第36話 この世界のこと

 飛ぶ先は地下水道か時計塔か、と思っていたけど時計塔の方だった。

 途端にあがる変な悲鳴が。


「ひゃあああ! 狼ぃいぃぃいい!」


 大きい帝国兵が3人、魔女が1人、ルシィと、ついでにたくさんの動物たちが時計塔の5階に押し込まれちゃった。

 そのはずみで狼が魔女にのしかかっちゃってるの。


「早く、早く助けてえええええ!」


 狼も低い唸り声をあげるもんだから、時計塔の5階はも大パニックだ。


「あはは! なにこれー!」


 ルシィも思わず大笑いしている。

 よかった、これで万事解決しそうだ。


 *

 *

 *


 時計塔から飛び出してきたルシィにみんな驚いて、街のみんな、特にお母さんも少し拍子抜けしたように笑って迎えてくれた。


「ただいま! お母さん!」

「まさか、こんなに早く帰ってくるなんて!」

「えへへ! なんかねえ、ペントがいっぱい頑張ってくれたんだ!」

「そう、本当によかった。ペント君は最高の騎士ナイトね……!」

『よせやい、照れるぜ』


 でも本当によかった。

 その後続いて時計塔から出てきた帝国兵と魔女、そして森の動物の大群にみんなもびっくりしていた。


 帝国軍を率いていた元魔女、第一皇女殿下のペニヒアは、もう失意のどん底だった。

 あれから動物は森へ帰っていったんだけど、ペニヒアとすれ違うたびに唸り声を上げるもんだから、そのたびに変な悲鳴をあげるんだ。

 そんなことが続くからもうペニヒアは真っ白な灰になってしまったかのように、呆然としてばっかりでさ。

 代わりの参謀みたいな人が一生懸命に帝国の兵たちに指示を出していた。

 翌日には全軍撤退命令を出していたみたいだから、ダントンの街は平和になるんじゃないかな。

 もちろん共和国の他の街もね。


 魔法のブレスレット、っていうズルがあったとは言え、戦争は共和国が負けたことを認めて終わっている。

 ということはまあ、一応戦争もなくなったのかな?

 平和になったと言えばなったのかも。

 そしたら戦争に行っている男の大人たちも戻ってきて、ダントンの街はもっと賑やかになるかもね。


 ああ、よかった。

 これで全部元通りだ、って思ったんだけど、ルシィが変なことを言い出した。


『謝る?』

「うん、怖い思いをさせたと思うから」


 ルシィは怖い思いをさせてしまったペニヒアに謝りたいんだって。

 どこまで優しい子なんだ。

 ペニヒアは体調が優れないからって今は町長さんの家で休んでいて、今日の夕方には帰るって言っていた。

 じゃあ急がなくっちゃ。


『じゃ、行ってみようか』

「うんうん」


 町長さんの家は商店街の真ん中にあって、ルシィの家から結構近いんだ。


「こんにちはー。皇女様はいらっしゃいますかー?」

「ひいい! こ、小娘えええ!」


 ルシィ相手になんてリアクションしてるんだ。


「あの、皇女様」

「な、なによ! あっちいけ!」

「怖い思いをさせてごめんなさい」

「はあ……!?」

「だからその、ごめんなさい」


 深々と頭を下げるルシィに戸惑ってる。

 だよね、トラウマを植え付けられた相手にこんな態度を取られちゃ、自分が馬鹿みたいだもん。


「もし良かったら今度はこの街に遊びに来てほしいなって……」


 ルシィの少しぎこちない笑顔に、ペニヒアはバツが悪そうだ。


「ふ、ふん」


 別に頷く素振りはなかったけど、この人は今度、本当に遊びにきそうな気がするよ。

 あれ、そう言えばキツい化粧を落としてら。

 こうして見ると、皇女ペニヒア様は、かなり綺麗な人だと思う。


 こうして、コガリア共和国とベルボルド帝国の戦争も一応終わって、万事平和に解決……とは行かないんだよね。

 世界が滅亡するらしい。それを救うのがルシィの役目なんだ?

 その重大なヒントをルシィの帰り際に皇女ペニヒア様が残してくれた。


「言い忘れていたことがあったわん」

「?」

『なんだろう……』

「もし世界のどこかに伝説の国、日本が存在しているとしたら、300万年くらい存続している計算になるらしいわよん」


 はあ? さ、300万?


『ど、どういうこと?』

「あの、皇女様。それはどういうことでしょうか?」

「帝国の宝物庫にあった歴史書に書いてあったことよん。”記録を検証すると、伝説の国、日本は300万年前から存続している可能性がある”ですって」


 マ、マジっすか……。

 300万年前って桁が違いすぎるでしょ、マイカントリー。

 この世界の日本はどうなっちゃってるの?


「ひょっとしたら世界を救うってのも、日本に行けば分かるんじゃない? 本当にあれば、だけどぉ」


 そっかあ。そうなんだあ。ひょっとしてこの世界って、異世界じゃないかもしれない。

 僕のいた頃より、300万年後の未来だったりして?

 なんつって……。

 正直、300万年の間も世界やこの人類文明が存続しているなんてかなり考えにくい。

 だけど、世界地図が全く違うのも、まもなく滅亡するかもっていうのも、300万年も経っていたらそりゃあ、そうかもしれない。

 物質の転送とか考えたことが実現する魔法とかも、300万年後の世界ならありえるってこと?

 うーん。あんまり現実感のない話だなあ。


 ちなみに、皇女様の帝国軍がその日のうちに帰って行った。


「皇女様、またね」


 小さく手を振るルシィに、皇女様は困ったような表情で微笑んでいた気がする。

 ダントンの街はまた平和な日常に戻っていくのかもしれないけど、僕の心はなかなか晴れない。

 そして、さらなる追い打ちを食らう。


 *

 *

 *


 6月上旬。

 学校の授業が再開して、少し遅れたけど3ヶ月分の行事予定をまとめた紙が配られた。

 そして7月の行事予定にあったイベントに僕は仰天した。


『星を見る会の次の日に、七夕祭り。……っていうか七夕ってあるんだ』

「そうだよー。楽しみー」


 無邪気に笑うルシィをよそに、僕は面食らっていた。

 ダントンの街の近くには桜とか日本ぽいな要素がなかったから、すっかり油断していた。

 はっきりと”7月7日 七夕まつり。願い事を考えておきましょう!”って書いてあるんだもん。


 七夕はアジア圏で盛んな文化で、日本でも根付いている。

 まさか、この世界にも七夕が残っていたとは。

 でもこの辺に竹なんか見当たらないけど、どうやって祭るんだろう。


 今夜も外は少し明るい。月が出ているのかな。

 ベッドの中ではいつもの内緒話中。


「ねえ、ペント」

『なあに?』

「帝国の人たちが来てから、ペントの様子がおかしい気がする」

『……そうかもねー』

「……」


 心ここにあらずって感じかもね。


「日本に……帰りたい?」

『え? それは……それはないよ?』

「ほんとにほんと?」

『うん。日本に帰りたいという気持ちの前に、ルシィを1人にはしておけないもん。ずっと一緒だよって約束したじゃない』

「えへへ、嬉しい!」


 わあ、やめやめ。

 そんなに顔を近づけるんじゃない。


『あー、でもさ』

「うん?」

『日本に帰りたいんじゃなくて、この世界の日本に行ってみたいっていう気持ちはあるかも』

「ああ、なるほど」

『本当にあるなら、ね……』

「……あるんじゃない?」

『え? そうなの?』

「これはあたしの勘なんだけどー」


 勘ですか。はいはい。


「でもさ、あのブレスレット」

『ん?』

「日本から来たブレスレットなんでしょう?」

『らしいよね』

「じゃああのブレスレットの持ち主の所に連れて行ってーってお願いしながら転送装置を使ったら日本に行けたりして」

『……』

「……ダメかな?」

『いやあ、どうかな……。でも理屈としてはありそう。ブレスレットを作った人は既にいない可能性が高いけど、制作した国メイドインという考え方が日本なら、日本に飛びそう。日本が本当にあるなら……』

「でしょでしょー?」


 そんなに鼻を膨らませなくても……。

 でもルシィのその発想、全然ありだよ。


『ルシィすごいね。よくそんなことを思いついたね』

「褒めて褒めて」

『えらいえらい』

「えへへ! 大好きって言って!」

『はいはい。ルシィ大好き大好き」

「あー、全然心がこもっていない!」


 もう、本当にこの子は……。


『ルシィ、ありがとうね。大好きだよ』

「うふふ、あたしも!」


 希望する言葉を引き出して満足したのか、すぐに可愛い寝息を立てちゃった。

 でもルシィの言っていることが本当に通じるなら……。

 この世界の日本、ちょっと行っちゃう?

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