第22話 22 血祭り(前夜祭)

 部屋中の視線が、金髪の少年へと向けられる。

 さっきまでの醜態からして、すっかりオカシくなっているかと思いきや、その目にはまだ理性の光が残っていた。


「あるって、カッターが?」

「じゃなくて、じゃないけど、あいつの……サクラの持ってたキーホルダーに、ついてるから」

「キーホルダーって、車のキー?」

「そう、そうだ。どっかにある、あるはずだから、探してみてくれ。絶対、ある」


 まだ落ち着きを取り戻しきれていないのか、金髪の言葉は震え気味で、無駄な繰り返しが目立つ。

 だが、現状で縋れるのは金髪の主張だけなので、晃たちは何があるのかよく分からないまま、キーホルダーを探し始める。


 そう広くもない部屋だが、床に何かの書類みたいなものが散らばっていたり、薄汚れた白衣が丸まっていたり、使途不明の木箱が積んであったりと、妙にゴチャゴチャとした印象を与えてくる。

 それに加えて、慶太のものらしい乾いていない血痕があったり、誰のものか分からない吐瀉物としゃぶつが広がっていたりするので、掃き溜め感は相当に高まっている。


「おい、このポケットん中とか、あるんじゃないか」


 言いながら、怜次がジーンズのホットパンツを蹴り出した。

 低い軌道を飛んで床に落ちたそれは、ガツッと硬質な音を立てる。

 金髪が口で拾い上げてホットパンツを振るうと、いくつかのアクセサリーがまとまりなく固まっている何かが転げ落ちた。


「ピンクの丸いの、それが、それが爪切りになってる! だから、それをっ」

「ああ……やっとこのクソ忌々しい拘束も解けるか」


 ミニ爪切りの言語道断な使いづらさ。

 後ろ手に縛られている状態での作業。

 使われたタイラップの予想外の硬さ。

 いつまた連中が現れるかという焦り。


 そんな悪条件が重なり放題な状況だったが、どうにかこうにか作業は進行して、まずは晃の拘束が解かれた。

 手首の凝りをほぐすのもそこそこに、爪切りを渡された晃は金髪を縛っているタイラップを解きにかかる。


「あんたのお陰で、何とかなりそうだ……そういや、名前聞いてなかった」

「ショ、ショウキ……カシマ、ショウキ」

「どんな字を書くんだ?」

「カシマは……アントラーズの鹿島に、空を飛んでる感じの、それの、翔。あとは騎士の騎」

「翔騎、ね」


 キラキラしてんな、と余計な一言がポロッと出そうになるが、晃は危ういところで堪える。

 ただでさえトラブルだらけなのに、更に火種を増やすのは自殺行為だ。

 翔騎には聞いておきたいことが色々とあるが、まずは皆の拘束を解かなければ。

 

「……っと。よし、切れた」

「急げよ、あい……あいつらが来るっ、前に」

「分かってる。じゃあ次は慶ちゃん、切るぞ」


 冷静さを取り戻してきた様子の翔騎に応じた晃は、爪切りをカツカツと鳴らしながら慶太の後ろに回ろうとする。

 だがそこで、ドアが勢いよく開けられた。


「はーい、そーこーまーでーっ! ドンムー! ドンタッチミー! 動くなよー、動くと死ぬぜぇええええええええええええっ!」

「クロ、うるさい」


 ドアを蹴っ飛ばして開けたアロハ男――クロが、開ききったドアをガンガン蹴ってノブを壁に打ち付けながら言うと、マッチョの大男――リョウがたしなめた。

 思いがけないタイミングでの登場に、晃も他の面子も硬直して二人の闖入者ちんにゅうしゃを見つめることしかできないでいる。


「あぁ、悪い悪い。この馬鹿共のおイタを見てたら、ついホットになっちまった」

「何をやってるかなんて、最初から全部見てただろうに」


 リョウの呆れ半分の物言いによって、ある可能性に気付いた晃は、部屋の上方へと視線を巡らせる。

 そして、天井の隅に黒いドーム状の物体を見つける――監視カメラだ。

 照明が生きているなら、他の機器類が作動していても不思議じゃない。

 事前にカメラの存在を察知できなかった自分の油断を呪い、晃は強めに唇を噛む。


「めっちゃバレバレなのに、皆さんチームワークを発揮して、必死こいて逃げようとして……プッ、ねぇどんな気持ち? ねぇ今どんな気持ちなの? プヒヒッ」


 クロはいかにも楽しそうに、ネットでよく見るタイプの煽り文句を口にする。

 リアルで耳にするのは初めての晃だったが、このムカつき加減は尋常じゃない。

 わざとらしい作り笑いもまた、かんさわることおびただしい。


「さてさて、どうしてくれたモンかねぇ……大人しく待ってろ、っていうチンパンジーでも理解できそうな指示も守れない、そんなボンクラちゃん達の処分はどうするべきかな、リョウ君」

「どうもこうも、なぁ」


 ゲスな笑顔を全開にしたクロからの問いに、リョウは少し困ったような雰囲気を漂わせつつ答える。

 とは言え、その表情には下卑げびた色合いが濃いので、禍々しさにはそう差はない。


「ぅふーう、ふーう、ぁふーぅ、ふーぁ」

「おい、何だよ、翔騎」


 晃たちと同様に固まっていた翔騎が、握った両手を震わせて息を荒くしている。

 迫り来る身の危険にテンパったのか、唐突に現れた友人達の仇を目の前にしてブチキレたのか。

 止めるべき、かな――と迷いながらも決断した晃が動こうとした瞬間、金髪頭が大きくブレた。


「ぅあああああああああああああああああああああっ!」


 腹の底から全てを搾り出したような、大気を震わせる怒声。

 そんな大音量を撒き散らしながら、翔騎はドアに向かって一目散に駆ける。

 無茶すぎるだろ、とは思うがクロとリョウはドアから離れた場所にいて、翔騎の意表をついての行動に反応できていない。


 しかし、この後で起きるであろう混乱に乗じれば、こっちも何とか反撃に転じるチャンスがある、かも知れない。

 部屋から一歩足を踏み出した背中に、そんな期待を載せたくなる晃だったが、半秒後に翔騎はその背中を床に打ち付けられていた。


「あがぁがががががぁ――」

「まったく……無駄に元気いいのも、考えものだね」

「ぅがっ!」


 アゴにスニーカーの爪先が突き入れられ、翔騎は意識を飛ばしたようだ。

 部屋に入ってきたのは、オモチャの銃みたいな何かを手にした霜山。

 その銃口からは、細いワイヤーが翔騎の胸まで伸びている――これが、慶太をダウンさせたテーザーガンか。

 脱出計画が失敗した直後の、犯人グループ勢揃い。

 ここから始まる惨劇の予感に、晃は全身の力が抜けていくのを感じた。

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