第39話 叶う願いと叶わない願い

 僕は信じられないような圧倒的な情報にノックアウト中。

 でもまだ肝心なことを聞いていない。


『それでさ、ルシィって何なの? 世界を救わなくちゃいけないらしいんだけど』

「そうですか……」

『あれ? 他人事なの?』

「……そうですね。ルシィさんは世界を救う器、ペントさんはその対となる鍵だと認識していますが、あなた達の選定や誘導など、それ自体には私たちは既に干渉していません」

『どういうこと?』

「これは推測になりますが、あなたたちは神様のような存在に誘導されてきましたね?」

『うん、そうだね』

「そうだよー」


 ルシィはいつだってマイペースだな。

 この状況を多分半分も飲み込めていないだろうに。


「それはおそらく、約35億年前に私達人類が開発した機械の神と思われます」

『……ふむ。機械の神とはまた、どこかで聞いたことがある言葉だ』

「そうですね。約35億年……地球誕生から数えれば、累算80億年以上の歴史がありますので、当然人類は何度も滅び、再び蘇り、あるいは地球外の、別の星系に進出したことがあります」


 35億年も歴史があれば、そういうことの1つや2つもあるだろうね……。


「そのたびに機械の神は選択させて来ました。神が用意した器と、その器に唯一適合する者に」

「……」

『……つまり?』

「この世界を残すべきか、破滅させるべきか。その選択をあなたたちに迫っていると推測されます」


 なるほど、そう来たか。


『じゃあ、願い事が叶う能力って言うのは、それを実行させるためのものなんだ』

「……そうですね、今回はその方法を採用したのでしょう」


 あ、別のパターンもあるんだね。


『にしてもさあ、色々制限かかりすぎじゃない? 書かなくちゃいけないとか、同じ願い事は叶わないとか』

「……なんでもありの、インチキのような能力ですので、強い制限が必要だと判断したのでしょう。詳細は不明ですが、その条件を解除する方法もあるかもしれませんよ」


 条件解除って、ひょっとしたらいつか夢で見た”ルシィと僕が心を通わせたら”ってことかな……。


「ですがもうそろそろ、最後の決断かもしれません」

『あ、そうなんだ。どうして?』

「1点目はさきほど提示した通り、まもなくこの銀河はアンドロメダ銀河と衝突します。現在の観測データと計算では、太陽、あるいはこの地球に別の天体が衝突する可能性はありません。ですが、重力の働きによって惑星の軌道が変わり、衝突する可能性が生じるかもしれません。いずれにせよ、最終的な答えがでるのは数億年後です。もし本当に衝突して地球が消滅する状況になるのなら、その対策をとるために数億年程度では時間が足りません」


 数億年で時間が足りないっていう感覚は理解できないよ。


「2点目は、太陽の赤色巨星化です。太陽はもうまもなく地球を焦がすほど赤色巨星化します。その時は地球上で人類を繁栄させることも、文明を発達させるどころではありませんね」

『それもどこかで聞いたことあるなあ。あと何年くらいで地球はダメになっちゃうの?』

「地球の最終的な死、つまり焼失は今から約15億年後と確定しています。ですが太陽の爆発的な活動によって、数億年後には地球上で生命の発展、及び文明の発展は不可能になると考えられています」


 詰んでますね、地球。


「恐らく神は、この地球、あるいは知的生命体をどうすべきか、あなた達の判断に委ねるかもしれませんね」


 スケールが大きすぎて、まるで実感できないや。


『その機械の神が万能ならさ、普通に救えそうですけどね、地球も人類も。地球の軌道を移動させようとか、宇宙船を作って移動しようとか、宇宙コロニーを作ろうとか』

「そうですね。ですがそれを最終的に決断するのは機械ではなく、自身の創造者である、という不文律があるのかもしれません」


 なんかもう、他にもいっぱい聞きたいことがあったけど、スケールが大きすぎてどうでも良くなってきたなー。

 考えても無駄なような気がする。相手が違いすぎる。

 あ、そう言えばルシィはどうなんだろう?


『ごめん、ルシィ。ほったらかしにしちゃってたね。何か聞きたいことがある?』

「えーっとねえ。ペントを元の長さに戻す方法ってあるかな?」


 そういえばそんなことを言っていたね。


「……なくはないでしょうが……。鉛筆はそもそも消費物ですので今すぐ元に戻すことは難しいですね」

「そっかあ」


 ルシィはちょっとしょんぼりしているけど、まあ仕方ないよ。


『あ、僕からもいい?』

「はい、どうぞ」

『どうして僕はこの世界に来たの? 僕は35億年前から魂だけここに来たみたいだけど』

「それは分かりません。私たちが知りうる限りでは、私たちの作った神は、肉体と霊魂を分別して観測することができる、時空に影響されず、それらに干渉することができる、など私たちの知識や理解が及ばない行動をしているようです」

『そ、そうなんだ……』

「推測ですが、あなたの精神的な波長、魂の波長とも言うべきものが、そちらにいる”永久とこしえの聖女”と唯一適合しうる、と判断したのかもしれませんね」


 ハハ……。本当に雲を掴むような話だ。


『だってさ、ルシィ』

「うーん。つまりあたしとペントは運命の人ってことだよね」


 そういうことですかねえ……。

 ルシィはどこまで言ってもルシィだった。世界云々、地球云々とかどこ吹く風だね。


『じゃあ、もう帰ろうか。もうよく分からないし』

「うん」

「はい、また機会あればお会いしましょう」


 っとその前に、もう1つだけ。


『どうして日本が残っているの? ここはどこ?』

「ここはかつて日本があった場所です。地形もずいぶん変わってしまいましたので、正確な意味では日本ではないかもしれませんね」

『ですよね』

「35億年前の日本で、世界中から研究者を集めて叡智を結集させたようです。その場所に機械の神を作り上げ、次代の可能性を託そうと考えたのでしょう。そしてその管理者がこの地を35億年分の歴史を保存する場所として残し、かつての名残からここを日本と名付けたのだと思います」

『なるほど……』

「ちなみにここはどこかの海底に構築されています。ですが詳細な場所は管理上の都合でお教えすることは出来ません」

『そっか、ありがとう。また何かあれば来るよ』

「はい、お待ちしていますね」

「ばいばーい」

「はい。ばいばい」


 どこまでも優しい声だったなあ。


『あ、ところで話し相手になってくれたあなたって誰?』

「……300万7016代目の、ここの管理者です」


 そっか、300万年も存続しているっていうのは管理者の代が間違って伝わっていたのか。

 僕が情報の数々に頭を悩ませている間にもルシィは丁寧に誘導されて、何の問題もなく入り口まで戻ることができた。


 *

 *

 *


「ただいまー」

「あら、おかえりなさい。早かったわね」

「うん!」

「日本に行ってきた?」

「行ってきたよー! 楽しかったー!」


 ルシィにとってどこに楽しい要素があったのだろう。

 という疑問はさておき、ごく普通にダントンの街に戻ってこれた。

 あの転送魔法陣も、神様が用意してくれたものなのか、前時代の名残なのかよく分からないけど、何やら作動するのは間違いないようで。


 果たして日本で聞いてきた話はイヴェット先生や町長さんにも話すべきなのだろうか?

 でも話しちゃったら失われた文明や技術を求めて暴れる人が現れて、変な方向に話が転がっていきそうな気がする。

 じゃあもう、この世界は中世ファンタジーのままでいいんじゃないかな。

 と僕は考えて、ナイショにしておこう、とルシィと約束した。


 それよりも、ルシィと僕に迫っているらしい決断とやらを考えないとなあ。

 仮に世界を救うとして、一体どんな願い事を書けばいいんだろう?

 どんな願い事なら叶わないんだろう?


 ルシィとまた相談してみよう。

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