第41話 星に願うよ

 あの日、僕が質問してから、ルシィは時々ウンウン唸っている。

 自分の本当の願い事ってなんだろうね。


 とりあえず今夜は七夕前の星を見る会だって言うから、ルシィと一緒におでかけ。

 7月上旬といえば僕がいた頃の日本は梅雨で夜空なんて見えない日が多かったけど、この辺りはそもそも梅雨がないみたい。

 暑いことは暑いんだけど、カラっと暑い、という感じ。

 今日も日中は暑かった。

 でも夜になったら風がヒンヤリと涼しい。


「ねえねえ。ペント」

『うん?』

「相談があるんだけど」

『どんなこと?』


 ルシィが神妙な顔つきをしている。


「自分のことを”あたし”っていうのは子どもっぽい?」

『えっ。どうだろう』

「ほら、ソレニィがさ、自分のことを”私”って言うでしょ。ああいう所からこう、しっかりしてる感がでるのかなーって思ったの」

『なるほど……。確かにそういう意味では、自分のことを”私”って言ったほうが大人っぽいかも』

「だよね、だよね」


 神妙な顔つきをするから深刻な相談かと思っていたのに、ちょっと気が抜けた。

 うんうん、と嬉しそうに頷いているからまあいいか。


「ねえ、ペント。あたし……あ、私ね」

『ぷっ』

「ちょっと、笑わないで!」

『ごめんごめん。つい』

「でね、私ね、明日の七夕祭りのお願いごと、決まったよ」

『へえ、どんなの?』

「えへへ、明日までナイショ」

『……そっか。楽しみにしておくね』

「うんうん。……あ、ソレニィ! 夜に会うなんて初めてだね!」

「こんばんは、ルシィ」

「こんばんは!」


 っとそんなことをしている間にソレニィとも合流。


「”星を見る会”ってソレニィも初めて?」

「うん。私も初めてよ。この会は夜更かししちゃうから、3年生からだって」

「そっかあ。楽しみだねー」

「ね」


 星を見る会っていうのは、普段は開放していない学校の屋上に集まって、星のことをよく観察しましょう、という理科の授業の一環らしい。

 ついでに明日の七夕まつりのことにも関係するからかな。


「地平線からはるか天井の遠くまで見えるのが、天の川という星の集合です」


 みんなが集まったところで、先生の説明が始まった。


「そのすぐ近くに見える明るい塊も星の集合体という事は分かっていますが、詳しいことは不明です。たくさんの星が生まれている場所とも言われています」


 この世界では星や宇宙への理解は進んでいないんだね。説明がかなりざっくりすぎる。

 夜空を見上げて観測して、物理科学を発展させていくのはこれからなんだろう。

 僕も夜空を見上げる習慣なんて、すっかりなくなっちゃってた。だから、人のことは言えないけどさ。


 もしあのアンドロメダ銀河が数億年後に衝突しますよって言っても、だから?って感じだろうね。

 人間の短すぎる寿命じゃ、数億年は気の遠い話だ。もちろん、太陽のこともね。

 でもこのまま黙っていても、地球も人類もゆっくりと滅亡に向かっているんだよなあ。

 ルシィと僕にできることってなんだろう。


 僕が考え事をしている間にも先生の説明は終わっていて、1時間くらいで星を見る会は終わり。


「今日のことはまた感想文にして提出してくださいね」

「はーい」


 ルシィはなまじ知識があるから、下手なことを書かなきゃいけないけど。

 僕が添削してあげなくっちゃ。


 その帰り道のことなんだけど、みんなと別れた後に、ルシィが言った。


「ねえ、ペント」

『なあに?』

「明日の七夕まつりのお願いごと、ペントの鉛筆で書こうかな」

『……うん。いいよ』

「絶対に叶ってほしい願い事なの」

『分かった。絶対に叶えてみせるよ』

「約束だよ」

「うん。約束」


 ……絶対って言って本当によかったかな、と僕は一瞬後悔した。


 *

 *

 *


 そして翌日。

 午前中はいつもの授業。

 そして午後からは七夕まつりの準備だ。


 この辺に竹なんかなかったけど、どうするんだろうと思っていた。

 でもこの世界の七夕まつりの楽しみ方は一味ちがった。

 注連縄しめなわみたい編みこんだ細いロープを木の間に通して、そこに、短冊を結んでいくんだって。

 これって僕のいた日本では神社のおみくじを結ぶ時によく見る風景だよ……。変なの。


 まあいいや。

 でもこうしてこの世界を見ると、35億年も経った未来とはますます考えにくいなあ。

 それともそういうものなのかなあ。


「ペント」

『ん?』


 飾り付けがある程度終わったあとのこと。

 ルシィは何も書いていない、しおりサイズの短冊を握りしめている。


「使うね」

『うんうん、どうぞどうぞ』


 よく考えてみれば、本当にこれまで僕が考えた通りに、ルシィがただ書いていただけだった。

 ルシィが自分から願ったことなんて一番最初の願い事以外なかったなあ。

 まあ、ルシィは使いたくないって嫌がっていたせいだけど。

 だからこの願い事は叶えてあげたいな。


「はい、書き終わったよ。ちゃんと叶えてね」

『うん、どれどれ……』


 ……。


「……」

『あのさあ、ルシィ……』

「なあに? これは自分のための願い事だよ。……ちゃんとルール通りだよ」


 ……そう来たか……。

 ルシィの目が、いつの間にか涙でいっぱいになってる。


『ごめん、考えさせて』

「……分かった。でも今夜中だよ。今日もすっごく星が綺麗だっていうから、絶対に叶う気がするんだ」

『うん……』


 うーん……。

 本当にルシィらしい願い事だ。

 でも、叶えてあげるには……。


 僕はいつの間にか逃げていたのかなあ。

 自分に嘘をついていたのかな。


 でもまあ、ちゃんと応えないといけないのかな。


 *

 *

 *


 その日の夜。

 2日連続でちょっと夜更かしの、七夕まつり。

 またみんな学校に集まっている。

 おまつりでお菓子が配られるからってみんな嬉しそう。


 そしてルシィと僕は、あの短冊を結びつける紐の前にいた。

 今夜の格好は、昼間の薄手のTシャツみたいな服から着替えてきた。


「どう? 可愛い?」


 そう言ってスカートを片手にくるっと一回転。

 肩を出した白色のワンピースっていうシンプルな格好だけど、夏らしくてとてもいいと思う。


『うん。可愛いよ。誰よりも可愛い』

「えへへ! ありがと!」


 ニコって音がでそうなくらいの笑顔は、いつものこと。

 でも夜だからかな。少し明るい夜空に照らされて、ちょっぴり大人っぽくも見える。


「それでさ、私の願い事はちゃんと叶えてくれる?」

『……うん。叶えるよ。絶対に叶えてみせる』

「……ありがとう。大好き」

『僕も。僕も大好きだよ、ルシィ』

「うん」


 でも僕1人の力で叶えられるかどうか分からないから、夜空に広がる銀河の力も借りようかな。

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