝算っていうか成算っていうか、上手く行かせる自信はあんのか」

「ある。あいつら、完全にこっちはバックレたと思ってんだろ。だから、油断してるっていうか、まさか逆襲されるとは思ってない」

「……だろうけど、もし警戒してたら」

「どっちにしろ、そこまで気を回されてるなら、逃げる途中にも罠があったりすんだろ。とにかく、ここで諦めたらお前の仲間は全滅で、俺は……」


 ダイスケの主張は、晃には自然に受け容れられるものだった。

 確かに、ここからの反撃を想定しているような周到さなら、逃げようとする途中に霜山の新たな仲間から襲撃されかねない。

 逃げるという選択肢は既に捨てたのだから、こうなったら腹を据えるしかないようだ。

 そんな覚悟を固めつつ、晃はダイスケが濁した言葉の先を想像する。

 

 俺は、の後に続くのは「自分を許せない」だろうか。

 或いは「あいつらを殺せない」なのかも知れない。

 自分がダイスケの立場でも、晃は確実に復讐することを選ぶだろう。

 犯人がいずれ法で裁かれるにしても、その結末を待つことで仲間の死を許せるワケがない。

 とりあえずは慶太に一生ものの重傷を負わせた代償に、あの三人に半殺し以上の報いを受けてもらわねば。


「じゃあ、そろそろ」

「そうだな」

「……あの……やっぱり、私も……行く」


 車内から五百ミリペットボトル入りの水やチョコレートを回収し、準備を整えた晃とダイスケが病院に戻ろうとすると、散々に躊躇ためらった様子の優希が、一文節ずつを区切りながら言う。

 顔を見合わせた晃とダイスケが、思い止まらせるセリフをそれぞれに用意していると、それが音声化される前に優希は重ねて言ってくる。


「だってこれ、この、今の私ってさ……絶対に死ぬやつじゃん。一人で別行動するとか、みんなと違う意見だとか、完全にやっちゃダメなやつじゃん」

「いやいや優希さん、現実と映画がゴッチャになってる」

「でも、こんなの現実より映画とか漫画とか、そっちの方が全然近いし! だから、多分このままだと私、死んじゃうし!」


 優希の主張は非論理的の極みに到達していたが、晃としても何となく反論しきれないものがあった。

 参加者の大部分が泥酔している飲み会では、シラフの人間は最高にめんどくさい役割を押し付けられるから気を付けろ――

 大学のコンパについて訊いた時に、慶太から伝授された心得だ。

 何となく、現在直面しているシチュエーションに通じるものがある、ような気がしないでもない。


「分かった……でも、やばいと思ったら全力で逃げて」

「あんたが途中ではぐれても、あいつらに人質に取られても、俺は無視するかんな」


 晃とダイスケの突き放し気味な承認に、優希は硬い表情で頷き返す。

 そして三人は、日常と地続きな凶器でもって日常と隔絶した狂気に立ち向かうために、地獄からの脱出路を逆回りに進んで行った。

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