第20話 20 情報交換からの絶望再確認

「もういい! もぉうやめっ、やめてくれよっ! なん、何なんだっ、何なんだよアンタらっ、マジでよ? なな、何でこなっ、こにゃことすんだぁ!」

「いやいや、『こにゃこと』って、ナニ言っちゃってんだ? バカか? もしくは大バカか?」


 晃の知らない男の発する大声――死角にいたんで存在に気付かなかった。

 その必死な訴えを相手にせず、アロハ男は近くの床に丸まっていたサンドブラウンのハーフパンツを拾い上げる。


「ばぁああああああああああっ! ――ってぇに、ブッ殺す! てめっら、こっ殺しっ、殺してやんかんぁああゴルァああっ! ぅあああああああああああっ!」

「るせぇよ、ボケが」


 立ち上がりながら怒鳴り散らしてくる相手に対し、薄笑いを浮かべたアロハ男は下腹を狙って思い切り前蹴りを入れる。


「はぉぶっ――」


 容赦ない攻撃を股間で受け止め、叫び声の主はその場に崩れ落ちた。

 よく見えなかったが、多分こちらと同年代のようだ、と晃は見当を付ける。

 さっきの栗色の髪の少女や、処置室で死んでいた少年の仲間なのだろうか。

 そういえば、あの小デブ――霜山はどうしたのだろう。

 大男やアロハを羽織った男の仲間ならば、何故この場に姿を現さないのか。


「――あ? あぁ、分かった……すぐ行く」


 ハーフパンツを穿いたアロハ男は、そのポケットに入っていた無線機のようなもので誰かと会話した後、グッタリしている少女の手首を掴んだ。

 相変わらず意識がないのか、粗雑に扱われているのに呻き声の一つも上げない。


「大人しくしとけよ。逃げようとしたら、こいつみてぇになるぞ」


 そう言い捨てたアロハ野郎は、少女を引きずって部屋から姿を消した。

 張り詰めた静寂が、数十秒に渡って続く。

 そして申し合わせたかのタイミングで、いくつもの溜息が同時に吐き出された。


「へっへっへっふぇ……へぇええぇえええぇええええ」


 緊張の糸が切れたのか、佳織は珍妙な笑い声を力なく発し、それから半泣きの声に転じて天を仰いだ。

 傍らの優希は、俯いた状態から更に潰れて床に突っ伏している。

 いつの間にか意識を回復していたらしい慶太は、身を捩りながら床から起き上がると、玲次に被せられた麻袋を歯を使って引き剥がした。


「レイジ、おい、レイジ!」


 動かない弟の肩を足で揺すりながら、慶太は名前を呼び続ける。


「うっ、うう? ここは……あれ、兄貴? ぅお?」


 いつから気を失っていたのか、玲次は不思議そうに辺りを見回す。

 さっきアロハ男に急所を蹴られていた金髪の少年は、まだ悶絶してのたうち回っているようだ。

 こちらと同じく拘束されているが、両手を背中ではなく前で縛られている。

 彼から話を訊く前に、まずは仲間達から情報を集めようと考え、晃は苦酸っぱさと粘つきの残る口を開いた。


「どうなってるんだ、これ……何があった? どこだよ、ここ?」

「詳しくは分からんが、恐らくは……まだ、病院の中だ」


 慶太も晃と同じ推測をしているようだが、根拠は特にないらしい。


「にしても、ケイちゃんが敵わないとか……やっぱりあのデカいのか?」

「いや、あのデカブツ……リョウ、とか呼ばれてたか。アレとはやりあってないそ。この状態では、何発か殴られたけどな」


 慶太は縛られた手をピコピコと動かして、盛大に膨らんだ顔で凄味のある笑みを浮かべた。

 そこで晃が軽く引いたのに気付いてか、笑いを強張らせて質問を発してくる。


「かなりの勢いでやられたからな……どうなんだ、俺の顔。ヤバい感じか?」

「まぁちょっと……いつもより二割増くらいでヤバい」

「俺のルックス評価、普段どうなってんだよ……アキラ」


 さっきよりも少し柔らかい笑顔になったが、それでも慶太の顔の右半分は相当な腫れ方をしている。

 下手をすると、打撲による内出血が起きているだけでなく、顔面骨折に至っているかも知れない。

 右眼の白目部分が、真っ赤に充血しているのも気懸かりだ。


「で、ケイちゃん……誰に負けたんだ」

「負けたっていうか……探索中にさっきのアロハともう一人、お前やレイジくらいの若い奴に絡まれて撃退したんだけど、そこであのシモヤマの野郎がな、いきなりカオリを人質に取りやがったんだわ。そんで、遠距離攻撃できるスタンガンみたいの撃ち込まれて……このザマだ」

「ああ、アメリカの警官が使ってるの、前にニュースかネットで見たわ」


 テーザーガン、とかいうんだったか。

 かなりの威力があるようで、映像の中では薬か酒で暴走状態の荒ぶった巨漢の白人が、ほんの一瞬でブッ倒されていた。

 慶太が敵わないのも無理はない。


「俺らの方は、二階を探索してたら若い男の死体を見つけて、それでテンパってたところであの大男……リョウだっけ? あいつが出てきた」

「は? 死体って、死んでたのか? マジで?」


 晃が黙って頷き返すと、慶太が不細工になった顔を更に歪めてかぶりを振る。

 相手の頭のオカシさ、それを改めて認識させられた衝撃に耐えているのだろう。


「それで、玲次と俺がRPGの強制イベント戦闘ばりに惨敗してな」

「ああ……まさか、本気の蹴りをガードされるどころか足を掴まれるとか、もう意味わかんねぇよ、アイツ。完全にバケモノの域だから、やるんなら……殺す気で行かないと無理だぜ、兄貴」


 話に加わってきた玲次は、後半部分で声を潜める。

 晃も同感だったが、元々からして勝負にならなかったのに、今の状態では間違いなく秒殺だ。

 希望的観測につながる要素が一つもない情報交換を終え、晃と慶太と玲次は揃って溜息を吐く。


「そういや二人とも、怪我はどうだ」

「俺はデカブツに突っ込んだ時、カウンターでヒザが来たんで頭と首が軽くやられたくらい、かな。動くと痛みがある、って程度で普通に動ける」

「オレは壁にぶっけられた左肩に違和感があるが、多分大丈夫。それより、こん中じゃあ兄貴が一番重傷くさいぜ。右眼、見えてんのか?」

「腫れでちょっとばかり視界が狭まってるが、こんくらいなら空手の試合じゃ日常チャメシだし」


 笑い飛ばすように言う慶太だが、顔面右側の膨張と鬱血うっけつぶりは壮絶に痛々しく、無理をしているのはバレバレだ。

 発音も所々で怪しいので、もしかすると歯も数本折られているかも知れない。

 そう気付いてしまう晃だったが、指摘しても佳織と優希が怯えるだけだろうと判断して黙っておく。

 その女性陣はどんな様子だ――と視線を移動させてみると、グニャリと表情を歪ませた佳織と目が合った。

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