第35話 魔女の告白
どこからともなく現れた動物たち。
かつてルシィを救ってくれた動物たちが、一斉に魔女に襲いかかる。
「怪我させちゃダメだよ!!」
ルシィが叫ぶ。
大丈夫。誰かを傷つけるようなことをルシィが願うはずがないって分かっているよ。
ちょっと脅かすだけさ。
「ひ、ひいいいいい! 何よこれええええ!!!」
ほらね。すっごく怯えてる。僕もあれにはびっくりしたもん。
狼が魔女の服にガブリ。ビリビリっと引き裂く。
「ぎゃあああ! 服が! 服が!」
カラスが飾りの羽を引きちぎる。
「やめて! やめてええ!」
もう魔女は散々だ。
服はボロボロ、髪の毛もボサボサ。あーあ。もう見てられない。
もうそろそろいいかな。
――
「ぎゃあ!」
どこからともなく飛んできた木の
「ちょっと、何すんのよ! この糞小娘があ!」
汚い言葉。
やめてよね、見苦しい。
『おい、魔女』
ジロっと僕を睨みつけてくる。
こ、怖くないもんね。
『何か下手なことをしてみろ。そこの狼が今度は容赦なく噛み殺すぞ』
「……」
特に返事はなかったけど、大丈夫。
これだけの恐怖状態なら、願い事を考える余裕はないはず。
『ルシィ、今のうちだ。あのブレスレットを外すんだ』
「うん」
後ろ手に縛り付けられた魔女の腕から魔法のブレスレットを取り外した。
ふう、これでもう大丈夫。
「ふん、どうする気よん……」
『どうもこうもしないよ。あんたにはもっと聞きたいことがあるんだ』
「ちょっとお! 何か言いなさいよお!」
あ、やっぱり僕の声が聴こえたのはこのブレスレットのおかげなのね。
あの群衆の中からルシィの存在を認識できたのも、そのせいか。
『ルシィ、僕の代わりに聞いてくれる?』
「うん」
「ちょっとお! 1人で納得しないでくれるぅ?」
あー、もう。うるさい人だなあ。
『この魔女はどうしてこの森にこれたんだろう?』
「魔女さんは、どうしてこの森にこれたの?」
「小娘に答える義務なんかありはしないわよん」
……やってしまうか。
『ルシィ、手を上げて』
「?」
こう? と言わんばかりに手を上げた瞬間に、魔女が泣き叫ぶ。
「答えます! 答えます! 答えますからあ! 狼をけしかけないでえん!」
わかりやすい人だな。
「あんたと同じ、時計塔の魔法陣を使っただけよ」
そうか、やっぱり。
『時計塔からこの森へ直接?』
「時計塔からこの森へ直接来たの?」
「ふん、なによ。あんたの痕跡があれば、最寄りの魔法陣まで追尾可能じゃないん」
すごい、なんだその設定。知らなかったよ。
この魔女はどこまで知っているんだろう。
まだ魔法は復活していない。魔法のブレスレットみたいなものが残っているくらいなんだ、この世界は。
だからこそ、魔法復活を望んでいるのか……。
『この魔方陣は世界中どこにでもあるのかな?』
「この魔方陣はどこにでもあるの?」
「……そうね。世界中のあちこちに、デザインとして残るくらいだものん」
なるほど、かつて魔法が盛んだった頃、あの魔法陣はどこにでもある転送装置だったんだ。
それこそ、30年前に建てられた時計塔の壁にデザインの1つとして残るくらいに。
その代わり発動条件は僕やこのブレスレットのような触媒が必要。
ある程度条件が揃えば、周りを巻き込んで転送することも可能なんだ。
ただし行き先を指定しなかったら、近くの転送魔法陣のどこか、ランダムになっちゃうのかな?
とんでもない魔法陣だな。何も特殊なことをせずに、ただその意匠を描いて触るだけで発動するなんて。
さらに魔法力とかそういうの、一切関係ないんだもん。
ああ、そうか。
たったの3日で国境から1000キロも移動できたのは、転送魔法陣で移動してきたんだ。
『この人は……日本のこと、知っているのかな』
「魔女さんは、伝説の国、日本のことを知ってる?」
「……本当に存在するかどうかは知らないわん。だけどそのブレスレットは日本から伝わったって聞いているわん」
そ、そうなんだ……。
この世界の日本ってなんなんだ? この世界で一体何があったんだ?
「ついでだからいいことを教えてあげるわん」
「?」
「あんたはどうやら私が魔法復活だけを望んでいるだけだ、と思っているようだけど……」
うん? 違うの?
「この世界はまもなく滅亡するわん」
「そ、そうなの?」
……本当に?
「滅亡する理由はわからないわん。ただ、帝国の宝物庫にあった予言書によれば、まもなく滅亡するのだけは間違いなさそうよん」
「……」
「だからあんたが世界を救う器だっていうんなら、この世界を救ってみせなさいよん」
参ったなあ。
つまりルシィの博愛精神で持って、なんでも叶う願い事で、この世界を救ってみせろ、と。
そういうこと?
途方もない願い事だね……。
『魔女の言うことを、あんまり気にしないでいいよ』
「……」
ルシィはちょっと真剣に考えちゃってるね。
どうしようかな。
「あの……」
ん?
「そろそろ放してくれないかしらん?」
ああ、そうだね。でもどうしよう。
”
その時だった。
森の奥から3人の帝国兵が。
「姫殿下! こちらにおわしましたか!」
『やばっ。よく考えたらそうじゃん。この人が1人で来るわけ無い!』
「いいところに来たわ! その小娘を、とっ捕まえなさい!」
対峙する森の動物たちとルシィ、そして帝国の兵たち。
ちょっとまずいな。
もちろん、この状況を想定した願い事があるから、切り抜けられる自信はあるけど、さらに帝国兵が集まってきたら……。
と、思ったら、ルシィが手を上げた。
「お待ち下さい、みなさん」
え?
「このまま乱暴せず、大人しく帰ってください」
……ルシィ 、どうしちゃったの?
「さもなければ、その狼をけしかけます」
「ひいいい! わ、わかったわ。あんたたち、私を助けなさい!」
「は、はい!」
「帰るアテもないでしょうから、送って差し上げます。皆さん、私の周りへ集まってください」
ルシィはそう言うと、例の転送魔法の紋章に歩いていく。
ルシィを守るように動物が集まり、その周りに蔓から開放された魔女、そして帝国兵たちが集まる。
魔女はもう、すっかり動物がトラウマになっているみたいで、ずいぶんと大人しい。
そこにルシィがそっと僕に耳打ちする。
「ね、ね」
『ん?』
「お母さんの手紙があるから、その近くまで飛べるんだよね?」
ああ、なるほど。ルシィも考えたね。
”痕跡があれば最寄りの魔法陣まで移動できる”って確かに言ってたもん。
時計塔か、地下水道までは確実にいけるはず。
『うん、大丈夫だと思うよ』
ルシィがぱちっとウインクすると、また凛々しい顔つきで帝国兵に向き合う。
「それでは行きますね」
そう言ってルシィは左手でお母さんの手紙にそっと触れながら、転送魔法陣にさわった。
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