少女と僕の、七夕まつり
第40話 少女と僕の、変わらない日常
日本に行って、戻ってきたら、待っていたのはただの日常だった。
6月の末くらいにプール開きがあるらしい。
その前日にルシィはうだうだと悩み中。
「あたし、プールって初めてなんだ。どうしよう。すごく不安。ドンくさいし」
『僕は泳ぎ方までは教えてあげられないからねえ。先生に教えてもらわないと』
「うう、できるかなあ」
『あ。”泳ぎがうまくなりたい”っていう願い事はどう?』
「そーいうのは却下で」
『ちぇー』
「自分でうまくならないと意味ないと思うの」
『まあ、ね』
「ペントはもっと自分を大事にしてよね」
『はいはい』
ピシャリとはねつけられてしまった。
本当に二度と使わない宣言の通りになってしまうんだろうか。
「大体さー。ペントってばひどいよね。あんだけ願い事を書かせておいてさ、叶えた願いなんて数えるほどしかないじゃない」
『そりゃあ、不測の事態を考えたら、いくらでも書き足りないけど』
「だからってさ、転んで蔓に絡まって動けなくなったら大変だから”
『でもその願い事は役に立ったじゃん。偶然……』
「ほらー。偶然じゃない!」
頬を膨らませて、プンスカ腹を立てるルシィ。
機嫌を治すにはこれが一番だ。
『ルシィのことが心配なんだよ、大好きだから』
「……そう?」
よし。口がにやけたぞ。
「でもなー。最近ちょっとペントの気持ちが分からないんだよねー」
『あれー?』
「好き、という言葉に重みを感じないっていうか……」
そう言いながら、僕を鼻と口の間に挟むのはやめないか。
『お行儀が悪いですよ、リュシルさん』
「あ、その呼び方いいね。なんか新鮮だ」
『そう?』
「じゃああたし、ペントのことを”ペントさん”って呼ぶよ。あたしのことは”リュシルさん”て呼んで」
なんだこの新しい刺激を求めたいみたいな会話。倦怠期のカップルか?
『ああ、そう言えばさ、ルシィ』
「”リュシルさん”でしょ?」
『はい、 リュシルさん』
「うふふ、何かしらペントさん」
『この前、森の中で帝国の人たちに囲まれたじゃない』
「ああ、うん」
『あの時、すごく態度が変わったよね』
「そうだっけ?」
『ほら、”お待ち下さいみなさん。大人しく帰ってください”って』
「あー!」
『あれ、なんだったのかなって。ひょっとしてルシィが、その、”
「うふふ!」
どうしちゃったんだ。
「あれはねえ、お芝居なの!」
『そ、そうなんだ』
僕はちょっとズッコケてしまった。
「秋にね、お芝居会があるらしいの。それでねえ、大人の役をやったらどうなるかなーってひそかに練習中なの」
『そっか……』
クスクスと笑うルシィ。
しょうもなさすぎる裏事情に、がっくりと肩を落とす僕。
「あ、でもさあ」
『うん?』
「お母さんに嘘はついちゃダメだよって言われたじゃない?」
『そうだね』
「あれは嘘を付いたことになるのかなあ? お芝居って嘘をつくこと?」
『それは……どうかな。哲学的な問題だね』
「てつがくてき?」
『簡単に答えは出せない、難しい問題ってこと』
「そうだね。”てつがくてき”だね!」
どこからが嘘でどこからが嘘じゃないのかなんて、線引は難しいかもしれない。
許される嘘とか、許されない嘘とか、よく分からない話にもなってくるし、その辺の詳しいお話は、役者さんにでも聞けばいいんじゃないかな。
この世界にもそういう人たちはいると思うよ。
*
*
*
そして7月。
プールの授業が始まった。どうやらルシィはそこそこ泳ぎが上手いらしい。
先生が「勘がいいのね」って褒めてくれたって。
ただ体力があまりないから、すぐにへばる。
「……」
授業中にも関わらず、ルシィはウトウト中。
プールのあとの授業って本当に眠くなるよね、なんでだろうね。
よく見たら周りの児童もちょっと目つきが怪しいかも。こういう時の先生はどうするんだろう。
「はい、全員起立してください」
「……」
力なく起立する児童たち。
「大きく腕をあげて、ゆっくり背伸びしてみましょうね」
イヴェット先生はちゃんとリフレッシュして、起こしてあげるタイプみたいだ。
そのまま昼寝していいよ、なんて甘いことを言わないよね、普通。
大変かもしれないけど、勉強に専念できるのは今しかないわけだし、がんばれがんばれ。
*
*
*
7月と言えば、7日には七夕祭りだ。
ルシィはどんな願い事を書くんだろう。
『七夕祭りのお願いごとって考えてる?』
「それはもう、いっぱいありすぎちゃってさー。全然まとまらないんだよねー」
ですよね。
夢なんて見ようと思えばいくらでも見れちゃうもんね。
『例えばどんなの?』
「”もっと足が速くなりたい”でしょー。お母さんみたいに”料理が美味しく作れるようになりたい”でしょー。”早く大人になりたい”でしょー。それからー」
その後もルシィの口からいくつか願い事が出てきた。
うん、どこにも世界を救おうみたいな願い事はないね。
『どれも叶うといいねえ』
「ほんと、願い事がいっぱいありすぎるよ」
そりゃそうだ、ルシィはまだ小さい女の子なんだもん。
世界を救うとか、人類を救うとか、そういうスケールの大きい話はもっと大人になって、この世界のことをいっぱい知ってからでも遅くはないんじゃないかな。
どうせ明日明後日に滅亡するわけじゃないし、また日本に行けば、過去なにがあったのか知ることもできるだろうし。
結論を出すのはそれからでもいいのかも。
35億年分の歴史をダイジェストで2時間で語られても困るけど。
『……あれ?』
「どうしたの?」
『そういえばさあ』
「うん」
『僕、本当にルシィの願い事を叶えてあげられたのかなあって』
「ペントはいっぱいがんばって叶えてくれたよ。あたしが困っている時も、怖いなーって思っている時も、ペントはずっと助けてくれたよ?」
『うん、それはそうなんだけど。結局それって僕がああした方がいい、こうした方がいいって言ってばっかりで、ルシィの考えたお願いごとじゃないよね』
「……そうかな?」
『そうだよ。あ、一番最初のさ、”元気になりますように”っていうお願いごとだけはルシィのお願いごとだ』
「そう言えば、そうだねえ」
『うん。じゃあ今のルシィの本当のお願いごとってなあに?』
「それは……”早く大人になりたい”とか?」
『別に願わなくても、いずれ大人にはなるじゃない』
「そっかあ」
『いずれ叶うお願いごととか、ルシィががんばれば叶う願いごとはとりあえず置いといて、頑張っても叶いそうにない願い事ってある?』
「うーん……なんだろう」
僕の質問はルシィを困らせてしまったみたいだ。
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