少女と僕と、世界
第37話 伝説の国
僕はこの世界の日本に行きたいと思った。
異世界の日本かもしれないし、平行世界の日本かもしれないし、300万年後の日本かもしれない。
僕も想像できないような所にある、この世界の日本に行ってみたい。
でもまあ、僕は鉛筆なんで。
自分では何もできない鉛筆なんで。
僕と唯一会話が出来て、僕の所有者である女の子にも付き合ってもらうしかない。
ごめんね、ルシィ。
「日本ってどんな所なんだろうねえ」
僕の申し訳ない気持ちとは裏腹にウッキウキですよ、この子。
6月の末。
日本へ旅立つ前に、学校で三者面談をすることになった。
夏休みを前に、前期の評価をするついでに、日本行きについてお母さんがあんまりにも心配するからさ。
もちろん、先生とお母さんとルシィが同席してる。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「理屈では大丈夫です。仮に日本が存在せず、転送に失敗したとしても飛ぶ先は地下水道になるはずです。地下水道は既に全通路が判明していますのですぐに助けにいくことができますよ」
心配するお母さんと、冷静に分析するイヴェット先生。
先生はさすが分かってらっしゃる。
「やっぱり私もついていった方が……せめてもっと頼りになる男の人がついていった方が……」
「お母さん、私もそれも検討しました。ですが、複数人の転送はどうも不測の事態が起こりやすいようですので、成功確率という意味ではリュシル1人の方が一番確実と考えられます。それに……」
先生の視線が、ちらりと僕に向く。
「リュシルには素敵な
ああ、僕の存在がすっかり公然の秘密に。
本当にこれでいいんでしょうか。
「ちょっと、ルシィ。あなたすっかり浮かれているけど、ちゃんと帰ってこれるの?」
「その人のものがあればちゃんと近くまで行けるって証明できてるから大丈夫だよー。お母さんのものを預かっていれば、お母さんの近くまできっと帰ってこれるよ。ね、ペント」
『まあね』
「……それならいいけど』
“証明”って、ルシィは随分と難しい言葉を覚えたなあ。
確かに前回の騒動でもそれは確認済みだけどね。
「1日だけよ。その日のうちに必ず帰って来なさいね」
「はーい」
とまあ、こんな感じでこの世界の伝説の国、日本へ僕とルシィは行くことになった。
本当にあるかどうかも分からないような雲を掴むような話なんだけど、試してみればいいんじゃないっていう少し軽いノリに、僕は妙に安心した。
*
*
*
日本に行こう、とはなったけど何の準備もせずに行くわけももいかない。
いざとなればすぐに帰れるように、事前に願い事を書いてもらうように相談した。
もちろん、ルシィはすごく嫌がって、しまいには喧嘩に発展した。
まあ、喧嘩と言っても口喧嘩だけど。
僕を使いたくないなら日本に行くのは諦める、と僕が言うと、ルシィはそれはダメだ、絶対に行くんだ、とゴネる。
でも何かあってからじゃ遅いじゃないか、と言うと、渋々同意してせめて願い事を50じゃなくて20に減らせ、と言ってきた。
「ペントは本当に分かってないよね!」
『ごめんね』
「もう、二度とペントは使わない!」
『は、はい』
「ペントはあたしのそばにいてくれるだけでいいんだからね!」
『わかったよ、そんなに怒らないでよ……』
というわけで、元々17センチくらいあった僕は今や8センチくらいまで短くなっている。
まあ、叶えていない願い事はまだたくさんあるし、あらゆる状況に対応できる自信があるけど。
そして週末になって、いよいよ日本に出発する前の日のこと。
いつものように晩ごはんを食べて、いつものようにお母さんとお喋りをして、いつもより少しだけ多めに甘えさせてくれた。
夜にはまた内緒話。
「ねえ、ペント」
『なあに』
「日本がもし本当にあったらどうする?」
『んー。とりあえずルシィが世界を救うってどういうことか知っていますかーって聞く』
「そうじゃなくってー」
『ん? 何かあるの?』
「ペントを元通りの長さにする方法とか知ってたりしないかなあ?」
『どうだろうね、そこまで万能だったらすごいと思うけど』
僕の知ってる日本なら、鉛筆を元に戻すくらいのことはできそうな気が。
そして翌日になって時計塔の入り口までお母さんが見送りにきてくれた。
休日なのにイヴェット先生と町長さんも見送りに来てくれた。
友だちはソレニィだけがお見送りにきてくれた。
「ルシィ、平気なの?」
「うんうん。大丈夫だよ、ソレニィ。」
「それならいいけど……」
他の友だちは「どこかに行くらしいけどすぐに帰ってくるんでしょう?」くらいの軽いノリらしい。
「じゃ、行ってくるねー」
「はい、行ってらっしゃい」
いつも学校に通うような挨拶で、いざ時計塔の中へ。
ルシィの肩掛けカバンにはお母さんの作ってくれた3食分のサンドイッチと、お母さんが作ってくれたお守りと、お母さんのヘアピン。
「このヘアピンはいざとなれば武器にもなるわ」
と物騒なことを言っていたけれど、ルシィがそんなことできるわけないし、するわけないでしょ。
と、ツッコミを入れてみた。残念ながらこれがお母さんに聞こえないのがもどかしい。
でもお母さんの近くに帰るためには必要なものなので受け取っておいた。
「えっほ、えっほ」
の掛け声で自分を励ましながら階段をのぼり、いざ5階の転送魔法陣の前へ。
さて大人に預けておいた魔法のブレスレットを取り出す。
「いくよ……」
『うん……』
日本に行けたらいいね。
そんなことを思いながら、ルシィの細い指先を見守る。
その指先が壁の紋章に触れた瞬間。
視界が変わった。
*
*
*
……。
「ね、ね。これが日本?」
『うーん、たぶん……』
「えー?」
僕の返答が予想外だったのか、ルシィが首をかしげる。
だってさあ、僕の予想していた日本の姿からちょっとズレているんだよねえ。
まず目の前に石垣がある。
江戸時代のお城みたいな石垣と、その上に城壁っていうのかなあ。壁が遠く見えない所まで続いている。
高さも結構あって、ルシィの口がぽかーんと開くくらい。20メートルくらいかな?
そして目の前にはでっかい門。
柱、瓦、その辺りは僕も知っているありがちな造形。
シルエットは歴史を感じさせるようなそれっぽい門なんだけど、木材じゃないんだ。
鉄のようなプラスチックのような……テカテカ光っている。
奥の方は門で見えないなあ。
華やかなビルディングか、もしくは古風な木造作りか、どっちかと予想していたけど、まるで中途半端じゃないか。
そして何より、空が暗い。
さっきまでダントンの昼間だったのに、夕方でもない、朝方でもない、まるで光が届いていないかのような暗さだ。でも視界はすごく明るい。不思議な明るさ。
洞窟の中にいて、洞窟全体がぼんやり光っているような、そんな感じなんだよね。
「ようこそいらっしゃいました。お入りください」
「きゃっ」
『うわっ』
突然門から話しかけられてびっくり。
門がゆっくり観音開きで開いていく。
「はいる?」
『そうだね……』
初めて見るようなものばかりでおっかなびっくりだけど、まあせっかくここまで来たんだもん。
少女と僕はいざ、日本(?)へ。
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